ボジョレー・ヌーヴォーの人気
その夜の夜明ヶ前ではケニー・ドーハムの“マタドール”が掛かっていた。ドーハムのトランペットは至って賑やかなんだけど、店内にはお客は俺一人で寂しい限りだ。もっとも、静かに酒を楽しみたい俺としては好都合というものだが、こんなにお客が来ないと店が潰れちゃうんじゃないかと心配になってしまう。何しろ居心地のイイ店だからね。
「マスター、表の張り紙、あれって良くないんじゃない?」
「どうして。一々店内でお断りするよりも親切だと思うけどな」
店のドアには“今年はボジョレー・ヌーヴォーありません”という張り紙があった。
「今回思い切ってやめて良かったよ。普段扱ってないのに解禁日後だけ出すってのも、儲け主義っぽくていやらしいしな」
商売なんだから儲けなくちゃダメだと思うんだけど……。
「あるクリック募金のサイトがあるんだけど、そこでボジョレー・ヌーヴォーのアンケートをやってたんだよ。76%の人が“買わない”だって。どうやら大騒ぎしてるのは金儲けが絡んでる一部の人達だけなんだな。ちょっと安心したよ」
「へぇ~、テレビとかで毎年話題になってるから大人気なんだと思ってたけどね」
それでも輸入量は日本がずば抜けてるんだから驚きだな。
「結局ボジョレー・ヌーヴォーも造られたブームなのかも知れないな。捏造された韓流ブームなんかと一緒で」
「それ言ったらさぁマスター、節分の“恵方巻き”なんてのもそうだよね。あんなの関東にはなかったもん」
「だったらこう言うのもあるぞ。新年の初詣、アレだって鉄道会社が造ったイベントだよ。見事に乗せられちゃって、すっかり定着しちゃってるけどな」
そうか、よく考えたらハロウィンはもちろん、クリスマスだってそうなんだよな。イチゴのショートケーキとか、きっと日本ならではなんだろう。
「マスター、とりあえずマティーニおかわり頂戴」
「お、こりゃすまん」
マスターは冷凍庫からタンカレのナンバー10を取り出す。
「サーヴィスだ」
イイね、嬉しいね。贅沢なマティーニだ。
「それにしても日本人ってのはブームとかイベントとかに弱いもんだね。何でこんなに軽薄なんだろう」
「そりゃ日本人の国民性に関係あるんじゃないのかい?」
そう言いながらマスターは俺の前にカクテルグラスを置き、ミキシンググラスから酒を注ぐ。
「この前、日本人が新鮮なものが好きだっていう話をしたじゃないか。ボジョレー・ヌーヴォーがまさにそれだよ。“新酒”って聞くと日本人はワクワクしちゃうんだ。しかも早く飲むっていうお祭りだ。お祭り好きだよな、日本人は。おまけにワインのことはよく分かってない。味もわからずに有り難がっちゃうんだろうな」
また随分ときっついこと言うな。
「まぁ日本でブドウって言ったら、その殆どは“生食”だよ。干しぶどうなんてのもあるけどな。でも普段から飲んでるワイン文化圏と比べれば、それこそ比較にならない量だよ。普段の食事と食材の感受性には密接な関わりがあるとされているんだ。普段からワイン飲んでる人は、ワインの味について敏感になるんだよ。米食の日本人は自然と日本酒の味に敏感になる。逆に日本酒離れがすすんでるのは、日本人がパン食や麺類を多く食べるようになったこととも関係ありそうだ」
そうか、だとしたらビールが一般化したことでパン食やパスタを食べたりってのが加速していった可能性もあるな。日本酒しか選択肢がなかった頃は、もっと米を食べてたんだろうし。
「ワインはボジョレー・ヌーヴォーに限っては“イベント”として根付いたのかも知れないけど、日常的に飲む酒類としては受け入れ難いんじゃないかと思う。それでもそこそこ飲まれてるのは“美容と健康のため”なんじゃないのかな。赤ワインに含まれるポリフェノールは活性酸素を抑える働きがあるとかどうとか。“フレンチ・パラドックス”なんて話もあるしな。でも美味しいと思って飲んでる人は意外と少ないんじゃないのかな。まず日本の“晩酌”という習慣には決定的に合わない。そして何より致命的なのが“魚介類に合わない”ってことだろうね。日本は魚介類を多く食べるから」
「え、でも肉には赤、魚介類には白、なんて言うじゃない」
「それは“赤よりは白の方が合う”っていうだけだろう。間違いなく日本酒の方が合うさ。白が魚や鶏に合うってのは、その調理法と合うってことだろうね。魚介を調理した時の生クリーム、ミルク、チーズ、オリーヴやグレープシードなんかの油、そして香辛料。こういったものに白ワインが合うんだと思うよ」
「まぁ確かに、刺身や寿司でワイン飲もうとは思わないよね」
「ナマに無理やりワインを合わせようとする人がいるらしいけど、そんな無茶せずに日本酒呑む方が正解だと思うね。寿司屋でワイン出したりするところあるけど、ホントに美味いと思って提供してるのか甚だ疑問に思うね」
「マスターってさぁホント日本酒贔屓だよね」
「そんなことないさ。ワインだって大好きだよ。ただ、ワインにはワインのルールやマナーがあるし、合わせる食事も選ぶ必要がある。日本人には難しいんだよ。だから私も店ではあまり扱いたくないのさ。正直、それほど知識もないしな」
「でも最近はペットボトル入りとかで随分と身近になったよね」
「それがイイ事なのかワルイ事なのか。私には文化の破壊としか思えないんだが」
マスターは深く考え過ぎなんじゃないかな。まぁ俺にはワインよりマティーニの方が分かり易くてイイ。俺はタンカレNO.10ベースのマティーニをグイっと呷った。次は何をオーダーしようか。
物語中に出てくるアンケート結果はコチラ⇒【 http://enquete.clover.sc/Enquetebokin/Result/cbdd84a4-d4dc-49b1-af8e-af8f60aac5b5 】
“フレンチパラドックス”とは、体に悪そうな食生活のフランス人が何故か心臓疾患が少ないという現象。どうやら赤ワインが体にいいらしい、ってことになってるようです。
次回に続く




