表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
25/99

ワイン造りは簡単?

前回の続き

 マスターはドーハムのレコードを仕舞って、今度はバド・パウエルのトリオに変えた。スピーカーから“四月の想い出”が流れる。秋に“四月”ってのも変だけど、俺の中ではこのアルバムは“秋”のイメージが強い。ジャケもなんか紅葉を連想させるしね。まぁそれはあくまで俺のイメージであって、マスターはそんなこと考えて掛けたんじゃないと思うけど。

「ねぇ、何か秋っぽいカクテルでオススメなのある?」

 俺はあまりワインは飲まないが、何かワインの話をしていたら季節を感じるようなものを飲みたくなった。一年中マティーニだから、たまにはそういう発想で飲んでみようかと思う。

「秋っぽいね。フルーツ系かな。でも旦那は強めのショートがイイんだろうからなぁ」

 そう言ってマスターはブランディーグラスを取り出した。そこへビターズをひと振りしてグラスを回転させる。グラスがビターズで曇った。更に冷凍庫からゴードンのドライ・ジンを出してメジャーで1オンスを切ってグラスに注ぐ。次にマラスキーノを出して同じように注ぎ、グラスを軽く回してステアした。ジンもマラスキーノも無色透明なので、ビターズが入って薄いピンク色になる。

「ピンク・ジンのマラスキーノ入りか」

「旦那らしい言い方だね。普通の人はブランディー・スカッファのジン・ヴァリエーションって言うんだよ」

 マスターはそう言いながら俺の前にグラスを置いた。

「お前さんにはちょっと甘いかも知れないけど」

 俺は軽く口をつけた。確かに甘い。チェリーを使ったリキュール、マラスキーノはアルコールもそこそこ強いけど、何しろコクがあって甘い。それを半分も入れていれば甘くもなるな。

「悪くはないと思うよ、普通に美味しいからね。でもこれじゃ“ごちそうさま”になっちゃうよ。〆にはイイけど。マラスキーノの代わりにキルシュ・ヴァッサー使ったらイイんじゃない?」

「そうか、その方が良かったな」

 キルシュはチェリーを使った無色の蒸留酒だ。コッチの方がドライに仕上がる。

「でもまぁ、ちょっとフルーティーでそれなりに秋な感じもしないでもないよ」

 とりあえず軽くフォローしておこう。

「そう言えばさマスター」

 俺はジン・スカッファを回転させながら話し始めた。

「この前話したボジョレー・ヌーヴォーの製造法、もう忘れちゃった。何て言ったっけ?」

「マセラシオン・カルボニクかい」

「そうそう、それだ。どうもそういうの覚えられないな。ワインの造り方とかって難しそうだしね」

「そんなことないさ、ワインなんて酒の中でも一番簡単に造れちゃうぞ」

「えっ、そうなの?」

 意外な話だ。俺は酒の造り方なんて良く知らないけど、ワインなんて一番難しそうなイメージを持っていた。本当に簡単なのかな?

「酒が出来る、というかアルコールが出来る基本は何だい?」

「糖を酵母が食べてアルコールを出すんでしょ」

 さすがにそれくらいは知ってるさ。

「ウイスキーやビールは大麦が原料だよな。麦は芽を出すとき糖化酵素がでんぷん質を糖化するんだ。これがいわゆる“麦芽糖”ってヤツ。水飴の原料にもなるやつだな。これを酵母が分解して酒になる。それに比べてワインの場合は、既に収穫したブドウが甘いんだ。“糖化”という工程が省かれてる。更に酵母はブドウの皮に着いてる。酵母を加える必要もないんだ。ブドウ自体が水分を出すから、ビールやウイスキーほど水は重要じゃない。水の悪い地方で安全で衛生的な水分を摂るために果汁を飲むっていう地方もあるだろうしね」

「ふーん、それだと条件さえ揃えば自然発酵でもそれなりに造れちゃいそうだよね」

「それに比べたら日本酒は複雑だぞ。糖もないし糖化酵素も少ない米を使うんだ。まず米を糖化するために“麹”を使う。麹が米を甘くして、それを今度は酵母が食べる。この時の麹の糖化と酵母の醗酵具合いがバランス良く進まないと糖化が追いつかずに酵母が飢餓状態になってアルコールが出なかったり、逆に酵母の繁殖が遅れて醗酵が追いつかなかったりするんだ。ワインに比べて遥かに難しい。これを“並行複発酵”って言って、世界でも珍しい酒造りなんだ」

 また難しい言葉が出てきたな。でも日本語だから覚え易いか。

「でも、なんかワインって奥が深いっていうか、凄く難しいイメージがあるよね。ワイン造りってそんなに簡単なものなんだね」

「ワインってのは確かに“醗酵”とか“醸造”っていう部分では簡単で単純だよ。でもここで勘違いしてもらっては困るんだけど、ワイン造りで一番重要なのは実は“ブドウ造り”なんだ。いかに糖分の多いブドウを作るか、いかに個性のあるブドウを作るか。ワイナリーってのはワインを醸造するところだけど、ブドウを栽培するところでもあるんだ。米は農家に作らせて、収穫した米を買い取って酒造りをする日本酒蔵とはそこが大きく違う。今では精米さえも業者任せっていう蔵も珍しくない」

「そうか、原料のブドウを造るところから一貫してやってるわけだね、ワインってのは」

「最近は米作りもする蔵もあるみたいだけど、基本分業になってるんだろうな。原料米を作るのと酒を造るのは。日本ではよくブドウジュースを輸入して、それでワインを造るなんてこともしている。そんなのも原料と加工を分業する日本酒的な発想なのかも知れないね」

 酒造りにもそれぞれのお国柄が出るってわけか。そんなことを考えながら酒を味わうってのも面白いかもしれないな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