トラップ・デ・シュルニャックとコニャック
前回の続き
俺はラフロイグのストレートをやりながらマスター自家製のスモークチーズを味わっていた。とりあえずスモークチーズとスコッチの組み合わせは悪くないようだ。ただ、ここでちょっと疑問が残る。チーズ、特にナチュラルチーズに合うお酒といえば赤ワインがすぐに頭に浮かぶ。スピリッツにも合わないことはないんだろうけど、あまりそういったイメージがわかない。
「ねぇマスター、スピリッツに合うナチュラルチーズってのはどんなのがあるの」
俺の質問にマスターはちょっと首を傾げるようにして考え込む。
「正直な話、チーズはスピリッツにはあまり合わないんじゃないかと思うんだよ。こういうスモークならほどほどに合わせられるんだがな。チーズにあう酒と言えばワイン、それも赤ワインだ。赤ワインとスピリッツの違いって言うと何だと思うね」
おっと、油断してたらまさかの逆質問だ。
「原料の違いや熟成期間、っていうような話じゃないよね。醸造酒と蒸留酒でつくり方が違う、ってことかな」
「そう、もっとシンプルに言えばアルコールの強さが違うよな。私も色々と試してみたんだが、アルコールが強いとチーズの繊細な薫りを邪魔してしまうように思うんだ。かと言って40度のスピリッツをワインなみに落とすとしたら4倍の水で薄めなければならない。アルコールは薄まるけど味も薄まる。あまりおススメののみ方ではないな」
そうか、強いアルコールがチーズの味を殺しちゃうんだな。
「それともう一つ、チーズとワインが合う決定的な理由として“飲用温度”があると思う」
「それって以前、日本酒の話を聞いたときに出てきたよね」
「そう、日本酒の飲用温度は極端に広い。それに比べれば赤ワインの飲用温度は非常に範囲が狭いのだけど、まぁ18度くらいと考えていいだろう。白ワインやビール、スピリッツのロックなんかに比べたら随分と高い温度だよ。チーズを食べた時の油脂分が口内に残った状態で冷たい酒を飲めば、どうしたって冷えて固まるからね。それを考えたら、やっぱり赤ワインとの相性の方が断然良いことになる」
「ってことは、日本酒のぬる燗はさらに相性が良いってこと」
「まぁそうとも言えるかも知れない。悪くはない筈だよ。中国の紹興酒なんかも温めて飲むから意外と合うのかもな」
なるほどね、比較的高い温度で楽しむお酒との相性が良いんだな、チーズは。
「必ずしも全ての酒、全てのチーズに共通する法則ってことではないんだけれども、私が色々な組み合わせで試した結論としてはそんな感じだよ」
「じゃあマスター、逆にスピリッツに合う特別なチーズみたいなものは無いのかな」
マスターはそこでまたちょっと考え込む。
「常温で飲むスピリッツの代表としてブランディーがあると思う。基本的にブドウを主原料にしたスピリッツなわけだけど、実はコニャックに合うチーズっていうのがあるんだ。“トラップ・デ・シュルニャック”っていう名前のウォッシュチーズなんだけどな」
ウォッシュチーズっていうのは、チーズの表面を塩水やワイン、ブランディーなんかで磨いて表面に繁殖させた菌類によって醗酵熟成させたチーズだ。色々な種類があるけれど、大体どれも臭い。
「今ちょうど置いてるんだけど、旦那も試してみるかい」
うーん、臭いの強い系チーズはあまり得意ではないんだけど……。
「じゃあちょっとだけ」
マスターは皿に乗せられたチーズを一切れ切り分ける。表皮の色は茶色で、中身は黄色身がかったクリーム色って感じで見た目はごく普通のチーズに見える。ただ、やっぱりちょっと臭いがくるな。
バックバーのガラスの扉を開くと、中には各種のグラスが置いてある。マスターはその中からブランディーグラスを取り出し、棚からヘネシーのスリースターを取り出す。足の縁がつくようにグラスを寝かせて、そこへブランディーを注いだ。
「マスター、それ何やってんの」
「ロックグラスでワンフィンガーがシングル、ツーフィンガーでダブル、ってのがあるだろ。ブランディーグラスの場合はこうやって1オンスを量ることが出来るんだよ」
ふーん、そんなやり方もあるんだ。ブランディーなんて普段のまないからなぁ。
「さて、ヘネシー・スリースターとトラップ・デ・シュルニャック、どんな感じかね」
俺はおそるおそるチーズに楊枝を突き刺し、まずは匂いを嗅いでみた。
「なんかちょっと香ばしいって言うか、これはナッツ系の香りかな」
「このチーズはクルミのリキュールで外皮を洗ってるんだ。普通は塩水とかワインが多いけどな」
なるほど、これはクルミの香りか。でもやっぱり臭いが強いな。一口食べると、味の方は悪くない。臭いにはちょっと抵抗があったけど、食べた感じでは普通に美味しく感じる。
と、そこへヘネシーを流し込む。これも悪くはない。悪くはないんだけど、ちょっと何て言うか。チーズの余韻が消えちゃうような……。
「どうだい、相性の方は」
「どうだろう。チーズもブランディーもあまり縁がないからなぁ。こういうものだって言われればハイそうですか、って感じだけど。もう少しチーズの余韻が残ればなぁって思うよ。ブランディーで瞬間的に強制リセットされちゃうみたいな感じかな」
「私もそう思うよ。大体どこでもこのチーズはコニャックと相性抜群、みたいな紹介をされているけど、私はそこまで合うとは思えないんだけどね」
なんかチーズって奥が深そうだなぁ。しかも今のところ氷山の一角って感じだし。一体マスターは普段どんなチーズを試してるんだろうか。気になるな。
たぶん次回に続く




