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第7話 エボの初夜

「ちょっと、ノイク」


 宿屋の部屋。


「ん?」


 振り返ると、


「って、おいっ……!」


 湿った髪に、Tシャツにショートパンツのフレアがいて、つい目をそらしてしまう。


 ……そうだった、忘れていた。


『黙ってれば、最高の美少女なんだけどな……スタイルも絶品だしな……』


 最近聞いた同級生の言葉がリフレインする。


 なんというか、彼女は一応どころか一般的にはかなりの美少女なわけで。そんな女子が無防備な格好をしていて、部屋に二人きりとなると、さすがに意識しない方が不健全というレベルだ。


「おい、じゃなくて」


 なんだかイラついたようなフレアの声と、


「な、なんだよ?」


 俺の上ずる声。ダサすぎる。


「あんた、なんで床にタオル敷いてるの? まさか、そんな固いところで寝ようとしてるわけじゃないわよね?」


「いや、他にないだろうが……」


 俺はなるべくフレアを直視しないように、部屋の中を手で示す。


 ダブルベッドが1つと、机が1つと椅子が2脚あるだけだ。


雨風あめかぜ防げるところにいさせてくれるだけでもありがたいと思ってるよ」


「あのね……明日はコンテストに出るのよ?」


「出ないっての。急がないといけないって話をしただろ?」


「だとしても、風邪でも引いたりしたら、もっと遅れることになるわよ? 病み上がりなんでしょ」


 病み上がり?と一瞬思ったが、昨日の放課後の扁桃炎やらなんやらの嘘のこと言ってるらしい。


「あと、コンテストは出るわ。決定事項だから」


「あのな——」


 ——出ないって言ってんだろ。と言いかけて、前半の風邪でも引いたら……というところはフレアの言う通りだってことに気付き、苦虫を噛み潰す。


 フレアはベッドに腰掛けて、そこをぽんぽんと叩く。


「あたしもあんたも、ベッド(ここ)で寝る。分かった?」


「……分かったよ」


 なんでそんなに普通でいられるんだよ、こいつは。かっこよくて惚れちまいそうだ。


「まあ、でも」


 フレアは乾いたタオルを細長く丸めて、ベッドの真ん中らへんに縦に置いた。


「お互いこの線からはお互い出ないようにしましょう」


 俺は床から立ち上がって確認する。


「分かった」


「って自分から言っておいてなんだけど、あたし、寝相が悪いらしいのよね……。寮の同室の子にいつも呆れられてるわ」


「悪いってどれくらい?」


「頭を枕に載せていたはずなのに、朝起きたらいつも足下に枕があるの。枕はそのままの位置なのにね。じゃあ、最初から逆向きに寝てみたらどうかしらって思ったら、やっぱりダメだった」


