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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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温かいお酒

前回の続き

 俺は二杯目のユズ・マティーニをのみ干し、散々考えた末にグレンモーレンジの18年をロックでオーダーした。マスターがグラスに注ぐ途端にこちらまで香りが漂ってくる。グラスが俺の前に置かれると、マスターがニヤッと意味ありげに笑った。

「何?」

「中々良いオーダーだと思ってね」

「だってあのユズ・マティーニの後じゃ、このくらい樽香が強くないと」

「ユズじゃなくて“ジャパニーズ・マティーニ”」

 そのネーミング、なんとかならないかなぁ。まぁマスターの世迷言よりも、俺の関心は圧倒的に目の前にある琥珀色の液体の方だ。ふわっと香る独特の香りがたまらない。このハイランドのモルトは、原料大麦麦芽に付けるピート香を抑えているけど、その代わりに樽の香りをしっかりと付けている。微かに感じるバニラのような甘やかな薫りはバーボン樽での熟成が生み出したものだ。

「うん、やっぱり美味い」

 リポーターとしては失格だけど、俺は単なるバーの客なので合格だ。

「そう言えばマスター、さっきから掛かってるこのイカしたギターは誰?」

「ジョンスコ」

 そう言ってマスターはジャケットを見せてくれた。マイルスバンドから抜けたジョン・スコフィールドの一作目だ。アルバムタイトルは“鯔背”、かっこいいな。

「カッコイイけど全然正月っぽくないね」

「私はそういうの苦手でね。その時の思い付きで掛けてるよ」

 それにしてもピアノやホーンじゃなくてエレキギターってのは、ホント正月っぽくない。

 と、その時、一人の女性が来店した。その女性はドアから近いカウンターのスツールに腰掛けた。ドアの近くは客の出入りで寒いはずなんだけど、この店はほとんど客が来ないからそんな心配もないな。

「今夜はお一人ですか?」

 マスターはメニューを渡しながら言う。

「ええ」

 その女性はそれだけ言うと俺の方を見てニコッと微笑みかけてきた。俺もちょっと戸惑いながらも笑顔を返し、目でマスターに合図した。

「何?」

「あの人誰だっけ?」

「以前ここで日本酒呑んだ愛媛の……」

「ああ、クジラベーコンの君か」

 つい声が大きくなり、彼女もこちらの会話の内容がなんとなく分ったらしい。また微笑みかけてきた。俺も吊られてグラスを揚げてみせる。でもよく考えたら彼氏がいるんだよな。俺、何愛嬌振り撒いてるんだか……。

 どうもオーダーを決めかねている様で、俺のように目でマスターに合図を送った。

「何かご希望があれば」

「温かいものが欲しいんですけど、ありますか」

 マスターはちょっと考えてから、

「燗酒呑みます?」

「ごめんなさい、お燗したお酒は苦手で」

「どういう系統のがお好みですかね。カクテルなら色々出来ますけど。コーヒーとか紅茶とか」

 見た感じの様子ではピンときていないようだ。

「ウイスキーとかブランディーなんかは」

「あまり強くないようなのがいいんですけど……」

 多分アイリッシュ・コーヒーやホット・ウイスキー・タデーあたりを考えてたんだと思うけど、ちょっと勧めづらい感じになっちゃってるな。 

 マスターは少し考えて、

「ミルク系なんかどうですか」

 彼女の顔がパッと明るくなった。どうやらビンゴらしい。

 マスターはミルクを温め、ホルダー付きタンブラーにハバナクラブのライトと粉砂糖を入れて、そこに温めたミルクを加えた。

「はいどうぞ」

「これは何ていうカクテルなんですか」

「ホット・ラム・カウ、ラムの牛乳割り。ホントはビターズも入れるんですけど、苦味がない方が良いかと思って今回は省いてます」

 細かい気配りのようでもあるし、忘れたから誤魔化したようにも思えるし。まぁ間違っても切らしてるってことはないから、やっぱり考えて入れなかったのかな。

「うん、優しい味で美味しい」

 どうやら気に入ってもらえたようだ。どうも俺はマティーニやスピリッツばかりだから、ホット・カクテルとかには縁が薄いな。焼酎呑む人はお湯割りとかで呑むことが多いのかも知れないけど。

 見事に一件落着して、マスターが俺の前へ誇らしげな顔でやってきた。

「旦那もホットにするかい?」

「いやぁ~俺は……」

「牛乳苦手ならお湯割りにして、バター入れれば“ホット・バタード・ラム”にもなるし。ウイスキーが良ければ、お湯割りでレモンとクローヴ入れて。スティック・シナモンもちゃんと在庫してるから、お好みで使ってもらってもイイしな」

 マスターは次から次と提案してくれる。ちゃんとホットも出来るバーなんだなぁ。

「ねぇマスター、ちょっと話聞いてくれる」

「何?」

「俺、昔友人と彼女とあるバーへ行ってさ、その時は友人と喋ってて気付かなかったんだけど、俺の彼女がそこのマスターに『温かいものありませんか』って頼んだらしいのさ。そうしたらにべもなく『ありません』って言われたらしいんだよ。その時はそんなものかなぁって思ったんだけど、今のマスターの話聞いてたら、ホットが出来ないっておかしいような気がしてきたよ」

 ここのマスターがやってるような店だったら、彼女も温かいものが飲めたろうにって思うと、何か不憫な気がした。その彼女とは別れちゃったんだけどね。

「ホットが出来ないなんて、そりゃ単なる怠慢だよ。簡単なのならウイスキーのお湯割りでもイイし、ドランブイのお湯割り“ホット・ドラム”みたいにリキュールなんかでも手軽に作れるものもある。コーヒーや紅茶にウイスキーやブランディーを垂らしただけだって立派なホット・カクテルさ」

 ふーん、色々と出来るものなんだな。寒い時はバーでホット・カクテル、ってのも悪くないかも知れない。俺はのまないけど。


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