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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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日本酒カクテル考 後編

 今夜は雑誌社の仕事をされている山川さんと、“夜明ヶ前”で日本酒カクテルの話を聞いている。だけどマスターの口から出る話はちょっと否定的な響きが強くて、果たしてこんな感じで山川さんの望む取材になるのかどうか心配だ。

「エメラルド・クーラーはまだのみ始めだけど、ここでちょっと別の酒を味見してもらおうか」

 そう言ってマスターはこそこそとロック・グラスに氷を少量入れて、何やらつくり出した。俺と山川さんの前にそれぞれグラスが置かれた。琥珀色の液体がワン・フィンガーよりは少なめに注がれている。

「ウイスキーだ、まぁ味を見てくれ」

「私、ウイスキーって苦手なんですけど……」

 山川さんは困ったような表情で俺に救いを求めてきた。だが俺にはそれがただのウイスキーオン・ザ・ロックではないことが分かっていたので、ここはとにかくのんでもらうしかない。

「大丈夫、試しにちょっとだけのんでみて」

「おや、旦那は仕掛けが分かってるのかい」

「そりゃ香りで分かるよ、いつもここでのんでるんだからさ」

 山川さんは俺とマスターの会話を聞きながら恐る恐る一口含んだ。

「あれ、意外とのみ易い感じ。ウイスキーってこんな味でしたっけ」

「これマンハッタンだよ、ビルドでつくったね」

「そう、ドライ・マンハッタン・オン・ザ・ロック。ウイスキーにドライ・ベルモットを少しだけ足してやったんだけど、随分とのみ易くなるだろ。さて、それでは次にこれを踏まえて日本酒を試してみようか」

 そう言うとマスターはショット・グラスにこれまた少量の日本酒を注いで、俺たちの前に置いた。

「今回は銘柄は関係なく、とりあえず味だけ確認してみてくれ」

 ちょうど一口分の日本酒を一気に流し込む。まぁほんの10ミリリットルくらいだけどね。

「大体どんな味かおぼえたかな。さて、それではこの酒に数滴ベルモットを垂らしてみようか」

 マスターは新たにショット・グラスを用意して、ベルモット入りの日本酒をまた二杯つくった。俺たちもまた同じようにもう一度味見をする。

「あ、やっぱりのみ易いかも」

「うーん、のみ易いってのもあるけど、結構ベルモットが強く感じるよね」

 ベルモットの味が強過ぎて、日本酒を呑んでる感があまり感じられないな。

「スピリッツのようにアルコールが強いベースなら対抗出来るんだろうけど、日本酒相手だとベルモットがかなり支配的な感じがするだろう。もちろん日本酒が苦手な人がのみ易くなる、っていう目的は十分に果たせているかも知れない。でも昨今のクールジャパンのムーブメントで、外国人も日本酒の味を受け入れるようになってきているし、若い女性でも、本格的な造りの日本酒を楽しむ人が増えてきているという現状を踏まえて考えれば、わざわざ日本酒をカクテルにしてのむ必要性は無いんじゃないかと思うよ」

 言われてみればその通りなのかも知れない。

「前にも話に出したことがあると思うけど、日本酒の栄養成分の種類っていうのは焼酎なんかよりも遥かに多いんだ。その分、味わいも深く複雑玄妙になる。まぁそれが痛風の要因でもあるんだけど。何しろその複雑な味の日本酒に何か他のものを足せばバランスが崩れるのは当たり前で、より美味しくするっていうのはかなりの難題だよ。私は頭が固い方だから、無理して日本酒をカクテルにして出そうなんて思わないけど、柔軟な発想を持った若い人達にはどんどん挑戦してもらいたいところではあるな」

 ん? 本気なのか皮肉ってるのか良く分からない言い回しだったな。

「今のお話で、マスターが日本酒を、と言うかお酒全般に大変な愛情を注いでいらっしゃることが良く分かりました。日本酒も色々な洋酒と合わせればその世界も広まって更に発展するんじゃないかと安易に考えていたんですけど、一つのカクテルを考案するにも、色々と考慮しなければいけないんですね」

「まぁ難しいことはこっち側で考えればいいことで、のむ方は美味いか不味いか、好きか嫌いかで良いんだと思うけどね。のみづらい酒をのみ易く、とか、不味い酒をほどほどのめるように、なんていう後ろ向きなカクテルでなく、本当にその酒の良さを引き出せるようなレシピなら、どんどん創り出してもらいたいね」

 なんだかんだで色々と講釈を垂れてるけど、マスターが日本酒のカクテルを出さないのは、ホントに日本酒のことが好きだからなんだろうな。或いは以前どこかで無残な姿の日本酒カクテルを供されて辛い目にあったことがあるのかも知れない。

「ところでマスター、マスターが考えるホントに美味しい日本酒カクテルなんていうのがもしあるんだったら教えてよ」

「酒に何か他の副材料を足してつくる、っていう広義の意味でのカクテルだったら、実は間違いなく美味い日本酒カクテルっていうのはいくつもあるんだ」

「え、そうなんですか? 是非聞かせて下さい、今回の目玉記事にしますから」

 ちょっと失望を感じてたっぽい山川さんの表情が明るくなった。

「好き嫌いはあると思うけどな。代表的なもので言えばフグのひれ酒、岩魚の骨酒、カニの甲羅酒。普通はカクテルとは言わないけど、日本酒に足して美味しい呑み方って言ったらこんなのかな。イカをコップの形に干して燗酒を入れて呑む、なんてのもあるな。むしろこういう呑み方を推奨していった方が日本酒の世界が広がるんじゃないのかな」

 俺はあまり呑まないけど、冬には体が温まりそうだ。それにしても、あらためて日本酒っていうのは魚介類と相性が好いものなんだな。

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