「少年みたいな寝相だな……」


 俺も小さい時にはそんなことがよくあったけど。


「だから、侵略したら大目に見てちょうだい」


「なるべく頑張ってくれ……」 


「じゃあ、あたしはもう寝るけど。あんたは?」


「ああ、俺も寝るよ」


 掛け布団は分厚いのが2枚重なっていたので、せめて1枚ずつに分けて使うことにした。









 消灯して、真っ暗な部屋。











 …………眠れない。






 静かすぎる部屋。フレアの吐息と自分の息と心臓の音。


 寝返りどころか微動だにしないように気をつけて、身体にしびれるような感覚が走る。特に脚。


 ……やっぱり床で寝ようかと、10回目くらいに思った時。




「……なんだか調子が悪いわ」 




 と左側から少しかすれた声がした。


「調子が悪い? 体調が悪いってことか?」


「ううん、体調は良いわよ。そうじゃなくて……眠れないの。いつもはベッドに入ったらソッコーで寝られるんだけど。あたしのたくさんある特技のうちの一つね」


「ああ、フレアって悩みとかなさそうだもんな……」


「ええ、あたしのたくさんある長所の一つね。悩みがあるってことなんて、高尚なことでもなんでもないんだから」


「たしかに……」


 妙に納得させられてしまった。本来、悩みはない方がいいに決まってる。


「でも、あんたは寝付き悪そうね。いっつも難しい顔してるもの。眉間みけんしわ寄せてさ」


「まあな……」


 たしかに俺は不眠症気味だ。……今日のこれはそれが理由ではないけど。


「あたし、どうして今夜は寝付けないのかしら」


「どうしてって……」


 そりゃ、()が横にいるからだろ、と言いかけるが、自分が異性として意識されているような物言いは自意識過剰か、と口をつぐんだ。


「ねえ、何か話してよ。なるべくつまらない話」


「無茶言うなよ」


 面白い話をしろって言われる方がまだ納得感がある。いや、それも出来ないんだけどさ。


「いいから」


「じゃあ……一ついてもいいか?」


「ちょっと、あたしに話させるつもり? 困ったわね、あたしの話はもれなく面白いんだけど……」


 俺は、フレアの自信過剰をスルーして、


「フレアはどうしてそんなに戦うことが好きなんだ?」


 ずっと気になっていたことを尋ねてみた。


「そんなの、理由なんて考えたこともないわ」


「え? きっかけとかないのか?」


「ないわよ」


「それでそんなに好きってこと、あるのか……?」


「そんなに不思議なことかしら? だって、たとえばそうね……」


 彼女はうーん、と考えるような吐息を漏らしてから、


「あんた、生姜焼き好きでしょ?」


 と訊いてきた。


「ああ、うん……」


 そういえばさっきギルドでも当たり前みたいに言ってきたな。


「あんたは、生姜焼きがなんで好きかとか考えたことある? 美味しいから好き、以外になくない?」


「まあ、そうだけど……。じゃあ、戦闘も楽しいから好きって感じなのか?」


「ええ、そんなもんよ。楽しいって言うか気持ち良いっていうか」


「へえ……」


 でも、そういうものなのかもしれない。


 フレアみたいにデカい魔法を撃てたら楽しそうだなというのは、今日の昼、魔虫に襲われる前にも思ったことだ。


「そういうあんたこそ、どうして魔法が好きなの? なんか壮大な理由とか高尚な理由があるわけ?」


「魔法が好き? 俺が?」


「どう見ても大好きじゃないの。筆記試験で常に満点取る人が、そうまでしてアティックに通ってる人が、魔法好きじゃないわけないでしょ」


「うーん、好きってことなのかなあ……」


 それは意地だったかもしれない。執着だったかもしれない。


「元々は無理だと思ってたんだけどな……。ただ、昔、とある魔導士の魔法演武を観てさ」


「ふうん?」


「それが……滅茶苦茶かっこよかったんだ。それから、魔法のことしか考えられなくなった」


 俺は魔力ゼロの手のひらを天井にかざしてじっと見つめた。


「何がなんでも魔法をこの手から撃ってみたい。あんな風に人を興奮させるような、鼓舞するような魔法を。……そう思ったんだ」


「……そっか、ふふ」


 暗くてわからないが、おそらくその表情は、ニヤニヤでもニマニマでもなく、ただの優しい微笑みで。


「……何笑ってんだよ」


 なんだか急に恥ずかしくなって右腕で顔を隠す。


「別に? あんたにしては結構シンプルっていうか、まっすぐな理由だなって思っただけ。……素敵ね」


「……バカにしないのか?」


「バカに? なんで?」


「……魔力がないくせに、無理な夢を見てるって」


 なるべく卑屈に聞こえないようにしたが、どうやら失敗したらしい。続く静寂せいじゃくが怖くて、俺は言い訳がましく続ける。


「こんな話、別にもう誰にもしないけど……でも、打ち明けた時には誰だってそう言うよ」


「はあ? あたしのこと、そんなやつらと一緒にしないでちょうだい。ぶっ飛ばすわよ」


「ぶっとばさんでくれ……」


 怒るわよ、とかだろそこは。


「ノイクがそんだけ本気で目指してることなんでしょ」


 フレアは憮然ぶぜんとした声で続ける。


「ノイクに魔力がないってことを理由にその夢を否定したり無理だって言うようなやつがいたら、あたしがぶっ飛ばしてやるわよ。そんで言ってやるわ」


 不敵なようでいて、だけどちょっと悔しそうな、複雑な声音でフレアは言う。





「『あんたには出来ないかもしれないけど、ノイクには出来るのよ』ってね」


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