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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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プレミア焼酎の味

 その夜の夜明ヶ前では、やけに軽くってスインギーな曲が流れていた。ちょっとクラシカルな感じで、古き良き時代のジャズバンド、みたいな音楽だ。聴き覚えがあるんだけど、誰だっけ。

「マスター、これ誰のアルバム」

「アール・ハインズの“サウス・サイド・スイング”。今かかってるのは“ファット・ベイビーズ”って曲だよ」

 ハード・バップ中心にピアノ・トリオやカルテット、クインテットなんかを聴いている俺にとっては、何だか新鮮に聞こえてくる。こういうのはクラシックで言ったら古典派のハイドンとかモーツァルトあたりなんだろうか。あまり深く考える必要もなく、自然に体に入ってくるようだ。ちょっと疲れた時に気分を変えたりするにはイイかもね。

 俺はピックをつまみ、カクテルグラスの中のオリーブを噛むと、最後の一口をあおった。さて、次もマティーニでいこうか。それともジンストか。こんなBGMだとバーボンも合うかも知れない。

 とその時、ギイッと扉の軋む音がして初老のお客が入ってきた。

「よっ、マスター来たよ」

 どうやら顔馴染みのお客らしく、慣れた調子で入り口付近のストゥールに腰を下ろす。

「来たかい。じゃあ例のヤツだな」

 そう言ってマスターはグラスの棚の一番下の方から陶器のタンブラーを取り出した。いや、タンブラーよりはちょっと胴が短いみたいだ。こんなの置いてたなんて知らなかったな。そこに氷を入れて、取り出したボトルから酒を注ぐのだが、このボトルがまたビックリだ。およそバーには似つかわしくない5合瓶だ。つまり900mlのビンだ。普通洋酒は720mlの4合瓶か700ml、日本酒も4合瓶。ビールの大瓶は633ml。酒類で5合瓶って言ったら、やっぱりアレだ。

「ついでにBGMも演歌か民謡かなんかにしてくれるとうれしいな」

「そいつぁ勘弁してくれよ、焼酎出すのだって気がひけるんだから」

 やっぱり焼酎なんだ。ラヴェルには“三岳”と書いてある。なんとなく記憶にある酒名だ。

 俺が興味津々でそのやり取りを見ていると、それに気付いたマスターは俺のところへ来て弁解気味に解説を始めた。

「実は高校の同級生でね、焼酎しか呑まないヤツだから遊びに来いって言ってもヤダって言うんだ。私の店は焼酎を置いてないからね。仕方なしに一本入れてやったんだよ」

 そう言ってショットグラスに凍ったボンベイ・サファイアを無造作に注ぎ、小皿にオリーヴを盛って俺の前に置いた。これでしのいでいてくれ、ってことだ。

「ふーん、マスターの高校時代の友達さんなんだ」

「この店で焼酎とか出すのは嫌なんだけど、まぁ今回は特別ってヤツだ。何しろ色々と世話になってるからな、彼には」

 マスターがどんな世話になってるかも興味があるけど、そんな話題を持ち出すのは野暮ってもんだ。ここはマスターとお友達さんのためにおとなしくしておこう。それにしても、日本酒はアリで焼酎は置かないってのも、変なこだわり方だよな。

「この焼酎も一時期より随分と値段が下がったよ。前は5合瓶で倍以上の値段で売ってたけど、今は千二百円前後で売ってるみたいだ。それを考えたら、こうやって店で呑んでもそれほど高い気がしないよな」

 マスターのお友達さんはグラスをかかげながら言い、それを口元に持っていきグビリとやる。

「まぁ何にしてもお前さんから高く取ろうとは思わないけどな」

 そう言ってマスターはおつまみの皿を差し出す。

「馬肉ジャーキーだ。芋焼酎には合うだろ」

「どうせなら馬刺しが良かったけど。まぁありがたく戴くよ」

 馬肉ジャーキーか。ジンストにも合うんじゃないかなぁ、マスター気が付かないかなぁ。

「それにしても何でこんなに急に安くなったんだろう。以前はモノを探すのさえ困難だったのに」

「もしかすると設備投資して生産量を増やした、ってこともあるかも知れないけど、まぁ焼酎ブームが一段落着いたってことなんじゃないか」

 俺は洋酒ばっかりだから分からないけど、焼酎って結構呑まれてるのかな。

「安くなったからって味は変わらないんだから、高い時に買ったのが馬鹿らしくなるね」

 どうやらお友達さんは値段の高い時に買った経験があるらしい。

「そのうち“百年の孤独”とか“魔王”なんていうプレミア焼酎も安くなるかね」

「どうかな。極端に安くなることはないと思うけど。それにしてもその“プレミア焼酎”っていうネーミングは何とかならないのかね。普通に違和感があり過ぎるんだけどな」

「何で? みんなそう言ってるだろ」

 俺も聴いたことがある、プレミア焼酎。でも確かに変な言い回しだよな。

「“プレミア”ってのは本来、映画や舞台の初日のことを言うんだよ。この場合は“希少価値が高い”というくらいの意味なんだろうから“プレミアム焼酎”って呼ぶのが正しいだろ。いくら通じるとは言え、一文字削ったら違う意味になるんだから、そこは省略するところじゃないだろう」

 偏屈なマスターらしい話だけど、確かにそうなんだよな。ビール業界では麦芽100%のハイクラスなビールを“プレミアム”って呼んでるし。逆にそこに違和感を感じないってのは問題だな。

「よっちゃんにそう言われりゃそんな気もするけどさ。でも希少価値で高いってのは、原料や製法には関係ないことだし、5千円の焼酎が千円のものより5倍美味しいか、って言えばそんなことはないわけだし。安くて美味いと思える焼酎を探して片っ端から味を確かめる方が正解なのかな」

 確かに高ければ美味いってもんじゃないんだよな。ってか、マスターってよっちゃんって呼ばれてるんだ。イカみたいだな。

 


続きます

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