焼酎の分類と原材料 後編
俺は馬肉ジャーキーを噛みながらマスターとお友達さんの会話を聞いていた。あまり焼酎には縁の無い酒飲み環境だけど、予備知識として持っておくのも悪くは無いだろう。それにしても廃糖蜜ってのは気になる。廃油、廃屋、廃人、なんて感じで、“廃”ってあまり良い響きが無いしね。
マスターのお友達さんは陶器の器に残った三岳をぐいっと呑み乾し、マスターに突き出す。マスターはそれを受け取り残った氷を捨ててお代わりをつくって出す。きれいな流れ作業だ。
「よっちゃんさぁ、俺今思ったんだけど、その甲類って言う焼酎でサワーとか出せばいいんじゃないの。そういうお洒落なのだったらこのバーにも合うんじゃない?」
「サワーって言うかチューハイな。サワーってのは全然別のものだから。それに、そういうのを飲みたけりゃ居酒屋へ行けばいいんだよ。ちゃんとそういうのに合わせたおつまみとかも用意してるんだから。ここではウオツカやジンなんかをベースに、私が美味しいと思ったカクテルを出す。居酒屋とは一線を画して棲み分けをした方がお互いのためでもあるしな。この店でチューハイなんか出すようになったら、あそこのコアな常連なんか、きっと来なくなるしね」
そう言ってマスターは俺の方を顎をしゃくって示した。俺はクラウン・ジュエルを軽く上げて答えた。確かにマスターの言う通りなんだよな。マティーニを味わってる横で若いのがチューハイなんか飲んで騒いでたら興醒めだし。そんな雰囲気ではここで飲む意味がない。
「そういうものなんだな、バーってのは。そういう話だと、なんか無理言って芋焼酎なんか出してもらったのが悪い気がするよ、そっちの常連さんもすいません」
そう低姿勢でこられるとちょっと困るな。
「別に気にしませんよ、このマスターだってたまに日本酒出してきたりすることもあるんですから」
「どうだろ、よっちゃん。あの方に俺から一杯おごらせてもらえないかな。もちろん、焼酎お嫌いなら他のお酒でも」
「だってさ、旦那。どうするね」
もちろん俺は洋酒派なんだけど……。
「せっかくなんで焼酎いただきます」
まぁ俺も大人なんでね。まぁるくまぁるくね。
マスターは普通のロックグラスを取り出し、すぐに手を止めた。
「オンザロックがいいかい。それともストレートにするかね」
どうしよう。焼酎は25度だけど、俺はもう50度のクラウン・ジュエルをストレートでやってしまっているから、氷を入れたらかなり薄い感じになってしまうだろう。ここはやっぱりストレートで行った方が良さそうだ。
「そのままで」
マスターはロックグラスを棚に戻し、2オンスのショットグラスを取り出して三岳を注いだ。
「えっ、生一本でやるのかい?」
「驚くことは無いよ。この旦那は50度のスピリッツをストレートでやっつける御仁だから、焼酎の生一本なんてなんともないんだ」
「へぇぇ、強いんだねぇ」
日本人はどちらかというと酒が弱い方なんだろうけど、特に最近の若いのは酒離れが進行してる気がするな。だからチューハイみたいなものが好まれるんだろう。そのくせ限度をわきまえずに飲むから潰れちゃうんだよな。
マスターは三岳の入ったグラスを俺の前に置いた。クラウン・ジュエルはまだ少しだけ残っていたが、とりあえず口直し用にとっておいて焼酎に口をつけた。なるほど、芋の甘みのある香りが鼻から抜けていく。俺にとってはあまり馴染みの無い感覚だけど、決して悪くはないな。
「ところでマスター、焼酎っていうのはストレートで呑むのはあまり一般的じゃないの?」
「そうだな、まずまず水割りかお湯割り、幾分強い人はロックって感じなんじゃないのかな。あまりストレートで呑むってのはないね。鹿児島なんかでは“ちょか”っていう土瓶みたいなので燗をつけて呑んだりもするけど」
「へぇ、焼酎も燗で呑んだりするんだ」
「決して一般的ではないけどな。当然日本酒の燗以上にアルコールが鼻を突くし」
焼酎とはあまり縁がないんだけど、結構奥が深そうだな。
「それでも焼酎の度数は酒税法上45度以下に決められてて、96度のスピリタスなんてのはまぁ別物と考えても、ラムなんかに多い75度のものに比べたら穏やかなものだ。たいていの焼酎は25度ってところだし、多くのスピリッツが40度から43度くらいだから、やっぱり日本人はあまり強いお酒を好まない、或いは体が受け付けないってことなんだろうね」
なるほど、やっぱり民族的に酒に弱いんだな。
「ラムの話が出たんだけど、あれってサトウキビを醗酵させて蒸留するんだよね。黒糖焼酎ってのも原料は同じだと思うんだけど、何が違うの?」
「本来は同じものだったんだけど、原料に米麴を使うことで酒税法上“焼酎”の扱いになってるんだ。」
「酒税法上の優遇を受けるためだけに麴を使ってるってこと? 原料に糖が含まれているなら麴入れなくても酵母だけでお酒になるのに」
何か釈然としないんだけど、マスターもちょっと困ったような顔してるようだ。
「米麴由来の風味が日本人の口に合う、なんていう答えでは納得いかないよな。私もそのへんは良く分からないところなんだよ。最近は日本でもラムの製造をはじめたところとかあるんだけど。そのへんからいずれ本当の答えが出てくるのかも知れない。とりあえず宿題にしといてくれ」
マスターがそう言うなら、結構複雑な話なのかも知れないな。
「さて、俺は呑むばかりで難しい話は良く分からないけど、色々と勉強になったよ。焼酎ばかりでなく今度は洋酒も試してみるから、その時はまた勉強させてくれ」
マスターのお友達さんはそう言って席を立ち、形ばかりのお会計を済ませて店を出て行った。
「俺もなんか勉強になったな。焼酎にはあまり興味なかったんだけど」
「まぁウチでは出さないけど、焼酎も立派な日本の酒文化だからな。色々と知っておいて損はない」
マスターはそう言ってショットグラスに三岳を注ぎ、自分でも一杯呑み下した。
「ところで廃糖蜜ってのが気になってるんだけど……」
「ああ、甲類の原料な。イメージが悪いから単に“糖蜜”なんて呼ぶこともあるんだ。甲類焼酎は乙類とは違う、工業的なアルコールなんだ。ジュースで割って飲むにはイイのかも知れないけど、日本酒のアル添に使うイメージがあるからな。私はどうも好きになれない」
やっぱりマスターって日本酒好きなんだよな。変なの。




