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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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日本酒のマティーニ

 今夜は久し振りにゆったりした気分でマティーニを楽しんでいる。もちろん“夜明ヶ前”の俺のいつもの席でだ。伊勢志摩サミットに米大統領の広島訪問と、何かと忙しい毎日が続いたが、やっとここで俺も一息入れられる。

 BGMはプレステイッジのマイルスとバグスのセクステット。プレステイッジのマイルスと言えば何といってもマラソンセッションの四部作が頭に浮かぶが、それ以外も全て名盤だ。もう1枚のミルト・ジャクソンとの競演、いわゆる“けんかセッション”もイイが、こっちの方が安心して聴けるな。あれは緊張しちゃうからな。

 マスターはと言えば、こちらも暇そうにくつろいでいるようだ。たまには時事ネタでも振ってみよう。

「サミットも終わったね」

「洞爺湖のかい」

「いつの話してるんだい、伊勢志摩のだよ」

 まぁ冗談なんだけど、ついつっ込んじゃったよ。

「G7の“G”ってグループって意味なんだってな。この前テレビでやってたよ」

「マスター知らなかったんだ」

「あまり気にしてなかったからな。以前はG8なんてあったような気がするけど」

「二年前まではロシアが入ってたけど、今は参加資格を停止されてG7に戻ってるよ」

「オクテットからセプテットになったってことか」

「おっ、面白いね。そうするとG20はビッグ・バンドだ」

 何だか話が柔らかいほうに向いてきたな。

「日本のパートは何だい?」

「そうだね、ピアノかな。即興性に富んでいて独自の路線でアドリヴかます、的な」

「花形のトランペットはアメリカさんかい」

「アメリカはドラムスかな。絶妙なテンポでバンド全体を仕切る、みたいな」

「アートブレイキーのイメージだな。じゃあ北米つながりでカナダがベースでどうだい」

「イイね、乗ってきたね」

 なんか子供の遊びじみてるな。酔った大人のリラックスタイムだ。

「日本と同じ理由でドイツがヴァイヴ、或いはギター」

「残りはフロント三管か」

「イタリアはヴェルディの“アイーダ”のイメージでトランペットでどうかな」

「イギリスがサックスでフランスがトロンボーン。まぁこんなところか」

 このメンバーで何か演奏してもらいたいところだけど、それは叶わぬ話なのでこの話はここでお仕舞い。面白かったけど、あまりにも中身がなさ過ぎたな。

「そう言えばサミットでは地酒が大人気だったそうだね。いい宣伝になったそうだよ」

 ここのマスターは日本酒贔屓だから、この手の話題には食い付きがイイだろう。

「そうらしいな。オバマさんに出された純米大吟醸の蔵元なんか、予約が殺到してるらしいし、きっとそれ以外の伊勢の地酒も好調なんだろうな。そこまで見込んで仕込んでた訳ではないだろうから、夏には売る酒がなくなるかも知れないし、ひやおろし用の貯蔵分を前倒しで出荷するようなところもあるかも知れないな。灘や伏見の蔵から桶買い、みたいなことはしないでもらいたいものだな、せっかくの日本酒の信頼を失わせるようなことだけは」

 日本酒が売れるのは嬉しいことだろうと思ったけど、マスターは何だか色々と酒造業界のことを憂えてるんだなぁ。

「ところで、日本酒は普通に振舞われたみたいだけど、外国の方の中には日本酒が苦手、なんて人もいるんじゃないのかな。各国首脳の口には合ったんだろうか」

「アルコールが苦手、とか言うのでなければ、厳選された純米大吟醸を美味くないと感じる人はいないんじゃないかな。カクテルにしたらいくらか飲み易いかも知れないな」

「日本酒のカクテルってどんなのがあったっけ?」

「あまりメジャーではないし、居酒屋のオリジナルみたいな味のバランスとかあまり考えてないネタ的なものが多いんだろうけど、まぁ一番メジャーなのは“サケティーニ”かな」

「ああ、それね」

 確か以前のんだことがあるような。で、全然美味しくなかったような。大体マティーニ好きの俺から言わせれば、日本酒使ったマティーニなんてマティーニとは呼べないし。

「ダンナがげんなりした顔になるのもわかるよ。マティーニはジンとヴェルモットでいいし、日本酒はそのまま呑めばいい。わざわざカクテルにする必要はないってな」

「その通り。あんなのはマティーニに対する冒涜だよ」

 大人気ないんだけど、マティーニを愛して止まない俺としてはそいつを否定せざるを得ない。

「サケティーニのレシピは大きく分けて二通りあるんだが、私の知っている限りでは、以前はジンの替わりに日本酒をベースとしていたと思う。その後ヴェルモットを日本酒に置き換えるレシピが一般化していったようだよ。日本酒をベースにするとショートカクテルとしては致命的なくらいアルコール度数が低くなってしまうからね。実際、あれを美味いと思って飲んでいる人がどのくらいいるのか分からないけど、ただレシピ通りに作っても美味しくないかも知れないな」

「え、何か裏技的なものがあるの?」

「裏技、と言うほどのものではないが、酒を提供する側から考えればごく自然な発想だよ。例えばダンナはビールやワインに氷を入れて飲むのをどう思う?」

「ああ、そういうことか、成程ね」

 分量や酒の甘辛とか、そんなことよりも大切なことがあったよな。

「日本酒は20度くらいの原酒を使う。純米がイイと思うけど、まぁ最低でも本醸造。更に大切なのがキンキンに冷やしておくこと。まずこれだけで味が格段に変わるはずさ。常温保存で14度くらいの紙パックの酒なんか使ったらまずくなるに決まってる」

「そうだね、そういうところに気が付かない店って多いよな」

 俺が以前のんだサケティーニはそんな感じのだったかも知れない。

「それから、マティーニのヴァリエーションだからって、誰もオリーヴ以外のレシピを考えてないんだよな。私だったら日本酒ベースには柚子のピールやミントチェリーを使うだろう。ジン・ベースだったらスノー・スタイルもイイかも知れないな」

「レシピだと分量とシェイクかステアかとか、そういうことしか書いてないからね。作り手もその通りに作ればそのカクテルだ、って思い込んじゃってるのかな」

 斯く言う俺も、そこまで気にしてのんではいなかったけどね。

「どうだいダンナ、サケティーニのんでみるかい」

「いや、やっぱり俺はこれでイイよ」

 俺は空になったカクテルグラスをつまんでさし出した。なんだかんだで普通が一番、普通でいいじゃない。



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