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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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ジンとヴェルモット

  バー“夜明ヶ前”の店内にはバド・パウエルの“クレオパトラの夢”が流れている。

「マスター、ベースのジンなんだけどさぁ」

 俺は二杯目のマティーニを飲み乾してグラスを置く。

「マスターのマティーニはいつもビーフィーターだよね」

「マティーニだけじゃなくって、ほとんどのジン・ベースのカクテルはビーフィーターを使ってるよ」

 マスターが勝手に俺の三杯目を作り出そうとする。

「たまには違うベースで試してみようかな」

「だったら女の子向けマティーニなんてどうだい」

「面白そうだね、それいってみよう」

 マスターは出しかけたビーフィーターのボトルを仕舞い、代わりにゴードンを出した。ヴェルモットはチンザノのビアンコ。それにオレンジ・ビターズを1ダッシュ。ステアしてストレーナーをかぶせ、オリーヴを入れたカクテル・グラスに注ぐ。

「どのへんが女の子向けなの?」

「ビーフィーターはいかにも“杜松ねず”って感じでイイんだけど、ちょっと柑橘っぽくしたいからゴードン使う。で、ヴェルモットは甘めのビアンコをちょっとだけ。レモン・ピールの代わりにビターズ使えば、ほんのりピンク色でキレイだろ?」

「ふ~ん、これが女子向けねぇ」

 確かにさっきまで飲んでたものに比べればドライじゃない。でも女性に受けるのかどうかはちょっと微妙な感じがしないでもない。

「大体、マティーニは男向けのカクテルなんだよ。名前だけ知っててとりあえず頼むんだけど、あまり口に合わないっていう女性が多い。強いしね。だから若干でも杜松のキツさを和らげようと思ってさ。その一杯の反応を見て、他のカクテルをすすめるか、よりドライなマティーニをすすめるか」

「なるほどねぇ」

「そりゃもっと女の子向けに創ることも出来るさ。でもあくまでもマティーニじゃなくちゃダメなのさ。ヴェルモットの量を増やすってのもあるけど、そうするとヴェルモットの香りが強過ぎてマティーニとは違うカクテルになっちゃう。これならギリギリマティーニだろ」

「確かに全ての女性が好むかどうかは分からないけど、マティーニはマティーニだよね」

 俺はスピーカーから流れる“ダンスランド”を聴きながら、グラスを傾けた。

「ヴェルモットはいつもチンザノだよね。そこにも何かこだわりが?」

 マスターが片付け始めたチンザノのビアンコを見て、俺は話を継いだ。

「コダワリってことはないけど、まぁ使い易いよ。それが一番の理由かな。ついでに言えば仕入れが安いから利益も出るし。でも私はこれが好きだから使ってる。それだけのことさ」

 意外なほど普通の答が返ってきた。確かにチンザノが一番入手し易いし、お値段も手頃。使い易いのは間違いが無い。

「以前、お前さんも来てた時に、あの角の席に若いのがうるさくしてたのをおぼえてるかい」

「ええ、おぼえてますよ。あれは参った。あいつら来るところ間違えてるよ」

 随分前だが、若いのが三人ほど、この店で大声出してバカ騒ぎしていたことがあるのだ。その時のことは良くおぼえている。ビールやロング・カクテルで長いこと居坐っていた。

「あいつら、ついこの間も来やがってな。珍しくマティーニなんか注文しやがるのさ。しょうがないからつくってやったけどさ。そしたらあいつら、どこから仕入れたんだか『一流のバーはヴェルモットにノイリープラットを使うって言ってたぜ』なんて、私に聞こえるように言いやがるのさ。頭にきたからさ、あいつらに奢ってやったんだ」

「え、何それ?」

 何で頭にきた相手に奢るのやら、全く分からないことを言い出すマスターだ。

「奴らのテーブルにグラスを三つ置いて言ってやったのさ。『グラスにはそれぞれノイリーとチンザノとガンチアが入ってますけど、もちろんどれがどれか分かりますよね』ってさ。あいつら、言葉としての知識は持ってやがっても、ヴェルモットの味なんか知りゃしないのさ。マティーニ一杯飲んだら居たたまれなくなってすごすごと引き上げていきゃぁがった。あれ以来姿を見せないよ」

「マスター、そういうことするからお客が増えないんだよ」

 商売なんだから、もう少しお客に愛想良く振舞わないと、ホントに潰れそうで心配になる。どうも居酒屋のオヤジみたいなところがあるんだよなぁ。

「そんなことより次は何にするね」

「そうだなぁ~、バド・パウエルよりもデクスター・ゴードンでも聴きたいな」

「ははっ、映画つながりか。飲みものはジンストにでもしておくかい? 掛けるのはチャリンコ・デックスでいいな」

 そう言うとマスターは棚からアナログ盤を一枚取り出し、“シーン・チェンジス”と掛け替える。

「そうだね、タンカレちょうだい。おつまみ代りにオリーヴ貰えるかな」

 店内には“黒いオルフェ”が流れ出した。


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