第8話 宿屋の娘ルウリィ
カンカンカンカンカン!!!!
けたたましい音が鳴る。
「なんだよ……?」
耳をふさいで薄目を開けると、制服を着たフレアがフライパンをお玉で叩いていた。
「ノイク、早く起きなさい! 演武大会に早くエントリーしないと早く出発出来ないわよ早く!」
「早くって何回言うんだよ……。早くエントリーしたとして、大会の開催時間も終了時刻も変わんねえだろ……」
ていうか大会には出ないっていってんだろうが……。
「エントリーが締め切られちゃうかもしれないでしょ!?」
カンカンカンカン!!!!!
「分かったよ起きるようるさいな……! ていうかそれ、俺のだろうが……勝手に荷物から出すなよ」
「リュックからはみ出てたんだもん。それにしてもあんた準備が良いわね、あたしにモーニングコールしてほしくて入れてきたの?」
「んなわけないだろ」
どんなせいへ……趣味嗜好だ。野営のために持ってきたに決まってるだろうが。
「なんでもいいからすぐに支度して! 10秒経つごとにあんたの朝ごはんから一品もらうからね」
「分かったっての……!」
俺はしぶしぶ起き上がる。
なんとなく、思ってたのと立場が逆だ。
寝相の悪いフレアを俺が起こすのかと思ってたけど、俺としたことがずいぶんぐっすりと寝てしまったらしい。
……と、ふと時計を見ると朝5時。
「いや、早すぎるだろ……! いつもこんな早起きなのか?」
「ええ、一日を余すこと楽しむべきだわ。もったいないじゃない」
「いや、体力も無限大なのか……?」
「ねえあたしと雑談してて大丈夫? もうあんたから3品ももらえることになってるけど?」
「ひいい」
空腹は大敵だ。体力が無限大じゃない俺にとっては。
バタバタと急いで服に袖を通しながら思う。
……あいつ、案外寝相悪くなかったな。
フロントに降りると、俺たちよりも年下に見える女の子がカウンターに立っていた。昨日いたおじさんの娘さんだろうか。
「おはようございますっ! お客様、早いですね」
「おはよう! あなたは若いわね。さては若女将ね?」
「テキトーに喋りすぎだろ……若女将の意味分かってんのか?」
「あははー……」
ぎこちなく笑う若女将(仮)。
「わたしは、この宿屋の店主の娘で、ルウリィと申します。若女将というわけではありませんが、今朝はちょっと事情があってわたしが店番をしています」
「そうなのね。よろしくね、ルウリィ!」
「よろしくお願いします……!」
よろしくも何も、もう出発するんだけどな……。
「あのあの……お客様のプライバシーを探るようなことをして申し訳ないのですが……その制服……お二人ってアティック高等学院の生徒さんなんですか?」
「ええ、もちろん! あたしたちがアティックにいなかったら誰がいるのってくらい!」
「そこまで代表格ではないだろ」
「やっぱり……!」
なぜか目を輝かせるルウリィ。
「あのあの、学院は楽しいですか?」
「ええ、もちろん! 毎日魔法撃ちまくりの戦いまくりよ! あたしに勝てる生徒が高等部にも1人だけいるもんだから、退屈しないしね」
「えっ、お客様はそんなにお強いんですか……? その制服の色は、一年生ですよね?」
よく知ってるな、そんなこと。
「ええ、一年生だけど規格外だからね。フレア・アークライトって知らない? 有名なんだけど」
「いやいや、有名ったって——」
「『無限大のフレア』様ですか!?」
「知ってるんかい」
有名と言ってもあくまでも学院の中でだけのはずだと思っていた。
学外の人が知れるとするなら、『アティックだより』が届けられる生徒の家族くらいのものだろう。全寮制のアティックは、月に一回保護者に対して学校で何が起こっているのかをアティックだよりにて伝えている。
「あのあの、ちょっとだけお待ちいたたただけますかっ!? あ痛っ!」
ずいぶんと『た』が多いお願いをしたあと、カウンターの奥に引っ込もうとしたルウリィは何かに躓いて、それでも気にせずに向こうの部屋に入る。
ガタン! バン! ドカン!
と奥で色々な音がしたあと。
「お、お待たたたたたせしましたたっ!」
と言いながら、木箱を持ってきた。
「えっとえっと……」
ガサゴソ探るために上に載っていた、ずいぶんと使い込まれた本を脇に置いて、
「ありました!」
と小冊子を取り出す。
「こちらの『アティックだより』にサインをいただくこととかって……」
差し出された『アティックだより』は約半年前、俺たちの入学式でフレアが新入生代表のスピーチをしたときの号だ。
「もちろんよ!」
フレアはサイン……というよりは、ただただ自分の名前をそこに書きつけ始める。
「『アティックだより』のバックナンバーを持ってるのか……? 兄弟がアティックにいるとか?」
「いえいえ、わたしは一人っ子ですので……古本屋で売ってるのを手に入れているだけです」
「わざわざ……?」
アティック学院マニアってことか……奇特な人がいるもんだ。
「はい、どーぞ!」
「わあ……!! すごいよぉ……!」
「そんなことよりもルウリィ。あたしたちは今日の魔法演武大会に出たいんだけど、エントリーってまだ間に合うのかしら? サインあげたもの、間に合わなくても間に合わせてくれるわよね?」
「あー……」
ルウリィは申し訳なさそうに下唇を噛む。
「それなんですけど……本当にすみません。大会自体が開催出来ない可能性が高くて……!」
「え、そうなの? なんでよ!?」
フレアが詰め寄るとルウリィはビクッとして、またしても「すみませんすみません」と言った後に。
「——優勝賞品が、逃げたんです」
「賞品が?」「逃げたぁ……?」




