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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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独り花見酒の友

 夜明ヶ前の店内にはパシフィックの“ジェリー・マリガン・カルテット”が流れていた。チェットのトランペットとマリガンのバリトン・サックスの味わいのある演奏は良いのだけど、ピアノ好きな俺としてはピアノレス・カルテットっていうのはどうも好きになれない。やっぱりピアノがなくっちゃなぁ。

 レコードももう終わりに近づいてきた頃、丁度俺の二杯目のマティーニものみ終わりだ。三杯目はピアノ・トリオなんか聴きながらのみたいな。マスターはレコードをジャケットに仕舞い、次のレコードを出してターンテーブルに乗せ針を落とす。

 ココチキココチキココチキ、ドン、って、ロリンズの“ウェイ・アウト・ウエスト”じゃないか!

「ピアノレス・カルテットの次はピアノレス・トリオ、って、マスター嫌がらせしてるでしょ?」

「このカラッとして爽やかな感じが春っぽく感じないかい。私は好きだけどな」

「俺はピアノが入ってしっとりした演奏の方が春っぽいよ」

 とりあえず苦情を言ってみた。お客なんだからこのくらいの我儘は赦されて如かるべきだよな。マスターは不承不承ロリンズを仕舞い、今度はキャピトルのポール・スミス“クール・アンド・スパークリング”を掛けた。そうそう、こういうのを聴きたかったんだよ、やれば出来るじゃないか。

「次もマティーニにするかい」

「せっかくだからスパークリング・ワインでも飲みたいところだけど、置いてないもんね」

「炭酸割りカクテルで、気分だけでもスパークリングにするかい」

「そうだね、じゃあジン・トニックでももらおうか」

 マスターは冷凍庫から見慣れない黒いラヴェルのジンを取り出してソーサー型のシャンパン・グラスに注ぎ、トニック・ウォーターで満たした。

「どうだい、シャンパンっぽくなったろう」

 いたずら小僧のような満面の笑みを浮かべたマスターはちょっと可愛い。

「そのジンは何ていうの? 見たことないんだけど」

 俺としてはその初めて見るラヴェルが気になるところだ。

「これはフランスのジンで“エギュベル”。あまり刺激の強くないジンなんで、スパークリング・ワインの代わりに使うのにイイと思ってな」

「あ、ホントだ。気分だけでも楽しめそう、フランス産だし」

 ジン・トニックっていうとコリンズ・グラスやタンブラーに氷を入れて、ってのが一般的だけど、こういう楽しみ方もいいかも知れないな。

「ところでマスター、この前話した独りお花見なんだけど、俺もやってみようかと思って。で、酒のつまみに何が合うか考えてたんだけど」

「独りなんだから気張ることはないだろう。スルメでイイんじゃないか」

「いや、俺は洋酒党だし、日本酒じゃなくてスピリッツをスキットルで楽しもうかと。スピリッツを何にするかで、つまみも変わってくるでしょ」

「なるほどスピリッツね。でもかなり限られちゃうだろ。旦那が好きなジンやウオツカは冷たくないと美味くないから向かないしな」

 そうなんだよな、クーラーボックス持って歩くわけにもいかないし。

「まぁウイスキーが一番無難か。スコッチにビーフジャーキー、こんなのが合うんじゃないか」

「イイね。じゃあバーボンは」

「七面鳥のジャーキーなんてのはどうだ。バーボンはワイルド・ターキーで」

「おっ、乗ってきたね。他には」

「ブランディーも常温で美味しくのめるな。チョコレートが合うイメージが強いけど、ドライ・マンゴーとかドライフルーツ系なんかも良さそうだよな。“トラップ・デ・シュルニャック”なんてウォッシュチーズはコニャックに合うって言うけど、臭いがちょっとな」

 臭いチーズはちょっと苦手だな……。

「ワインにはチーズが合うんだろうけど。ただワインは独りお花見には合わなそうだね」

「テキーラやラムも冷たい方がイイだろうけど。テキーラに塩、ラムに砂糖なんてのは世話ないけどな」

 それはいくらなんでも味気ないな。

「マスター、シャンパンモドキもう一杯」

「モドキなんて言うなよ。これはこれで良いアイデアだと自負してるんだから」

「結局花見用の酒はウイスキーかブランディーってところかぁ」

「あ、無視しやがったな、このぉ。ま、やっぱり日本酒が一番だよ。焼酎もアリだろうけどね」

 そうだ、焼酎の存在を忘れていた。一応あれもスピリッツだものな。

「洋酒派の俺としては日本酒以上に焼酎呑む機会は少ないけど、焼酎に合わせるんだったら何があるかな」

「焼酎は芋・麦・米をはじめ、原材料がバラエティに富んでるからね。それによって合わせる肴も違ってくるんだろうけど。日本酒にスルメ、スコッチにジャーキーときたら、焼酎には“クジラのタレ”なんかどうだい。麦や米には無難に合いそうな気がするけど。芋はどうだろう。合うことは合うんじゃないかと思うが」

「確かにクジラのタレはジャーキーみたいだよね。それだったら“たたみいわし”なんかも合うんじゃないかな」

「うん、それは日本酒にも合いそうだ。芋には何が合うかな。もっと決定的に合いそうなつまみが無いものか」

 考え出すと意外と難しい。普通に家呑みや居酒屋メニューなら色々あるけど、つまみ片手のお花見の友となると、ちょっと出てこない。

「馬肉ジャーキーとかになっちゃうのかな。結局同じようなものしか出てこない。ちょっと宿題ということにしておこう」

「宿題やってる間に桜が散っちゃうよ。まぁどっちにしても俺は洋酒でいくから、芋焼酎に何が合うかとか関係ないんだけどね。馬ジャーキーもくじらのたれもウイスキーに合いそうだし。後は自分で選んで、独りお花見を楽しむとするよ」

「服装はしっかりしたものがイイと思うぞ。だらしない格好をしていると変質者と思われるからな、丁度季節の変わり目だし」

 う、それが一番心配なんだよな……。


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