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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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ギムレットのライムとポストハーベスト

前回の続き

 俺はマスターのつくるギムレットを楽しみに待っていた。ギムレット自体、飲むのは本当に久し振りだ。気が付けばマティーニとスピリッツばかり飲むようになっていた。ギムレットかぁ、なんか若い頃を思い出すなぁ……。

 店内にはホリーコール・トリオの“ガール・トーク”が流れていた。今丁度4曲目の“クルージン”、このアルバムの中で俺が最も好きな曲だ。ホリーのノリの良いヴォーカルに、嫌が上にも期待が高まる。

 マスターは冷凍庫からタンカレを取り出しシェイカーに11/2オンス切って注ぎ、続いてコーディアル・ライムを1/2オンス加えてシェイクする。俺の前に置かれたカクテルグラスにエメラルド色の酒が注がれた。一口飲むと、ギムレットばかり飲んでいた昔が懐かしく思い出された。

「マスター、レモンはフレッシュにこだわってるのに、ライムはコーディアル使うんだね。何で?」

コーディアルっていうのは甘味をつけたシロップ様のジュースのことだ。もちろん果汁は100%ではない。

「ギムレットのライムは基本コーディアルなんだよ。特別正式なレシピってワケでもないけどね。私も以前にフレッシュでつくってみたことがあるけど、酸味が強くってそれほど美味しいとは思えなかったね」

「じゃあフレッシュにガムシロ入れてみたら?」

「それならコーディアルの味に近くはなるさ。でも色がね……」

 それは説明されなくてもわかる。ライムの果汁はレモンと同じような濁った薄黄色っていう感じの色だ。決してあの外見の鮮やかな緑色ではない。それをジンとシェイクすれば、どうしたって濁った色のカクテルに仕上がるに決まっている。頭ではフレッシュライムの方が手間もコストも掛かっていてより本格的とは分かっていても、どうしたって色の鮮やかなキレイなカクテルの方が目を引く。何しろカクテルなんて雰囲気で飲ませる飲み物だ。見た目の演出というものもおろそかには出来ない。

「確かにコアな酒呑みの中には、ライムもフレッシュで甘みもつけないのが本来のギムレットだなんて言ってる人もいるよ。でも私が飲んで正直美味しく感じるのはコーディアルの方だね。それに、フレッシュライムを使いづらいもっと大きな理由もあるよ」

「コストのこと?」

「いや、まぁそれもあるんだけどさ。それ以上に問題なのが“ポストハーベスト”っていう収穫後に施される農薬のこと」

 ハテ? 農薬ってのは収穫する前に虫や病気から作物を守るために散布されるんじゃないのか。収穫してから農薬を使う必要なんてあるんだろうか?

「初めて聞くんだけど、それはどういうもの?」

「柑橘類ってのはほとんどが輸入だろう。アメリカやメキシコ、南アフリカとか。収穫したら船で日本に運ばれるワケだけど、その間にカビが生えるのを防ぐために防カビ剤としてOPP、TBZ、イザマイルなんていう農薬を散布されるんだ。ところがこれが非常に毒性が強い。催奇性がある。つまり女性が摂取すると子供が奇形になる危険性が高いんだ。こんなものを輸入して普通に店先で売ってるのもどうかと思うけど、取り敢えず私としてはこんなものはお客様には出せない。だからライムはコーディアルを使ってるのさ」

「レモンはどうなの? マスターが使ってるのは全部国産?」

「国産も使うよ。でもやっぱり高いんだよな。メイヤーレモンなんていうレモンとミカンの間の子みたいなのは輸入品でもポストハーベストを使ってなかったりするんで、基本的にはそういうレモンを使うようにしているよ。ただ、ライムで防カビ剤使ってないのはほとんどないんだよね」

 ナルホド、そんな理由があったのか。それ以上に自分がそういうことに無関心でいたのがちょっと恥ずかしく感じた。確かに中国あたりの食品とかにはそれなりに警戒はしてきたけれど、カクテルの副材料のことまでは思い及んでいなかったなぁ~。

「まぁ何しろ、ギムレットのライムはコーディアルが正解だと思ってる。わざわざフレッシュにこだわる必要はないんじゃないかな」

「ふーん、だとしたらマスターのギムレットつくる時のこだわりって何かある?」

「こだわりねぇ。まぁこだわりってほどのものはないんだけど、強いて言えばシェイカーの振り方かな。混ざりづらいレシピの時は“グヮラングヮラン”って感じに振るけど、ギムレットなんかの場合は“シュッシュッ”って感じだな」

 うーん、良く分からないような気もするけど、取り敢えずそういうものなんだな。

 俺は残りのギムレットを飲み干した。確かにこの甘みがなかったらちょっと飲みづらそうな感じはするな。

「そういえば“ギムレットには早過ぎる”なんていうセリフがあったよね」

 俺はうろ覚えでマスターに話を振ってみた。

「あー、レイモンド・チャンドラーの小説に出てくるヤツだな。そのセリフばかりが有名になっちゃった感があるな。その小説に出てくるギムレットもやっぱりコーディアルのライムジュースを使ってるんだ。しかもレシピはジンとライムが半々。かなり甘めのギムレットだ。飲むかい?」

「いや、遠慮しとくよ」

 今夜は甘いジントニックの思い出から、随分と時間の経った飲み直しになったんだ。ここで甘いギムレットなんか飲んだら台無しだからね。俺も特にこだわりはないけど、甘みは程々がイイな。




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