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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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ジュニパーベリーなクリスマス

 随分と寒くなったもんだ。いつの間にか12月、一年もあっという間に終わりだな。まぁ俺には年の瀬も新年のご挨拶もありゃしない、毎日同じように生活して、毎晩同じように酒をのむだけだ。

 そんなわけだからクリスマスなんてのも全然関係ない。そして俺と同じように、全然クリスマスと関係ない“BAR 夜明ヶ前”で、今年もクリスマス・シーズンをやり過ごそうと思っていたのだけれど、店内に一歩踏み込んで、俺は呆気あっけにとられた。なんとそこにはクリスマス・ツリーが飾ってあるではないか。

「マスターどうしたの、クリスマス・ツリーなんか飾っちゃってさ」

 よく聴けばBGMにはエンヤが流れている。妙にクリスマスっぽい感じだ。

「今年は思い付きでクリスマスっぽくしてみたんだ。ボジョレー・ヌーヴォーやめた替わりに何かイベントっぽいものが欲しいと思ってね」

 何か解せない感じなんだけど……。

 ツリーの飾りはてっぺんの星と脱脂綿の雪、それにわずかな点滅する電飾。なんとも寂しいクリスマス・ツリーだが、よく見るとちょっと普通のツリーと違うようだ。

「なんだ、そういうイタズラか。わざと飾りつけを貧相にしてるんだね」

「こういうのは“イタズラ”じゃなくて“遊び心”って言うんだよ。それに“貧相”じゃなくて“シンプル”だ。何にせよ、これに気付いたのは旦那が初めてだよ、さすがだな」

「だって俺は誰よりもマティーニを愛する男だからね」

「これがわかった人には私の手作りケーキをプレゼントすることにしてるんだが」

「せっかくだけどケーキは遠慮しとくよ。オランダのジンがのみたいな」

「やっぱりね、旦那ならそう言うと思ったよ」

 そう言ってマスターは冷凍庫からボルスの“シルヴァートップ”を取り出した。

「ストレートでイイのかい」

「うーん、ロックにしてもらおうかな。最初はちょっとゆっくりのむよ」

 マスターが俺の前にロックグラスを置くと、入口の扉がギイっと音を立てて開いた。入ってきたのは若いカップルだ。男の方はスイっと入ってきてそのままスツールに腰掛けようとしたが、女の方はクリスマス・ツリーの前で立ち止まってしまった。首を傾げながらしげしげとツリーを見ている。

「見てコレ。このクリスマス・ツリー、モミの木じゃないよ。なんだろコレ」

 マスターの目が光った。…ような気がした。

「よく気がついたねぇ、それがわかったのは二人目だよ」

「だってコレ、子供の頃に家にあったのと違うんだもん。葉っぱが細いし、松ぼっくりじゃなくって青っぽい実が付いてるから」

「それはジュニパーベリー、杜松ねずの木だよ。その実でジンの香り付けをするんだよ」

「ふーん、そうなんだ」

 モミじゃなくて杜松だってのはわかったみたいだけど、ジンの香り付けに使われていることにはあまり興味がないみたいだな。ちょっと葉や実を触ったり、匂いを嗅いだりしてから、連れの男の隣に腰を掛ける。

「それがモミの木じゃないことに気が付いた人には私の手作りケーキをプレゼントすることにしているんだけど、食べるかい?」

「え、ホント? 嬉しい」

 どうやらケーキの方には興味があるようだ。

「僕はその杜松の香りの酒ってのを飲んでみたいなぁ」

 男の方はどうやら杜松の実の香りがついている酒ってのが気になったようだ。

「よし、じゃあ君の方にはジンを一杯サービスしよう。ジュニパーベリーの香りが存分に楽しめるオランダのジンだ」

 そう言ってマスターは俺に出したのと同じシルヴァートップを冷凍庫から出した。

「ストレートかオン・ザ・ロックか。お酒弱い方ならジン・トニックでもイイぞ」

「じゃあロックで」

 男の方は俺とお揃いになっちまった。

「ケーキはどうしようか。今食べるかい、それとも後にする?」

「うーん、先にもらっちゃおうかな。ケーキに合うお酒があるとイイんだけど」

 ケーキに合うお酒か、なんか難しい注文入っちゃったみたいだけど、マスターは何を出すんだろう。

「とりあえず彼氏のジンを先に出させてもらうよ」

 そう言ってマスターはメジャーを切ってロックグラスにダブルで注ぐ。大きめの氷を一つ入れて男の目の前に置いた。

「彼女のケーキを作るから、しばらくそれでジュニパーベリーの香りを楽しんでてくれ」

 ケーキって今から作るのかい? それじゃ時間が掛かってしょうがないだろう。俺としてはケーキに合う酒ってのがどんなチョイスになるのか気になってるんだが、しばらくおあずけかな。

「これが杜松の香りなんだな。確かに松ヤニとかそんな感じの香りがするみたいだよ」

 グラスを彼女の方に近づけながら言う。どうやらジンを飲むのは初めてのようだ。この香りは慣れていないとちょっと抵抗あるかもしれないな。

 と、思いのほか早くマスターが奥から戻ってきた。

「はい、ケーキお待ちどう」

 見れば、ロールケーキの輪切りに生クリームをホイップしてブルーベリーやラズベリー、キウィなんかの果物がトッピングしてあるだけの簡単なケーキだ。まぁ無料でサービスってことならこの程度でもいいんだろうし、確かに手軽で簡単で安上がりだけど手作り感が嬉しいってのもあるかもしれない。

 マスターはシェイカーに氷を入れ、コアントローとブルーキュラソー、レモンジュース、パウダーシュガーを注いでシェイクする。それを氷を入れたタンブラーに注ぎ、炭酸水で満たす。くし型に切ったレモンを縁に挿してマラスキーノ・チェリーを入れる。

「コアントロー・フィズのヴァリエーションなんだけど、レモンを少なめにして甘く仕上げてみたんだ。甘いケーキには甘いお酒が合うからね」

 なるほど、ちょっと薄いブルーだし見た目にもいい感じだ。確かにケーキにも合いそうな気はするな。

「コレ甘いけど炭酸でサッパリして美味しい。ケーキにも合うみたい」

「甘いリキュールをそのままだと芸がないし、ちょっと甘みがクドくなるからね」

 杜松のツリーにしろ手作りケーキにしろ、ここのマスターは結構やることが細かいんだよな。その繊細さをもっと常連客にも向けてもらいたいところだよ。さっきからずっとグラスが空なんだが……。


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