第3話 出立!
「それじゃね、ユリウス先輩!」
「あ、ああ……達者でね……」
勝負は一瞬で終わった。
魔法学院のお膝元であるアティックシティにはそこかしこに演武場がある。
最寄りの演武場に入ったが、勝敗が決着するのに10秒もかからなかった。
「では、はじめ!」
審判代わりの俺が合図をすると同時、ユリウス先輩が杖を構えて詠唱を始める。
「では、私から仕掛けさせてもらおう! 我が魂の紅蓮の炎よ——」
その間にフレアはまた右手を銃のように構えると、
「あたしもいくわねっ!」
ズドン、とまた魔法砲撃を放つ。杖なし、無詠唱で。
とんでもないボリュームの砲撃がすごいスピードで先輩に向かうと、先輩に当たった瞬間に何十倍にも増幅し、青白い光の爆撃となった。演武場に結界が張られていなかったらと思うとぞっとする。というか、むしろ結界の強さに目を見張る。さすがは魔法学院都市アティックシティだ。
眩しさに目を閉じて、再度開いた時には。
「……あれ?」
リングアウトして尻餅をつくユリウス先輩と、
「弱体化してなかったでしょ? もっと強くなったらまたやりましょうね! じゃね、ユリウス先輩!」
と俺の腕を引くフレアがいた。
通りすがりに見ていた人々がどよめく。
「嘘でしょ、無敗のはずのユリウス君が……」「無限大の噂って本当だったの……?」
……ユリウス先輩は、フレアを除いて間違いなく学院最強なのだ。
「フレアはいつでも全力だよな」
北門に向かう途中、呆れ半分にそう言ってみると。
「それよく言われるんだけど、他にある?って思うのよね。勝負に手を抜く意味なんてないじゃない」
「……フレアはそうなんだろうな」
なんせ魔力値が無限大なのだ。温存する意味なんて微塵もない。舐めた態度で相手を怒らせたいとでも思っていない限りは。
戦闘狂の彼女は、その分、戦闘に対しては誠実なのだ。
北門に着くと(さっきいたのは南門でそもそも門が違っていた)、またしてもフレアはそれを門番さんに自慢げに掲げる。
「見て見て、これ、出立許可状よ! いいでしょ! 羨ましい? あげないわよ!」
……自慢げというかもはや普通に自慢していた。出立許可状を何だと思ってんだ。羨ましくねえよ。
門番のおじさんもここまで堂々と掲げられると検分する必要もないと思ったのか、「はいはい、通りなさい」と通してくれた。
「くれぐれも気をつけるんだよ。なんかほら……大変そうだから」
「うっす……」
俺の方を心配そうに見る門番さん。心遣い、痛み入ります……!
「カエルの子供は子ガエルなのか♪ オタマの子供は子オタマなのか♪ 真相はヌルヌルした闇の中〜♪」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、俺の少し前をフレアが歩く。何その歌……。
「おーい、フレア。前を歩いてるけど、どっちに向かってるか分かってるのか?」
「そりゃ、あの山の上の塔でしょ? さっき教えてくれたばかりじゃないの」
「最終的にはな。まずは、エボっていう宿場町に行くんだ。さっきも言ったけど療法塔に1日で到着できるわけじゃないからな。いくつか町を経由してそこで食糧やら買い足したりしながら行く形になる」
「だから分かったってば。……って、え?」
フレアは、はたと立ち止まり、振り返る。
「宿場町? ってことは泊まるってこと?」
「そりゃそうだろ……寝ずに歩き続けるつもりか?」
「それもそうね……?」
フレアはなんだか呆けた面持ちで俺を見てくる。
「どうした?」
「別にっ!」
そしてまた前を向いて歩き出した。なに?
「カエルの子供は子ガエルなのか♪ オタマの子供は子オタマなのか♪ 真相はベトベトした闇の中〜♪」
「なあ、その歌以外の歌ないか?」
あと、なんでちょっと歌上手いんだよ。
それから数時間歩くと、大きい湖に突き当たった。
「わあ! おっきい湖ね!」
「アオナ湖っていうらしい。綺麗な湖だな……」
穏やかな水面には、遠くに聳える療法塔の先端が映っている。
目の前にはずいぶん古びた立て看板。俺たちから見て左側(西側)に向かって赤くて太い矢印と『こちらを通ること』と書かれていた。
矢印に従って俺が突き当たりを左側に歩き始めると、
「ちょっと!」
と呼び止められる。
「なんで左回りから行くのよ? どう見ても右回りの方が近いじゃないの。あれ、もしかして、あんた、かなりの方向音痴……?」
あたしが地図見てあげようか……?と手を差し出してくる。
「哀れみの目で見るな……そこに看板あるだろうが。矢印の向きに行くんだよ」
「何の矢印か書いてないじゃないの。エボへの矢印とは限らないわ」
「だからこそだよ。『どこを目指しているとしてもこの矢印に従え』って意味だろ」
「看板よりもあたしは目に見えているものを信じるわ! 塔は右前にあるじゃない! 一目瞭然よ!」
塔の方向を指差すフレア。たしかに、エボの町も療法塔も斜め右=北東の方向にある。
しかし……。
「距離が近いだけだよ。逆に、左回りの方が安全なことこそ一目瞭然だろ」
湖沿いに道を見渡すことができる。
左回りは遊歩道といっても差し支えないほどに舗装されているのに対して、
「見てみろ、右回りはかなり険しい道になってる」
右回りは鬱蒼とした森もあり崖もあり……と見るからに歩きづらい。
それを見てフレアはにっこり笑った。
「あたし、冒険ってずっと憧れてたのよ。楽しそうでしょ? だからうってつけだと思うの!」
「……あっそ」
俺は左回りへの道を進み始める——
「ぅぐっ!」
——が、しかし、リュックをぐいっと引っ張られた。
「だから! 右回りで行きたいの! 異論は認めないわ! だってこれは人生で一度きりかもしれない旅で、今日は人生で一度きりなんだから!」
「いやいや異論は俺も認めないが!? 俺の話聞いてたか!? そっち行ったら危ないんだって。危ないだけじゃなくてそっちの方が時間かかるんだからな?」
「時間かかったっていいじゃない! しりとりしながらいきましょう!」
「時間かかりすぎて暇なんじゃないかって心配は微塵もしてない! そんな余裕ないくらい大変だっていってんだよ!」
「平凡な道を簡単に行くよりも、困難な道を一生懸命行った方が楽しいわよ、人生は!」
「人生はな! 今は普通に道だから!」
——数十分後。
「ほら、こっちの方が静かで良いわよ」
「こっちを通ろうとするやつなんて1人しかいないからな……」
「1人? 2人じゃなくて?」
「もういいよ……」
口論というか言い合いというかの末、結局俺たちは右回りを進んでいた。今は倒木で出来た橋を平均台にして沼を渡っているところだ。
誰か、理屈の通じない人間相手にディベートで勝つ方法を教えてくれ。
……ただ、それにしても。
「……たしかに大変な道ではあるけど、こっちを選ぶ人がいても良さそうだな」
そんな愚かなことを口走った俺は、まだ、右ルートに潜んだ重要な罠に気づいていなかったのだ。




