テキーラな夜
前回の続き
テキーラのストレートを飲むのにスノー・スタイルのショット・グラス。これはだいぶ具合がイイ。確かに提供する方としてはちょっと手間だけど、手間を掛けるだけの価値は十分にありそうだ。スノー・スタイルなんてのは個人の家呑みでやるような輩はそういないだろうし、こういうバーで出てくると目を惹くしね。それにお客としては印象に残って、お店を覚えてもらえるっていう効果もありそうだ。店名を忘れてしまっても、「あのショット・グラスの縁に塩がついてた店」として記憶してもらえるからね。ここのマスターにしては上出来なんじゃないかな。
「どんな具合かね、そのテキーラの飲み方は」
マスターはシロウト氏とメガネくんの分をつくり終えて、俺のところへ来て言った。
「悪くないんじゃないかな。特に女性なんかはこの方が上品で喜ぶと思うよ。ただ、塩をたくさん使いたい、なんて人がいたとしたら、ショット・グラスの縁の塩だけじゃ足りないとか言い出すかも知れないね」
とは言え、世の中塩分摂り過ぎを気にする人の方が多いだろうから、そんなことは滅多になかろうが……。
「なるほどな。忌憚ない意見をありがとう、実に参考になる」
そう言うとマスターはメキシコビールの“ボヘミア”とグラスを俺の前に置いた。チェイサー代りに飲めというつもりらしい。こういう思い掛けない奢りは嬉しいな。もちろん喜んでいただきますよ、もらえる物はもろとけばエエんじゃ、って人気の芸人さんも言ってたし。
シロウト氏とメガネくんはスノー・スタイルのテキーラを味わっていた。シロウト氏はこれも一気に飲んでしまったようだ。ホントに強いんだな。
「勢い良く飲んでるけど、そもそもテキーラって何から造られてる酒か知ってるかね」
どうやらマスターがテキーラの講義をはじめるらしい。
「サボテン!」
多少アルコールがまわりはじめたシロウト氏が手を挙げて答える。
「確かにトゲトゲがあるけどな、サボテンじゃない。竜舌蘭の仲間だ。アガベとか呼ばれてる。アロエみたいな多肉植物だ。コイツの葉を落として根株のところを醗酵させ蒸留したものが“メスカル”。メスカルの中でもいくつかの条件を満たしたものだけが“テキーラ”を名乗れるんだ」
「条件って?」
「原料のアガべの品種と生産地、蒸留はテキーラ村とその周辺地域であること、最低でも二回は蒸留して、蒸留所番号をラベルに記載すること。これが条件を満たしてないとテキーラとは言えない。それ以外はみんなメスカル。お前さんの好きなバーボンも、とうもろこしが51%以上とか決められてるだろ」
「え、そうなんだ」
シロウト氏が照れ笑いする。どうやら知らなかったらしい。
「テキーラも似たようなもんだ。アガベの使用量は51%以上。つまり49%までは副原料を混ぜても良いことになってる。まぁ副原料ってのは砂糖なんだけどな。クリアなシルバーは蒸留してそのまま瓶詰めしたもの。これは当然、カクテルなんかに向いてるよな。色の付いてるものは樽熟成したものだけど、安いものの中には着色料で色付けしてあるものもある。シルバーと色付きのゴールドが同じ値段で並んでたら、まぁ着色料だろうね。もう一杯いくかい?」
「あ、お願いします」
メガネくんより一足先にシロウト氏がおかわりだ。マスターは今度はボトルを代えて“サウザ”のゴールドを選んだ。
「コイツはオーク樽で熟成したヤツだ」
シロウト氏の前にグラスを置きながらマスターが話し始める。
「日本で一番見掛けるテキーラが、多分このサウザとクエルヴォだと思うんだ。最近はマリアチもよく見るようになったけど。このクエルヴォとサウザは姻戚関係にあって、二大テキーラ・メーカーとしてテキーラ業界を牽引しているんだ。でもそれは最近の話。昔はライバルどころの話じゃなくて、お互いにお互の事業を妨害し合うような関係だったんだ。工場に殴り込みに行って死人が出ることもしばしばあったそうだから、日本のヤクザ顔負けの抗争をしてたんだな」
「へぇ~、確かにメキシコとかって血の気が多そうだけど……」
「今ではサウザ社は主にメキシコ国内向けに生産して、クエルヴォ社はアメリカに販路を拡げるカタチで商品展開をしている。仲良く上手に棲み分けてるってことだ。確かにサウザに比べるとクエルヴォの方が飲みやすくて一般的な感じがしないでもない。私はサウザのクセとか好きだけどね」
マスターの話を聴きながら、いつか俺のグラスも空になっていた。BGMは“チェロキー”、このメロディー、やっぱりテキーラが合うだろうなぁ。もう一杯テキーラを飲んでみようか。
「マスター、おかわり。またテキーラでイイや」
「面白いメスカルがあるんだけど、やってみるかい」
マスターはバック・バーの奥の方から一本のメスカルを取り出した。ラベルにメキシコのテワナ衣装を着けた女性が描かれている。このメスカルは見たことあるよ。
「面白いってテワナなんだ。唐辛子入りでしょ? 俺辛いのは飲みたくないなぁ」
「大丈夫、コレは辛くないから」
「えっ、唐辛子入じゃないの?」
マスターが差し出したボトルをよくよく見ると、中にはモスラの幼虫みたいなヤツが……。
「グサーノっていうアガベにつくイモ虫だ。これを食べると幸せになれるって言うぞ。ちょっと生臭いけどな」
「遠慮しとくよ。どっちみち幸せ薄いんだよ、俺……」
なんか急に酔が回ってきたようだ。




