Sakura no shita no berimbau
千葉の郊外にある公園は、夕暮れの静けさに包まれていた。
エディは制服の上着を低い枝に掛けた。詰襟は、ようやく脱ぎ捨てた古い皮膚のように感じられた。
裸足で、彼は冷たい芝生を感じる。
一歩、二歩……ジンガ。
音楽はない。だが、エディには必要なかった。
胸と太ももを叩き、自分の身体でリズムを刻む。その乾いた音は、孤独なアタバキのように響いた。
彼は身を低くし、鋭いアウ(側転)で回転し、そのまま地面すれすれのネガチーヴァで止まる。
その顔には、笑みが浮かんでいた。
その瞬間だけ、日本は彼を締め付ける場所ではなくなる。
「……なんで笑ってるんだ?」
乾いた声が、静寂を切り裂いた。
エディは片手でバランスを取りながら動きを止め、声の主を見た。
同じ学校の制服。しかし相手は、どこかの道場の汗の染みたハチマキを巻いている。
エディは父から教わった拙い日本語を引っ張り出そうとした。
「これは……たたかい……」
言葉が続かない。「自由」や「ジンガ」をどう言えばいいのか分からない。
少年――ケンジは、その戸惑いに気づいた。
少し考えた後、ぎこちないがはっきりとした英語で話しかける。
「Why… smiling?」
彼はエディの構えを観察しながら近づく。
「Fight is survival. Serious. Not… carnival.」
エディはほっと息をつき、英語で返す。
「パーティーじゃないよ。硬くなったら、折れるだけだ。カポエイラは“流れ”なんだ。」
その時だった。
重い足音が近づいてくる。
振り返ると、学校の柔道部の上級生が三人立っていた。
先頭の田中は、ケンジの倍はある体格で、露骨な軽蔑を浮かべている。
「おい、外人!」
田中が吐き捨てるように言った。
「ここは真面目に鍛錬する場所だ。ストリートの踊りをする場所じゃない。うるさいんだよ。出ていけ。」
エディは「うるさい」と「出ていけ」だけ理解した。
視線の重さが、肌に刺さる。
ケンジが日本語で割って入ろうとするが、田中に突き飛ばされる。
「うるせぇ、ケンジ!お前の道場はもう終わってる。そんな空手で、この外人をかばうな。」
田中はエディのシャツの襟を掴んだ。
その瞬間――
エディの中で、何かが切り替わる。
礼儀ではない。
生き延びるための本能だった。
彼は流れるように体を外し、田中の手をすり抜ける。
次の瞬間、両手を地面につき、回転。
マルテーロ――その蹴りは、田中のこめかみの数センチ手前で止まった。
風圧だけで、田中の目が見開かれる。
動けない。
残りの二人が飛びかかる。
だが、エディは捕まらない。
まるで油のように、滑る。
回り、揺れ、崩す。
足払い一つで、90キロの体が簡単に地面へ転がる。
数秒後――
三人は地面に倒れ、息を切らしていた。
エディは動きを止める。
勝者としての「敬意」を待った。
だが――
訪れたのは、違う沈黙だった。
田中たちは立ち上がる。
しかし、握手を求めるためではない。
彼らは後ずさる。
その表情は、恐怖そのものだった。
まるで“格闘家”ではなく、“獣”を見ているかのように。
ケンジは全てを見ていた。
だが、感心している様子はない。
悲しそうだった。
「You win…」
小さな声。
目も合わせない。
「でも……ここでは……“礼”も、“型”もない。それは……ただの暴力だ。」
エディは、公園の真ん中に一人取り残された。
勝つ力はある。
だが、この国では――
“型”を持たない勝利は、恐怖にしかならない。
彼は枝に掛けた制服を手に取る。
袖を通す。
その瞬間――
詰襟が、再び首を締め付ける。
今度は、さっきよりも強く。




