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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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卵のカクテル(後編)

 マスターはお客の女の子二人と卵入りカクテルで盛り上がっていたが、やっと俺のグラスがカラになっていることに気がついてくれたようだ。

「マスター、俺も卵のカクテルのんでみようかな」

「じゃあブランディー・フリップでも飲むかい」

 白身のカクテル出した後に黄身を使ったカクテルを勧める、って、見え透いてるよな。

「残った黄身を処分するつもりなんでしょ。俺も白身のカクテルでいいよ。クローバー・クラブで」

 マスターはちょっとムスっとした表情になった。

「なんだい、処分だなんて心外だな。黄身は残ったってマヨネーズソース作ったりとか、他に使い道があるんだ。そんな狭い了簡でお客さんに酒を勧めたりしないよ」

「そうなんだ、申し訳ない。ゲスの勘ぐりってヤツだった。マスターおススメのブランディー・フリップをもらうことにするよ」

「そうそう、そうやって素直に私の勧めたものを飲むのが良いお客様だよ」

 ん、何かうまく誘導されたような……。

 マスターはブランディーをバックバーから取り出す。グルボアジェのスリースターだ。

「卵のカクテルだから安いフレンチ・ブランディーでいいよ」

「なんだい、ケチだね」

「それと砂糖は少なめでお願い」

 マスターはグルボアジェを棚に戻し、グリーンの丸い形のボトルを引っ張り出してきた。

「アルマニャックのシャボー・ナポレオン。せめてこれくらいのブランディーは使わせてくれよ」

 シャボーはグルボアジェの半額くらいかな。まぁマスターに全部お任せしたいところだけど、こっちもフトコロと相談しなくちゃいけないからな。

 マスターはアルマニャックと卵黄、パウダーシュガー少々をシェイカーに入れてシェイクする。作ってるのは俺のオーダーだけど、シェイカーを振るのは女の子達の前だ。

「卵のカクテルってのは強くしっかりシェイクするのがコツなんだよ。フォームも大きく、こうやって“グヮラングヮラン”って感じにね。このカクテルにはパウダーシュガーを使ってるけど、これが普通の上白糖なんかだったら更にしっかりシェイクしないと砂糖が溶けずに残ってしまうんだ」

 ハタチの女の子相手によく説明すること。女の子達も熱心に聴いてるようだからイイけど。マスターは俺の前に置かれたソーサー型のグラスにトロッとした茶色い酒を注ぐと、軽くナツメッグを振り掛けた。

「好き嫌いもあるかも知れないけど、最後にナツメグを振った方が味としてのまとまりはイイと思うよ。とりあえず私の店ではこれが正式なレシピ。あとたまに全卵を使うレシピを見かけるんだけど、絶対に卵黄だけの方が美味いよ。白身が入ると薄い感じになってこのカクテルの良さが損なわれちゃうんだよな」

 ふーん、カクテルレシピ一つでも、色々とマスターなりのこだわりとかがあるんだな。俺はグラスを手にしてまず一口。確かにコクがあって濃い目なんだけど、甘みも抑えられていていい感じだ。と、味の感想を言おうとしたんだけど、マスターはもう女の子達の方へ行ってしまってたよ。ピンク・レディーを飲み終わって次のオーダーを訊いているところだ。

「ピンク・レディーの次だから、今度はこの“ブルー・ムーン”っていうのにしようかな」

 ショートのコがオーダーを決めたようだ。ポニーテールは今度は連れとは違うものを頼む気らしい。メニューの後ろの方まで目を通しているようだ。

「じゃあ私はこの“レッド・バイキング”ってのにしよっと」

 ピンクに続いて色で選んだみたいだけど、ブルー・ムーンは青くないしレッド・バイキングは赤くないんだよなぁ~。随分と面白いオーダーだ。出された時の顔が見ものだな。

 最初はレッド・バイキングからのようだ。アクアビットとマラスキーノ、ライムジュースをシェイクして氷を入れたロックグラスに注ぐ。当然酒の色は透明だ。

「あれ、赤くないんだね」

 続いてブルー・ムーン。ジンとパルフェ・タムール、レモンジュースをシェイクしてカクテルグラスに注ぐ。こちらは紫色。

「こっちも青じゃなかった。コレ、ホントにブルー・ムーンってカクテルなの?」

「“パルフェ・タムール”っていうスミレのリキュールを使ってるんだよ。一般的には“クレーム・ド・ヴァイオレット”なんて呼ばれてるけどね。だから名前はブルーでも酒の色は紫なんだ。他にも“青い珊瑚礁”なんていうカクテルはペパーミント・グリーンを使ってて、コチラは名前は青でも酒の色は緑なんだ」

「へぇ~、次はそれを頼もうかな」

 女の子達は酒の色を話題にして盛り上がり始めたようだ。マスターは頃合を見てまた俺の前へやって来た。

「どうだい、私のブランディー・フリップは美味いだろう」

「うん、あまり飲むことないからね。たまにはこういうのも悪くない」

「悪くない、か。もっと素直に喜べないもんかね」

 マスターはそう言いながらも、それなりに満足そうだ。

「そう言えば外国の人とか生卵食べるのを嫌がるよね。カクテルに生卵使うのって何だか不思議な気もするんだけど」

「確かにね。火は通してないけど一応“調理した”っていう解釈なのかも知れない。ただ卵入りカクテル自体は卵を入れないカクテルに比べてやっぱり特殊なポジションだし、そんなに頻繁に飲まれているものでもないしな」

 日本人の中にも生卵は苦手っていう人はいるしね。

「生卵に関してはやっぱり日本は特殊なんだろうな。“新鮮”で“生”を喜ぶ国民性に加えて、衛生面が圧倒的に優れているし。外国だとサルモネラ菌とか、賞味期限とかってのを考えるとなかなか生で食べようとは思わないだろうし」

「中国の鳥インフルエンザ流行で、卵掛けご飯は食べるなみたいなこと言ってたよね」

「間接的な日本への非難なのかも知れないけど、自分とこの国の食品に信用がないって宣伝してるようなものだしな。それどころか、一国の国家主席が『鳥インフルエンザは日本のテロだ』とか言うに至っては全くの笑止。呆れてモノも言えないよ」

 どうも中国との関係は悪くなる一方らしいな。とりあえず、早く安心して生卵が食べられる国になることを願うよ。

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