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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
54/99

トラップ・デ・シュルニャックとコニャック

前回の続き

 俺はラフロイグのストレートをやりながらマスター自家製のスモークチーズを味わっていた。とりあえずスモークチーズとスコッチの組み合わせは悪くないようだ。ただ、ここでちょっと疑問が残る。チーズ、特にナチュラルチーズに合うお酒といえば赤ワインがすぐに頭に浮かぶ。スピリッツにも合わないことはないんだろうけど、あまりそういったイメージがわかない。

「ねぇマスター、スピリッツに合うナチュラルチーズってのはどんなのがあるの」

 俺の質問にマスターはちょっと首を傾げるようにして考え込む。

「正直な話、チーズはスピリッツにはあまり合わないんじゃないかと思うんだよ。こういうスモークならほどほどに合わせられるんだがな。チーズにあう酒と言えばワイン、それも赤ワインだ。赤ワインとスピリッツの違いって言うと何だと思うね」

 おっと、油断してたらまさかの逆質問だ。

「原料の違いや熟成期間、っていうような話じゃないよね。醸造酒と蒸留酒でつくり方が違う、ってことかな」

「そう、もっとシンプルに言えばアルコールの強さが違うよな。私も色々と試してみたんだが、アルコールが強いとチーズの繊細な薫りを邪魔してしまうように思うんだ。かと言って40度のスピリッツをワインなみに落とすとしたら4倍の水で薄めなければならない。アルコールは薄まるけど味も薄まる。あまりおススメののみ方ではないな」

 そうか、強いアルコールがチーズの味を殺しちゃうんだな。

「それともう一つ、チーズとワインが合う決定的な理由として“飲用温度”があると思う」

「それって以前、日本酒の話を聞いたときに出てきたよね」

「そう、日本酒の飲用温度は極端に広い。それに比べれば赤ワインの飲用温度は非常に範囲が狭いのだけど、まぁ18度くらいと考えていいだろう。白ワインやビール、スピリッツのロックなんかに比べたら随分と高い温度だよ。チーズを食べた時の油脂分が口内に残った状態で冷たい酒を飲めば、どうしたって冷えて固まるからね。それを考えたら、やっぱり赤ワインとの相性の方が断然良いことになる」

「ってことは、日本酒のぬる燗はさらに相性が良いってこと」

「まぁそうとも言えるかも知れない。悪くはない筈だよ。中国の紹興酒なんかも温めて飲むから意外と合うのかもな」

 なるほどね、比較的高い温度で楽しむお酒との相性が良いんだな、チーズは。

「必ずしも全ての酒、全てのチーズに共通する法則ってことではないんだけれども、私が色々な組み合わせで試した結論としてはそんな感じだよ」

「じゃあマスター、逆にスピリッツに合う特別なチーズみたいなものは無いのかな」

 マスターはそこでまたちょっと考え込む。

「常温で飲むスピリッツの代表としてブランディーがあると思う。基本的にブドウを主原料にしたスピリッツなわけだけど、実はコニャックに合うチーズっていうのがあるんだ。“トラップ・デ・シュルニャック”っていう名前のウォッシュチーズなんだけどな」

 ウォッシュチーズっていうのは、チーズの表面を塩水やワイン、ブランディーなんかで磨いて表面に繁殖させた菌類によって醗酵熟成させたチーズだ。色々な種類があるけれど、大体どれも臭い。

「今ちょうど置いてるんだけど、旦那も試してみるかい」

 うーん、臭いの強い系チーズはあまり得意ではないんだけど……。

「じゃあちょっとだけ」

 マスターは皿に乗せられたチーズを一切れ切り分ける。表皮の色は茶色で、中身は黄色身がかったクリーム色って感じで見た目はごく普通のチーズに見える。ただ、やっぱりちょっと臭いがくるな。

 バックバーのガラスの扉を開くと、中には各種のグラスが置いてある。マスターはその中からブランディーグラスを取り出し、棚からヘネシーのスリースターを取り出す。足の縁がつくようにグラスを寝かせて、そこへブランディーを注いだ。

「マスター、それ何やってんの」

「ロックグラスでワンフィンガーがシングル、ツーフィンガーでダブル、ってのがあるだろ。ブランディーグラスの場合はこうやって1オンスを量ることが出来るんだよ」

 ふーん、そんなやり方もあるんだ。ブランディーなんて普段のまないからなぁ。

「さて、ヘネシー・スリースターとトラップ・デ・シュルニャック、どんな感じかね」

 俺はおそるおそるチーズに楊枝を突き刺し、まずは匂いを嗅いでみた。

「なんかちょっと香ばしいって言うか、これはナッツ系の香りかな」

「このチーズはクルミのリキュールで外皮を洗ってるんだ。普通は塩水とかワインが多いけどな」

 なるほど、これはクルミの香りか。でもやっぱり臭いが強いな。一口食べると、味の方は悪くない。臭いにはちょっと抵抗があったけど、食べた感じでは普通に美味しく感じる。

 と、そこへヘネシーを流し込む。これも悪くはない。悪くはないんだけど、ちょっと何て言うか。チーズの余韻が消えちゃうような……。

「どうだい、相性の方は」

「どうだろう。チーズもブランディーもあまり縁がないからなぁ。こういうものだって言われればハイそうですか、って感じだけど。もう少しチーズの余韻が残ればなぁって思うよ。ブランディーで瞬間的に強制リセットされちゃうみたいな感じかな」

「私もそう思うよ。大体どこでもこのチーズはコニャックと相性抜群、みたいな紹介をされているけど、私はそこまで合うとは思えないんだけどね」

 なんかチーズって奥が深そうだなぁ。しかも今のところ氷山の一角って感じだし。一体マスターは普段どんなチーズを試してるんだろうか。気になるな。





たぶん次回に続く

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