ブレンデッドスコッチの味わい
二月。朝晩はすっかり冷え込んで、ふところの寒い俺に追い討ちを掛けるような季節だ。こう寒いと世の焼酎好きや日本酒好きは、コタツで鍋でもつつきながらお湯割りや熱燗、なんてのが恋しいんだろうけど、スピリッツを愛する俺はどうしても足がBAR・夜明ヶ前に向いてしまう。そしてお決まりのマティーニを飲んでしまうんだな。
いつもの席でいつものマティーニを飲みながら、聴こえてくるのはマイルスのアルバム“ディグ”から二曲目の“イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン”。ロリンズとマクリーンの三管編成のセッションだが、ここではマクリーンのアルトが黙る。確かこれがマクリーンの初セッションだった筈だが、このステキなスタンダードで吹かせてもらえないのも可哀相だ。
ウォルター・ビショップのピアノは控えめで地味な限りだ。ピアノ好きの俺としてはもっとガンガン弾いてもらいたいところなんだけど。この人も“スピーク・ロウ”ばかりが有名で後はパッとしない不思議な人だ。
残りのマティーニを一気に流し込みグラスを置く。さて、次は何を飲もうか。やっぱりマティーニかな。いや、ここはジンストでいこう。
「マスター、シルヴァー・トップをストレートで」
「悪い、冷えてないんだ」
残念。でもまぁ思い付きで言っただけだから、シルヴァー・トップじゃなくてもイイな。
「じゃあプリマスを貰おうかな」
「タイプが違うな」
「思い付きだから」
味にはこだわりがあるけど、そこは別にこだわるところじゃないから。
マスターは冷凍庫から霜のついたボトルを取り出してショットグラスに注ぐ。
「シルヴァー・トップが無かったから、代わりにこれを付けるよ」
そう言ってマスターは冷蔵庫から缶ビールを一本取り出した。
「グロールシュの缶って初めて見たな。なんかビンのイメージが強いから」
オランダ・ジンの代わりにオランダ・ビールのチェイサーか。何か思い付きで言っただけだけど、ちょっと得しちゃった感じだ。
プリマスのストレートをやりながらグロールシュをタンブラーに注ぎ、一口流したところで入り口の扉が音を立て、二人連れのお客が入ってきた。見ればいつかのメガネ君とシロウト氏のコンビだ。
「こんばんわぁ~」
マスターに挨拶しながらさっさとストゥールに腰掛ける。マスターはおしぼりを手渡しながら、
「今日は何にするね」
「ウイスキーを飲もうかと思うんですけど、銘柄はマスターにお任せしますよ」
そこでマスターは何か閃いたようで、バックバーの下側にある棚からショットグラスを二つ出す。
「ちょっとウイスキーの味比べってのをやってみないかい?」
「あ、それ面白そうですね。是非お願いします」
シロウト氏が勢い込んでマスターの提案に同意する。結構頑張ってお酒の勉強もしているんだろうな。いつまでも“シロウト氏”なんて呼んじゃ悪いか。面と向かってそう呼んだことはないけど。
マスターは2オンスのショットグラスに一個づつ氷を入れ、そこにウイスキーを適量注ぐ。ウイスキーはなんとニッカの“ブラックニッカ・スペシャル”だ。
「これはテイスティング用に私が考えた“ロック・ショット”だ。適度に薄まって冷えて、遊びでのみ比べするにはいいんじゃないかと思ってね。もっとも、既に誰かやってると思うけど」
まぁ、誰でも思い付くのみ方だろうと思うよ。
二人はマスターの出したブラックニッカを口に運ぶ。量的には1オンスもないくらいだから、ほとんど一口みたいなものだが。
「国産ウイスキーってマイルドなイメージだったけど、結構キツいですね」
メガネ君がちょっと意外そうな表情で言う。
「廉価版の“クリアブレンド”なんかはピートのスモーキーさが無いし、アルコールも37度と低いけど、これは42度もあるからね。日本人好みに造られているとは言え、かなり強い個性があるんじゃないかな」
マスターはそう言いながら次を用意する。今度はジョニーウォーカーの赤だ。
「あ、このお店で一番最初にのんだスコッチだ」
「お、覚えていたね。まずこれと比べてみようか」
ちょっと面白そうなんだけど、まぁ俺は大体の味は分かってるし、今回は参加しなくてもイイか。
一杯目のブラックニッカ・スペシャル同様、ロック・ショットとか言うカタチでジョニ赤が二杯並べられる。
「こっちの方が全然スモーキーだ。随分と個性があるんだなぁ、ジョニーウォーカーって」
「そうそう、この煙い感じだよね、覚えてるよ」
二人の反応は大きいようだ。同じウイスキーでも随分と味が違うことに驚いているんだろう。
「よし、じゃあ次にいってみようか」
三番目にマスターが取り出したのはホワイトホース。なるほどね。
「あ、甘い」
「ニッカ、ジョニ赤ときて、その味の差に驚いたけど、ホワイトホースはまた随分と違う味がするんですねぇ。まさかこんなに違うとは」
「今のは大体千円ぐらいで売られている普及価格帯のスコッチタイプのウイスキーだけど、それぞれ随分と個性があるよね。モルトの強い個性をよりマイルドに、より万人受けするためにブレンドをする、っていうイメージが強いと思うんだけど、そのブレンドしたウイスキー、それも普及価格帯の商品でさえもこれだけ個性があるんだから、ウイスキーってのは面白いよね」
今味わってその違いを思い知った二人は、マスターの弁にただうなずくだけだ。
「朝ドラが話題になってるから国産を入れたんだけど、こんなのもあるんだよ」
そう言ってマスターが出したボトルは黒瓶にベージュのラベル、“NIKKA”と書かれたシンプルなボトルだ。
「これは“初号ブラックニッカ復刻版”っていうもので、どうやら限定発売らしい」
マスターはこれもショットで二杯つくる。実は俺、まだそれのんでないんだよな。
「マスター、俺にも一杯ちょうだい」
「お、旦那ものむかい」
マスターはそう言ってショットグラスをもう一つ出す。
「また違う香りですね。でも強いなぁ」
メガネ君はシロウト氏よりも弱いようで、ちょっと酔いが回ってきている感じだ。
「これは43度あるからね。旦那はどうだい?」
「最初はスッと入ってくるんだけど、すぐにビターな味わいが舌の上に立つ感じだよね。その後アルコールの辛さが際立って喉の奥に残るような」
「なるほどね」
まぁそこそこ納得のいく表現だったみたいだ。
「ところでマスター」
シロウト氏が挙手して質問する。
「日本のウイスキーってみんなスコッチタイプなんですか?」
「まぁほとんどはね。でも君の好きなバーボンタイプの国産ウイスキーってのもあるよ」
そう言って次にマスターが取り出したのはキリン・シーグラムの“ヒップス”。瓶の肩にワニの姿が施されている独特のデザイン瓶だ。また随分とマニアックなものを。
「ちょっと入手しづらいけど。今度はこれにしてみるかい?」
にぎやかなのみ比べは、まだしばらく続きそうだ。




