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第16話 よふかしの記憶

「すみません、こんな時間に勉強を見てほしいだなんて……。分からないところがあって……」


 宿屋のカウンター裏からルウリィの部屋に招かれると、そこには魔法書がうずたかく積み上げられていた。


 ルウリィは机の前に座り、俺は家庭教師よろしくその隣に座る形になる。


「いや、全然。フレアがルウリィとユニコーンを療法塔りょうほうとうにも連れていくとか言っちゃったから勉強の時間がなくなったんだろ? こっちにも責任がある」


 そのせいで打ち上げにも出られなかったんだろうし。


こっち(・・・)って……フレアさんの責任も、ノイクさんにあるんですか?」


「この旅の間だけはな」


「ふーん……?」


 なんだか疑わしいものをみるような目つきで見上げてくる。


「……なんだよその顔」


「別にですー」


「そうかい……」


 ルウリィは鉛筆を持ち直して、もう一回机に向かった。


 ……と、思ったら。


「……あの、やっぱり聞いてもいいですか」


「ん?」


 期待と照れのこもった声音。


「……アティックの高等部って、そういう……恋愛とかもあったり……するんですか?」


「いや、知らないけど……」


「そう、ですか……」


 しゅん、としたルウリィになんだか申し訳なくなって、


「こほん……まあ、あるにはあるんじゃないか?」


「そう、ですか……!」


 撤回すると、ルウリィは嬉しそうに頬を緩めた。


『……アティックの制服ってすっごく可愛いじゃないですか』

『わたしのたった一回の人生なんです。アティックの制服を着て、アティックシティで買い食いしたり、寮で同室の女の子と一緒に夜更かしして寮長さんに怒られたり、クラスメイトの魔法演武の試合を応援しに行ったり……そんなことがしたいんです』


 きっと、彼女にとっては、それはすごく大事なことなんだろう。


 なんだかやっぱり微笑ましいな、と思っていると。


「笑わないでください……!」


「ああ、悪い。そんなんじゃないんだ」


「そんなに優しいお兄ちゃんみたいな感じで笑われると……なんか……なんかです」


 ルウリィはねたように、頬を赤らめる。なんかってなんだ。


「ノイクさんって天然で思わせぶりしてモテちゃうタイプですよね……」


「何言ってんだよ、モテるわけないだろ……」


「なんでですか? 頭も良いし、モテそうですよ」


魔法学院(アティック)で筆記だけ出来たって、なんの魅力にもならないだろ」


 男子は、魔法演武が強いやつがモテるのが定石だ。


「じゃあ、告白されたりとかもないんですか?」


「そりゃそう…………あ」


 ……いや、つい最近されたな。名前も知らない銀髪の女子だけど。


「されてるんじゃないですか! 誰ですか!? わたしの知ってる人ですか!?」


「ルウリィの知ってる人はフレアしかいないだろうが……違うよ。違うし、なんというか、あの告白も、そういう感じじゃないような気がするんだよな……」


「最低です、ノイクさん」


「最低……!?」


 ルウリィの目がジト目に変わる。表情のころころ変わる人だ。


「女の子は勇気を出して告白してるのに、勝手に解釈を曲げられたらすっごく悲しいはずです。しかも、他の女の子と二人旅なんか出ちゃって……え、よく考えたらクズじゃないですか……? え、しかもしかも、途中で寄った町の宿屋の娘までかどわかして……!」


「フレアとの旅は学院の指示だし、ルウリィのことをかどわかした覚えはない。そんなこというなら、俺、部屋に戻っていいか?」


「フレアさんの待つ部屋に?」


「それも含めて全部不可抗力なんだけど……」


「あはは、冗談です。分かってますよ」


「勘弁してくれ……」


 ジト目を解放してルウリィは楽しそうに笑う。


「……でも、まあ、告白に関してはルウリィの言う通りだな。まあ、学院に戻ったら確かめてみるよ」


「はい、そうしてください!」



 数時間後。


「はあー……終わった……! あとは自分で解けそうです、ありがとうございました!」


「ああ、よかった。じゃあ明日からよろしくな」


 俺は立ち上がる。


「今度こそ、フレアさんの待つ部屋に帰るんですね」


「あんまり言うなって……」


 床で寝る事実と向き合うことになるだろうが……。


「フレアさん、ノイクさんのこと信用してるんですね。男子と同室で無防備に寝るなんて、普通できませんよ」


「そもそも普通じゃないだろ、あいつは」


「あはは、たしかに」


 ルウリィも立ち上がる。



 部屋の入り口まで行ったところで、




「……親父さんには、アティックを受験することを言わないままつのか?」




 どうしても一つだけ気になって聞いてしまった。



 それ込みでの作戦を提案しておいてなんだが、……いや、提案したからこそ、責任は俺にもある。


「いいんです。どうせ分かってくれません。過保護なんです、あの人」


「過保護っていうかな……」


 まあ、娘が受験に行く度に医務室に運ばれていたら、それを6回も繰り返したら、心配にはなるだろうけど……。


「わたしのお母さん、結界士けっかいしなんです。色々な町を転々としながら結界を張る仕事なので、わたしが小さい時からずっと世界中を旅してて。ほとんど父子家庭みたいな感じで育ちました」


「へえ、そうなのか」


 たしかに、ルウリィのお母さんを見ないなとは思っていたが、結界士とは……。かなりの技術と知識を要する大陸にも十数人しかいない貴重な職人だったはず。


「なので、お父さんはわたしまで出てっちゃったら寂しいんです。一人になっちゃうので」


「そんな子供みたいな……」


「子供なんです。小さい時、何回も言われました。わたしは眠いのに、お父さんはお酒飲みながら夜中ずーっと『ルウリィはどこにも行かないでくれよー』って。普通親って、『子供は早く寝なさい』って言うものだと思いませんか!?」


「まあ、たしかに……」


「だから……面と向かって話したりなんてしたら、また朝まで話す羽目はめになります。旅に差し支えますよ」


「なるほどな……」


 ルウリィから話を聞くと、結構筋は通ってるように思ってしまうな……。


「まあ、ルウリィの決めることだから。それじゃ、今度こそ部屋に戻るな」


「はい、おやすみなさい、ノイクさん。明日準備できたら起こしに行きますから」


「ああ、おやすみ」





 ルウリィの部屋を後にすると、


「あっ、ノイクくん!」


 ちょうど打ち上げから戻ったらしいあから顔のルウリィ父に、フロントで声をかけられた。


「今から飲み直すんだが、一緒にどうだい?」


「俺、酒飲めませんよ」


「いいんだいいんだ」


 いいかどうかは俺が決めることな気がするんだが……。


「明日も早いんで、寝ます。おやすみなさい」


「なんだ、残念だねえ……」


 なんだか申し訳ない気もするが、今しがたルウリィから彼が絡み酒をすると聞いたばかりだ。俺が苦笑いを残して立ち去ろうとすると。


「なあ、ノイクくん。じゃあ一つだけ聞かせてくれないか」


 と、呼び止められる。


「なんですか……?」


 振り返って見えたその表情は、存外に真剣で。




「……ルウリィは今度こそアティックに入れると思うかい?」


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