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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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新成人に乾杯

 ギィッと音をたてて“夜明ヶ前”の扉が軋むと、俺の気持ちもあらたまる。これから美味い酒を心してのむのだと思うと、自然と気も引き締まるというものだ。まぁ実際には日常の煩雑さから遠ざかって気持ちをリフレッシュするために酒をのむのだから、それほど気張っているわけでもないのだが。

 とは言え、それなりに構えて店に入ると、今夜はなんだか妙に軽やかな曲が掛かっている。最初は猫がニャアニャアないてるのかと思ったが、どうやら女性ヴォーカルだ。俺はちょっと気を削がれたが、何事もなかったかのようにいつもの奥のカウンター席のストゥールに腰掛けた。マスターはチラッとこちらを見ただけで、普段と変わらず愛想もない。が、もう既に俺のマティーニをつくり始めていた。

「ねぇマスター、このふわふわした女性ヴォーカルって誰?」

「ブロッサム・ディアリー」

 何を説明するでもなく、ただアーティスト名をボソリと言う。聞いたこともない名前だ。

「何だかムズムズするような歌だね」

 マスターは俺の前にグラスを置き、ミキシング・グラスから注ぎながら、

「この良さがわからないようじゃ、旦那もまだまだ子供だね」

 そう言ってアルバムジャケットを見せてくれた。二枚組のレコードで、タイトルは“マイ・ニュー・セレブリティ・イズ・ユー”とある。よく見ればロン・カーターやトゥーツ・シールマンスも参加してる。そう思って聴くと、確かにちょっとイイ感じかも。

「子供って言えば、先週の連休はどうだったの?」

 三連休の三日目の月曜は成人の日だった。きっと店も混むだろうと思って遠慮したんだけど、大雪だったしどちらにしても家でおとなしくしてようと思ってたんだけどね。

「ハタチの奴らがそれなりに騒いで、それなりに賑やかだったよ。売上の方もまぁそれなりだ」

 マスターのそれなりがどの程度かわからないけど、まぁ商売にはなったってことなんだろうな。

「若い連中はビールとかばっかりなんじゃないの?」

「いや、そうでもないのさ。グループの中でもいきがってるヤツなんかはウイスキーのんだりしてやがったな。ただ、ロックでオーダーしてなかなか二杯目の注文が来ないのさ。カッコつけて頼んだのはいいけど、やっぱり強い酒には慣れてないんだろうな」

 仲間の手前、格好つけてのもうとしたんだろうけど、スピリッツの強さを思い知ったってところだろうな。まぁ若い連中にはありがちだよ。

「ハイボール注文したヤツなんかはそれこそ居酒屋感覚で普通に飲めたろうけど、カクテルなら弱かろうとマティーニやマンハッタンなんかチョイスしたヤツはちょっと哀れな様子だったよ。強さはほとんどストレートみたいなものなのに、オン・ザ・ロックと違って時間が経っても薄まらないんだからな」

 そりゃまた悲劇だね。知らないんだからしょうがないけど、知らないなりにマスターにお伺いたててオーダーすればそんな間違いしなくて済んだろうにね。

「そういう失敗を繰り返してだんだんと酒に強くなっていくんだよね。俺だって最初の頃はしょっちゅう酩酊してたし、マティーニなんかのんでも美味しいと思わなかったからね」

「まぁそういうことだね、若い内からしっかりのんで、将来は立派な酒呑みになって貰いたいところだよ。呑み始めはカタチから入ってもイイし、カッコつけでのんでもイイんじゃないかと思うよ。そのうち酒ってものが子供のオモチャじゃないってことに気付くんだろうから」

「ってことは、酒は大人のオモチャかい?」

「そういう下劣で稚拙な冗談を口にして喜んでるようじゃ、まだまだ子供だね」

 うっ、失言……。

「そう言えばさ、今年の成人式はそんなに荒れた話を聞かなかったね」

 俺はマティーニを口にしながら慌てて話題を振った。

「大きな地震があって、そんな中で幸運にも生き残って成人を迎えることができた、なんていう人がたくさんいるんだ。みんな生きていることの喜びと、あの震災を乗り越えて生きていくことの意味を深く噛みしめて成人式を迎えたんだろうからな。そんな中でバカ騒ぎするヤツがいたとしたら、それこそ本当のバカ野郎だろうよ」

「香川県だかで、ヨソの成人式に乱入して大騒ぎしたヤツがいたらしいよね」

 そこでマスターはふぅーっと大きなため息をついた。

「ああいう国難の後でも、やっぱりバカは死なないと治らないものなんだろうな。日本全国のほとんどの新成人は立派に成人式を迎えられたのに、そいつらはどうしようもないクズ野郎として、この先もずっと記憶されていくんだろう。いや、皆の記憶から消えていくとしても、自分の中の恥辱として死ぬまで消えることはないんだ。若さゆえの誤ちとは言え全く哀れとしか言い様がないね」

 俺も同感だよ。後できっと後悔するだろうし、逆に後悔しないとしたら、それはそれで人間としてどうだろうって話になってくるな。俺は残っているマティーニをグイッと一気に呷った。

「マスター、おかわり頂戴。新成人に乾杯しよう。若いヤツらがこの国をしっかりと引っ張っていってくれるように。ついでにバカなヤツらがちゃんと更生するように」

 自分にあまり関係のない、どうでもいいようなことでも口実にして酒を飲む。これこそが酒飲みの極意だ。


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