ウイスキーの種類
俺は毎度口開けの客でマティーニを飲んでいた。マスターは仕込みの最中、たまにチラッと目の端で俺のすすみ具合を確認しているようだ。BGMはマクリーンの“センチメンタル・ジャーニー”、そりゃペースも遅くなる。
しばらくして若いサラリーマン風の二人連れが入ってきた。珍しく早い時間での来客だ。なんか自分の時間を邪魔されたみたいで面白くない。見たところこの店は初めてらしい。顔におぼえはない。
「さて、何を飲むかな」
二人は渡されたオシボリでさっと手を拭い、メニューと睨めっこを始めた。
「ウイスキーでイイよ」
手前に腰掛けているメガネの男が言う。
「俺はウイスキーよりバーボンがいいかなぁ」
マスターと俺とメガネ君、三人の体が一瞬ピクッ、となる。
「お前変なコト言うな。バーボンだってウイスキーだぜ」
「えっ、そうなのか? スコッチがウイスキーじゃないのか」
「バーボンもスコッチもウイスキーだよ。原材料や製法が違うんだ」
「じゃあナポレオンは?」
メガネ君は頭を抱え込むジェスチャーで痛い表情だ。
「それはまた別の機会に話そう。とにかくオーダー。俺はジョニーウォーカーのロック」
「あ、じゃあ俺も」
「お前バーボンじゃなかったのか」
「いいよ、合わせる」
シロウト氏はメガネ君に合わせた方が無難だと判断したようだ。先程までの煩わしい気持ちが、段々と何かを期待するような気持ちに変って、俺の機嫌は良くなっていた。
マスターはスコッチの棚からボトルを一本取り出す。今回は様子見という感じで、お客に確認せずにレッド・ボトルにしたようだ。メジャーカップできっちり二杯づつをロックグラスに注ぐ。
「これはスコッチなのかい」
「ああ、そうだよ」
二人は同時に口を付けた。俺はシロウト氏の動向が気になって注視していたが、どうやら知識は弱くても酒には弱くなさそうだ。意外と満足そうに味わっている。
「甘みが柔らかい感じでイイな、バーボンもイイけどこれも好きかも」
「お前、スコッチ飲むの初めてじゃないんだろ」
「どうだろう、今まで気にして無かったから。いつもアーリータイムズ専門だし」
日本のウイスキーはスコッチタイプだから、大抵はスコッチから入っていくんだろうけど、イメージ先行でバーボンばかり、っていう人もいるんだろう。同じ酒ばかり飲むのはどこかこだわりがあるようでカッコイイっていうのもあるのかも知れない。でも若い内は色んな酒飲んで、ある程度世界を拡げておいてから“俺はコレ”って決めてもイイんじゃないかなぁ。なんて思ってる俺も、ここ“夜明ヶ前”ではマティーニばかり飲んでるけど。
そんな俺も一杯目のマティーニを飲み乾すところだ。もうマスターは二杯目にとりかかっている。こんな調子じゃどうしたってマティーニばかりになるさ。まぁそれだけココのマティーニが美味いってことなんだけど。
俺の前にオリーヴの入ったカクテルグラスが置かれ、ミキシンググラスから二杯目のマティーニが注がれる。注ぎ終わるとマスターはサッと道具を片付け、今度はレコードに掛かる。ジャッキー・マクリーンの“4,5&6”のA面が終り、ひっくり返さずにそのままジャケットにしまわれる。次に取り出されたのは“小川のマイルス”、A面一曲目の“ジャスト・スクイーズ・ミー”が流れる。やれやれ、またゆっくりペースだ。
「ところでさぁ、スコッチとバーボンってどこが違うんだい?」
「スコッチはイギリスのウイスキー、モルトとグレーンが原料。バーボンはアメリカさ。ライ麦やトウモロコシが原料だよ」
「そうか、造ってる国と原料の違いなんだね」
まぁ簡単に言えばそうだけど、まだまだ言い足りない感じだ。マスターがムズムズしている、そろそろ何か言いたいところだろう。
「そうかぁウイスキーにはスコッチとバーボンの二種類があるんだ」
「そのくらいはおぼえとかないとな」
と、そこでいよいよマスターが口を開いた。
「ウイスキーは二種類だけじゃないですよ」
「え、もっと色々あるんですか」
「せっかくだから違うウイスキーもいかがです?」
二人は丁度飲み終わるところだった。マスターの提言どおり、ウイスキーの銘柄はおまかせするらしい。
「今度はこれなんかどうでしょう」
マスターが取り出したのは“ジェムソン”だ。
「これはアイルランドのアイリッシュ・ウイスキー、アイルランドはウイスキー発祥の地と言われています。“命の水”アスキボーがウイスキーの語源とされています。どうですか、先程のスコッチと比べて」
「へぇー、なんかスッキリしていて飲み易い。日本人好みかも」
「さっきのほど煙い感じがしないね」
シロウト君もなかなかしっかりした味覚を持ってるようだ。
「スコッチは大麦の麦芽を“ピート”っていう泥炭で燻すことによって独特の薫りを付けてますけど、アイリッシュにはそれがない。ブッシュミルズだけは軽くピート香がついてるけど」
「へぇ~だからジョニーはちょっと煙い感じがしたんだ」
「他に北米ではコーン・ウイスキーなんてのもある。バーボンはトウモロコシが51%以上だけど、コーンは80%以上の使用率。逆にライ麦の使用率が51%以上だとライ・ウイスキーになる。あとはテネシー・ウイスキーかな。その名の通りテネシー州で造られる。バーボンはケンタッキー州。それとカナダのカナディアン・ウイスキーなんてのもある。アメリカ独立後にイギリスからの移民が増えて、その中にいた製粉業者がウイスキー製造に転業して広まり、アメリカの禁酒法時代に飛躍的に増産されるようになったんだ」
「へぇー、アメリカだけでもそんなに色々あるんだ」
「忘れちゃいけないのが日本のウイスキー。スコッチの本場、スコットランドでも認められるほどの高品質だ。ただ熟成年数とかの規制が無かったのが逆に国際市場に出遅れちゃったのかな。後はドイツの“ジャーマン・ウイスキー”なんてのがあるけど、これはほとんどブレンドによる評価だからあまりおぼえることはないかな」
「なんかそういう話を聴いて飲むと、理解も深まりそうだなぁ」
「週イチくらいで通ってればすぐにウイスキー通になれるさ。なぁそうだろう、大将」
マスターはいきなり俺に声を掛けた。俺はマティーニのグラスを掲げて答えた。