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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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銀杏の想い出

 しばらくぶりにこの店の扉を開けた。ついこの前に来た時はまだ夏の香りが残っていたようなおぼえがあるのだけれど、いつの間にかうすら寒い日々が続いてる。酒を味わうにはうってつけの季節だ。少しくらい涼しくても、酔うと感覚がなくなるからな。

「よう大将、ご無沙汰だったな」

「ちょっと仕事が忙しくなっちゃってね」

 今夜も俺が最初の客だ。ちゃんと指定席が空いてる。もちろんマスターは他の客が入った時にも俺の席は空けておいてくれてるんだろうけど、やっぱり自分の居場所がいつ来てもあるっていうのは安心感があるよな。客が多い時にはふさがっちゃうのかも知れないけど、この店でそんなことはないだろうし。

 BGMはコルトレーンのジュピターが掛かっている。どうせお客が来ないと思って選曲してるんだろうけど、こういう難解なフリーは店内BGMとしてはどうなのかなぁ……。

 マスターは俺のことなどお構いなしにマティーニをつくり出している。こういうちょっとぞんざいな扱いを受けるところに、この店の魅力を感じてるんだろうなぁ。逆に、この感覚に慣れない人は足が遠のくだろうし。ってか、遠のいてる人が多いから流行らないんだな、この店は。

「ご無沙汰のお詫びでもないけど、こんなの持ってきたよ」

 俺は実家から届いたギンナンを持参していた。結構な量があったので、300グラムくらいをビニール袋に入れて持ってきたのだ。

「おっ、こりゃイイや。早速味をみようじゃないか」

 俺の前にカクテルグラスを置いて酒を注ぐと、ビニール袋に入ったギンナンを受け取って奥の調理場へ入っていった。ザラザラっとギンナンをあける音がする。おそらくフライパンに直接あけているんだろう。乾煎りするんだな。

 店内にはトレーンとファラオ・サンダースのやかましいテナーが響き渡っている。このBGM、なんとかならないかなぁ。せっかくの美味いマティーニなのに、なんか落ち着かないや。

「マティーニのつまみにギンナンってどうなのかな。とりあえず割るのは自分でやってくれ」

 奥から出てきたマスターは、小皿に入れたギンナンの実とペンチを俺の前に置いた。

「俺の子供の頃なんかは、こんなの奥歯で割って食べてたけどね」

 俺はそう言ってギンナンを奥歯でガリッと砕いて中身を取り出した。見事な翡翠色だ。

「ところでマスター、ほかの曲を掛けない?」

「そうだな、秋の旬モノに敬意を表して、マイルスの枯葉でも掛けるか」

 うん、そういうのを聴きたかったんだよ。

 マスターはキャノンボール・アダレイの“サムシン・エルス”を取り出して掛けた。やっと今夜の気持ちに合った音楽にありつけた。ド定番だけど、誰がいつ聴いてもイイものだからこそのド定番なんだな。

 マスターは別に盛ったギンナンをペンチで割っていた。俺のように歯で砕くのは嫌なようだ。

「ギンナンなんて久々だな。燗酒に合いそうな気がするけど、マティーニには合うかね」

「ナッツ類と同じようなもんだからね。合わないことはないよ」

 ちょっとオリーブの実と見た目がかぶってるな、なんて思ったけど、味は全然違うよな。この微妙にモチモチっとした感じ、確かに日本酒の方が合うのかも知れないけど。

「私の田舎では、ギンナンを土に埋めて、後で種の部分だけを取り出してたなぁ~」

「それが一般的みたいだよね。俺の実家はすぐ裏が河原だったんで、そこでギンナンの実をザルに入れて水で洗ってたな。子供の頃は拾って洗って、親に一個五円で買い取ってもらった記憶があるよ」

「ははっ、親を相手に商売かい。100個で500円か。子供の小遣いならそんなもんかな」

「でも臭いんだよねぇ。直接皮膚に触れるとかせる(かぶれる)しさ」

 ギンナンの臭い匂いは、知らない人にはピンとこないだろうなぁ。

「そう言えば今思い出したんだけど、子供の頃はギンナン拾いするばかりでほとんど食べさせてもらえなかったな、子供には毒だとか言われて。親父が酒のツマミで食べてるのが羨ましかったよ」

「ギンナンには中毒性があるからね」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「人によっては数粒でも中毒症状を起こすらしい。大人は大丈夫だけど、子供は中毒になりやすいらしい。場合によっては死んでしまうこともあるそうだよ」

 よく考えたら、子供の頃、親の目を盗んでコッソリ食べてたような記憶があるな。危ない危ない。

「でもやっぱり旬のものは美味しいよね。これも日本に四季があるおかげだね。四季のない国だと旬もないんだろうなぁ」

「それを言ったらバーってのもあまり旬とは縁がない商売だよ。酒は一年中同じものを置いてるし、洋酒のつまみっていうのもあまり旬とは関係ないようなものが多いからね。結局日本の“旬の食材”とかっていうのは日本酒の肴に合うものなんだろう。残念ながらスピリッツやビール、ワインなんかはあまり旬の食材と縁がないようだよ」

「そうなのかな?」

 旬のモノって言ったら、その時季に一番美味しいものだろうし、別に日本酒以外でも合いそうな気がするけど、どうなんだろう。でも確かに輸入物とかで旬とかってあまり聞かない気がする。トリュフとかボルチー二茸とかも旬があるんだろうけど、やっぱり秋なんだろうか。俺が庶民だから知らないだけで、お金持ちには常識なのかも知れないなぁ。


次回に続く

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