ナチュラルチーズの食べ方
前回の続き
今夜はマスターのチーズ談議に付き合って、普段は口にしないチーズやブランディーなんかを試している。マスターに言わせれば、チーズは洋酒のつまみとして結構奥が深いらしい。いつもひたすらマティーニばかりの俺としても、ちょっと勉強になった感じだ。同じ勉強をするにしても、こういう社会人の勉強ってのは楽しいものだ。学生時代のそれぞれの教科がこれくらい楽しければ、俺ももっと勉強に身が入っただろうに。
「いきなりウォッシュ・チーズから始めちゃって順番が変わってしまったけど、今度はナチュラル・チーズについてちょっと講釈を垂れるとするか」
俺の感想がマスターのそれと同じであったことで気を良くしたのか、結構ノリノリになってるみたいだ。
「ナチュラル・チーズの分類、なんてのはチーズの説明とかで必ずと言っていいほど最初に出てくるものだから、この際後回しにしてみようか」
「それは固さとかカビとかって話?」
「うん。他には原料の乳が牛か羊か山羊か、とかな」
そうか、山羊のミルクでつくったチーズなんてのもあるんだな。
「旦那は“ロックフォール”とか“ゴルゴンゾーラ”なんてチーズは知ってるかい」
「世界三大ブルー・チーズとかいわれてるヤツでしょ。あと一個は思い付かないけど」
「もう一つはイギリスのスティルトンだけど、まぁそれは今回は忘れてくれ。ロックフォールは羊乳、ゴルゴンゾーラは牛乳が原料だけど、それ以外の違いってのは分かるかい?」
ブルー・チーズの違いなんてあまり考えたことが無かったな。そもそも普段からそんなにチーズを食べる機会も無かったし。名前が違う、のは当たり前だし、味が違うといってもその違いを言葉で説明出来ないし、やっぱり製法が違ったりってことなんだろうか。
「分からないよ、そんなの。俺チーズは詳しくないし」
「でも三大ブルー・チーズまで分かってれば出てきそうなものだけどな。答えは“産地が違う”だ」
「なんだ、そんなことか。それだったら分かったよ」
まさかそんな簡単な話だったとは。
「でもこれは意外と見落とし勝ちな話だと思う。ちなみにロックフォールがフランスでゴルゴンゾーラはイタリアなんだけど、フランスとイタリアではチーズの食べ方が結構違うんだよ」
はて、チーズの食べ方が違うとは? そんなに色々な食べ方があるんだろうか。
「必ずしも全てがそうだと言うのではなくザックリとした違いなんだが、フランスではチーズをデザートのようにしてそのまま食べたりすることが多いが、イタリアでは基本的に料理に使うことが多いんだ」
そう言われてみればゴルゴンゾーラソースとかゴルゴンゾーラを使ったピザなんてのは良く聞くけど、ロックフォールを使った料理とかあまり聞いた覚えがないや。
「ただクラッカーにチーズを乗せて食べる“カナッペ”なんてのがあるけど、あれもフランス語だ。もっともそのような食べ方自体はイタリアでもあるみたいだけどな」
「チーズがデザート代わりか。日本に馴染みづらかったのも頷けるような気がするな」
「他にフランスのチーズと言えば、一番の有名どころなら“カマンベール”“ブリー”なんていう白カビの付いたソフトタイプのチーズ。これなんかもそのまま食べるイメージの方が強いと思うよ。ハード系の代表と言ったら“コンテ”や“ボーフォール”あたりだろうか。どちらもなるべく薄く削るのが美味しく食べるコツだよ」
カマンベールは良く聞くけど、後のはあまり知らないな。
「一方イタリアの方はと言うと“モッツァレーラ”“マスカルポーネ”“リコッタ”なんていう、料理に使うチーズが良く知られているよな。粉チーズの代名詞とも言える“パルミジャーノ・レッジャーノ”なんてのが一番有名かな。あれも薄く削ってそのまま食べても十分美味しいんだけど。後は似たようなものが日本でもつくられているけど、巾着みたいな形をした“カチョカヴァッロ”なんてのもあるな」
「なるほど、確かにそうやって並べられると、イタリアのチーズは料理に使われてるね」
「フレンチと言えば高級料理で、イタリアンはより日常的で身近なもの、っていう日本の食事情ってのも大きいと思う。パスタやピザは普通に家庭で食べられているしね。フランスのチーズが日本に馴染むようになったのは、何よりもワインを嗜む人が増えたことに起因すると思うよ。強烈な匂いのウォッシュ・チーズや、山羊の乳でつくったシェーブルなんていうのも普通に流通してるしな」
フランス・イタリアだけとっても、チーズの世界は相当に奥深いんだってことを教えられたよ。まだきっとチーズの世界のとばっ口なんだろうけど。
「チリ産のワインとか安くて美味しいなんて良く聞くから、チーズの輸入もこれからどんどん増えていくのかな」
「いや、それはどうだろうな。バブル景気あたりで随分とワインを飲む人が増えたんだろうけど、最近の若者はあまり酒を飲まないって言うし。普段の食事もジャンクになってきているんだろうから、ナチュラル・チーズの繊細な味わいとかがちゃんと理解出来るのかどうか。20年前からは随分と輸入が増えたけど、そろそろ頭打ちなんじゃないか」
そうか、もうあまり伸びしろがない感じなのかな。まぁ経済やら市場の原理やらは良く分からないんだけど、ちょっとチーズに興味が出たところで俺も自分なりに色々試してみようかな。どうやらただ切ってそのまま楽しむフランスのチーズが、俺との相性は良さそうだ。面倒くさがりだからね。




