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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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ラスティ・ネイルのベース

 その晩は結構調子よく飲んでいた。バー夜明ヶ前にしては珍しいほどお客が入り、マスターも忙しそうにしていたので、ついマティーニでなくジンストをオーダーするようになっていた。これも常連の心遣いってヤツだ。でも席を立とうとは思わなかったが。

 マスターもそれが分かってか、最初はビーフィーター、次にボンベイ、更にタンカレと、頼みもしないのにジンの銘柄を変えてくれた。おかげで楽しい飲み比べが出来た。手が空くと、小鉢にオリーヴを入れて出してくれたりした。たまにはこんな夜もイイね。

 BGMはチック・コリアの“ナウ・ヒー・シングス,ナウ・ヒー・ソブス”のCDコンプリート盤だ。長時間録音だから交換の手間が省けるってことだろう。それももうニ順目が始まっている。

 お客も引き、どうやら一段落したようだった。まだ二組ほど残っているが、どちらもロングドリンクで、酒よりも連れとのコミュニケーションに忙しそうだった。マスターもやっとゆっくりとグラスを洗う余裕が出来たようである。

「ありがとう、マティーニにするかい?」

 当然俺が控えていたのも分かっている。でも随分ジンを飲んだし、俺もそろそろ店仕舞いだ。

「ラスティ・ネイルを貰おうかな」

「珍しいね、今夜はもう終わりかい」

 そう言うと、マスターはオールド・ファッションド・グラスを取り出す。俺はマスターの選ぶベースが気になっていた。以前、ちょっとした気に掛かることがこのカクテルにあったのだ。果たして夜明ヶ前のマスターはどんなベースを選ぶのか? 俺の予想ではハイランド・パークかホワイト・ホースに目星を付けていたのだが、果せるかなマスターの取り出したのはホワイト・ホースのビンだった。

 マスターはグラスにホワイト・ホースを注ぎ、次いでドランブイを注ぎステアする。それが俺の前にそっと置かれる。ドランブイの高貴な甘さがしっかりと、決してくど過ぎることなく俺の喉を下って行く。

「マスター、ベースは何でホワイト・ホースなの」

 俺はマスタ-の答がある程度検討が付いている状態で、敢えて訊いてみた。

「そりゃ、甘みが合うからだよ」

 答はとってもシンプルだった。このマスターには当たり前過ぎて、これ以上の説明が出来ないのだろう。俺はマスターのつくったラスティ・ネイルを一口飲んで言葉をつないだ。

「昔の話なんだけど、大宮に結構イイ感じのバーがあってさ」

「なんて名前?」

「いや、それは言わない」

 良いバ-の良い話でないのは、マスターもそれで理解したようだ。

「いい店だったよ、生ビールもレーベンブロイ使ってたし。そこのマスターも感じのイイ人で、結構気に入ったんだ。それで次の機会にまた行ったんだけど、その時はマスターがいなくて雇われのバーテンが仕切ってたんだ。イイ感じでのんで、最後にラスティ・ネイルで〆ようと思ったんだ。で、注文したんだけどさ」

 俺はそこまで言ってちょっと言い澱んだ。なんか、あまり楽しい話題ではなかったからだ。でも、ここまできたら話さない訳にもいかない。俺はラスティ・ネイルをもう一口あおった。

「ベースに何を使うのか見てたらさ、いきなりジム・ビーム入れられちゃってさ。俺、何にも言えなくて呆然と見てるだけだった。出されたからとりあえず飲んだんだけど、なんかガッカリしちゃって……。しょうがないから『ラスティ・ネイルもう一杯、バランタインをベースで』って頼みなおしちゃったよ」

 ふと顔を上げてマスターの顔を見ると、やっぱり不機嫌な表情になっていた。やっぱりこの話題はやめといたほうが良かったか……。

「イヤな話を聞かせてくれたなぁ。私はそういう酒を愛していないやからの話を聞くとホントにガッカリするよ。そりゃね、酒は飲む物で、勉強するもんじゃない。でもね、手前てめぇがどんな酒をお客さんに出してるかどうかは、店側としては知ってなきゃダメだろう。お客にまで勉強しろとまでは言えないけどさ。でも、ドランブイがスコッチに蜂蜜等を配合したリキュールだってのは常識中の常識だ。そしてそのドランブイを使ったカクテルで一番有名なのはラスティ・ネイルだよ。だったらラスティ・ネイルに使うウイスキーはスコッチを使うのが当然。ドランブイに使われている数十種類のスコッチは主にハイランドのモルトを使用している。とくれば、当然ハイランド系の甘みのあるスコッチを選ぶのが常識だよ。バーボンって選択肢は120%有り得ない。酒が好きな人間ならね」

 ここのマスターだったら当然そう言うだろうと思っていた。俺だってあの時は釈然としない気持ちだったからな。

「俺もさ、バーボンは無いと思ったんだけどさ。俺は思い付きでバランタインにしちゃったけど、さすがマスターだね。ホワイト・ホースでラスティ・ネイル、イイよ」

「どうだい、満足出来る飲み物だろう?」

 “ドランブイ”はゲール語の造語で“満足出来る飲み物”。マスターらしいオヤジのシャレで機嫌が直ったところで、俺も今夜は満足して帰ることにしよう。


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