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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
30/99

旬の生牡蠣で一杯

前回の続き

 その夜、俺は酒呑みとしてまた一つ成長したようだ。今まであまり美味いとも感じずにダイエット食材みたいに思ってたコンニャクが、こんなに美味いことを知ったのだから。俺は刺身コンニャクを肴に、秩父錦の無濾過生原酒とやらを二杯呑んだ。手作りコンニャクのブツブツとした食感を楽しみつつ、ちょっと度数の高い辛口の生酒を流し込む。至福の時間だな。

 ただ、一皿も食べると満足しちゃって飽きてくるな。

「どうだい、コンニャクのおかわりは」

 マスターはニヤニヤしながら俺に訊いてきた。

「いや、そろそろ洋酒に切り替えようかな」

「いくら美味くても量は食べられないよな、コンニャクは。旦那にこの味が解らなかった時用に、もう一つ肴を用意してあるんだよ」

 そう言ってマスターは冷蔵庫を開けてゴソゴソとやりだした。小さな発泡スチロールの箱を取り出し蓋を開けると、中にはゴツゴツとした岩のようなものが。よくよく見ればそれは殻付きの牡蠣だった。

「どうだね、これで一杯やってみるかい」

「イイね、大きくて美味そうだ。これは岩牡蠣っていうの?」

「これは“マガキ”さ。イワガキってのは夏が旬だ」

 ふーん、そうなんだ。牡蠣と言えば石みたいな外観だから岩牡蠣ってのが一般的なのかと思ってた。

「ナマ、大丈夫だろう? 焼き牡蠣でも美味いけど」

「うん、生でOK」

 マスターは牡蠣を持って奥の調理場へ消えた。しばらくすると殻を開けた大ぶりの牡蠣が五つ、皿に乗せられて出てきた。身もプリプリと太っていて見るからに美味しそうだ。

「酒の方は今度はこんなのでどうだい」

 マスターは冷蔵庫から新たに4合瓶を取り出した。ラベルには大きく“生酛造り”と書いてある。

「福井の酒、一本義の生酛純米だ。これは生じゃなくて生詰だけど、これも美味いぞ」

 そう言って新しくグラスを出して酒を注ぐ。

「生牡蠣にはアサツキとか紅葉おろしなんかをよく添えるけど、これはポン酢だけでやってもらいたいな」

 マスターがそう言うならきっとその食べ方が美味いんだろう。俺はアサツキ好きだけど。

「この牡蠣も福井産なの?」

「いや、これは新潟産。広島や北海道厚岸、三重の志摩なんかが有名だけどね」

 俺は牡蠣を殻ごと一つつまんでズルリとすすった。独特の舌触りと潮の香りが口いっぱいに広がる。そこへすかさず冷酒を流し込む。洋酒専門の俺ではあるけど、この新鮮な生牡蠣と冷酒の取合せはやはり感動ものだ。

「牡蠣にはやっぱり日本酒が合うだろう。西洋人は白ワイン合わせたりするらしいけど、どう考えたって日本酒の方が圧倒的に合うはずだよ。ビールなんかだとせっかくの旨みをサラッと流しちゃうし、強いスピリッツなんかだとやはり酒の刺激が牡蠣の味を台無しにしちゃうしな。他に合いそうな酒って言ったら紹興酒あたりかな。私はまだ試したことないんだけどね」

 確かに日本酒以外の酒は合わない気がする。焼酎ではどうだろうか。米や麦ならギリギリ合いそうな気もするけど。

「昔から“R”の付く月が美味いって言われてるよ。セプテンバー、9月からエイプリル、4月まで。夏場の産卵期は身が痩せるから美味くないんだ。産卵後にまた徐々に太っていくことを考えると、直後の9月よりは春の方がより旬ってことになるんじゃないのかな。これはマガキの話。イワガキは逆に夏が旬」

「まさに今が牡蠣の食べ時ってワケだね」

「そう。せっかくの旬ド真ん中なんだから、やっぱり生で食べたいものだよ。尤も、牡蠣の生食ってのはもともと西洋のものだったんだけどね」

「えっ、そうなの? ナマで食べるなんていうのは日本のお家芸じゃない」

「どういうワケか牡蠣の生食は西洋の方が進んでたんだな。古代ローマ時代から食べてたらしい。日本で牡蠣を生で食べるようになったのは明治以降なんだよ。養殖技術や食中毒の問題なんかが大きいんじゃないかな」

 古代ローマと明治じゃ、随分と遅れをとっちゃってる感じだな。そう言えば確かにフレンチの前菜なんかに生の牡蠣が出てきたりするけど、アレって昔からなんだ。俺はてっきり日本の生食文化の影響かと思ってたよ。あぶなく恥をかくところだったな。

「朝鮮を代表する食材の唐辛子が、実は日本からの流入だった、ってのと似てるかもね」

「そうだな。朝鮮人は日本人を悪し様に罵って反日を標榜するんだったら、唐辛子も食べなきゃイイのにな。まぁどうでもいい話だが」

 確かにどうでもイイな。余計な話だった。

「そう言えば牡蠣ってほかの貝とは随分と食感が違ってるよね。どうしてなんだろ」

「牡蠣は“海のミルク”なんて呼ばれて栄養豊富だけど、生の食感もトロッとしてて独特だよな。ほかの貝は、例えばサザエやアワビなんかはコリコリとしていて、ちょっと歯ごたえがある。ホタテはまぁほとんど貝柱だけど、アサリやハマグリなんかの二枚貝はしっかりとした斧のような足がある。移動するためには筋肉が発達するわけだけど、牡蠣は岩とかに着生したら、後は死ぬまでずっとへばりついていて動く必要がない。だから筋肉は退化して内蔵だけの貝になる。そこが大きな違いだな」

 俺はマスターの話を聞きながら、もう一つ牡蠣をすすった。カキフライも美味しいけど、やっぱり生食が最高だなぁ。

「一期一会のつもりでしっかり味わっときなよ。レバ刺しみたいに、いずれ規制される時が来るかも知れないからな」

 そうだ、食事は一期一会。意識してないとつい忘れちゃうよな。反省反省。


次回に続く

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