第5話
二〇二三年六月十一日 日曜日の夜 雨
倒れたのは配信を始める直前だった。防音室に入った後なら、気付けなかったかもしれない、そう思うとゾッとする。何度も何度も頭の中で練習した、その通り救急に電話した。準備しておいた持ち出し用カバンを手に、救急車へ乗り込む。傘は持たなかった。大柄な救命士の詰問にもスラスラ答える。「救急車、慣れてます?」だと? 慣れないよ、こんなの。
事務所と同居人の家族へ連絡を済ませたら力が抜けて、無人のロビーに座り込む。処置が済んで眠ったので私は帰っていいそうだ。そう言われても、まだひざの震えが止まらない。
「落ち着くまで休んでいていいのよ? なんなら、あなたも入院――」
「それはいいです」
何度もお世話になった、馴染みの看護師さんだ。無表情だから冗談か本気かわからない。社長秘書でもやっていそうな美人で、とっつきにくい人だと思っていた。慣れるとわかる。この人の発言は、自分が楽なように解釈していいのだ。
看護師さんは自販機で買ったらしい、イチゴミルクを手に隣へ座る。なぜだか私も飲みたくなってきた。自分のペースに巻き込むのが上手い人なのだ。Vtuberになればいいのに。
「去年の秋だったわね、最初に来たの」
去年の秋。同居人は健康診断で引っかかった。再検査を繰り返すと病気が見つかった。すぐに休業と療養を勧められた。当然、私も家族もそうして欲しかった。けれど同居人が「もうちょっとだから、ギリギリまでは仕事させて」と言うだろうとも、わかっていた。
「あの時――」
「あの時、入院させていたら。とか考えても仕方ないのよ」
当時、あの子は新曲公開に向けてダンスレッスンもこなしていた。デスクワークの私より余程、体力はあった。病人には見えなかった。ひと段落したら療養に専念して、また元気になって、今まで通り仕事に復帰する。そう思った。たとえ何度あの時間を繰り返しても、今と違う時間軸はなかった。そう、自分でもわかっている。
「私はね、命に替えてでも何かに打ち込む人を、命を粗末にしてるとは思わないのよ」
「看護師さんの言葉とは思えませんが……」
「もちろん健康でいてほしいわよ? でも仕方ないじゃない。大切な人がそうしないと自分でいられない、っていうなら」
「自分でいられない……」
「だから今は、あの子を信じてゆっくり休ませてあげなさい」
気休めでもうれしかった。でも、気休めだと思うことにした。
今年の元旦の配信後、あの子はまた体調を崩した。あの子は救急に電話しようとする私を止めて、言った。「搬送されたら入院断れない。まだ、やりたいことが残ってるから」と。震える声で、私のシャツを握る手は弱くて、でも目の光だけは強くて。あんなにも本心をむき出しにしたあの子を初めて見た。それはあの日、教室で泣いていたあの子と地続きだった。「お願い」と、あの子は【自分でいられなくなるか、否か】を私に預けた。
だから私はあの子の望みを両手で受け止めた。そのまま焼けただれても、抱きしめていようと思った。
それはあの子の演技の終演でもあった。あの子は秋に、もしかするともっと前から、そう長くは仕事を続けられないと気付いていたはずだ。あの子が言った「ギリギリ」とは、命の限界という意味だった。それでも私は、あの子を受け止めることを選んだ。
「あの……?」
看護師さんはいつの間にかいなくなっていた。忙しいのだろう。長椅子には未開封のイチゴミルクがあった。封を開けると甘い匂いがした。
あの子が活動休止を決めてくれた時、私はどんな顔をしていただろう。私と家族の説得がようやく実った、とも言えるし、仕事を続けられる状態ではなくなったせいでもある。「入院する前に、どうしてもリスナーさんへ伝えたいことがある」と言ったから、あの一週間を始めた。何かあったら配信中でも病院に連れていく、という約束で。
二〇二三年六月二十日を過ぎて
入院したあの子は起きていられる時間がほとんどなかった。上京してきた両親とも、ろくに話せないまま逝った。六月二十日のことだ。
事務所は短い声明であの子の病死を伝えた。詳細を求める声は強かったが、いつも通り事務所もタレントたちも沈黙した。私にだって語れる程の詳細はない。あまりにも呆気ない死だった。誰もが追悼のやり場を失った。自分を納得させたい人は一週間のアーカイブに何かを見付けようとした。
『もんじゃになって帰ってくる→ 焼かれる→ 火葬。死を覚悟していたのでは』
『同期の二人は真実を知っていたと思う』
『本当は生きていて、再デビューの準備をしているのでは』
『やっぱり、同期が辞めた時の事務所の対応に不満があった?』
『水曜の歌枠で泣きたいってSOS出してたよな』
ファンや、そうでもない人たちによる多くの考察が生まれた。真実に迫っている考察もあった。そうだったらよかったのに、と思う考察もあった。いずれにしろ私がそれに答えるわけではないし、そんな意味もない。誰が名付けたのか、あの五回のアーカイブを指して『日曜日のない一週間』と呼ばれるようになった。
『日曜日のない一週間』があの子の命を削ったのは確かだ。そうまでして何を視聴者へ伝えようとしたのか。何度見返しても今までとそう変わらない、月島いくらの配信だ。追悼と考察のムーブメントが二週間くらいで去った後も、私は答え探しをやめられない。一番近くにいた私が最後まで、一週間の謎に囚われている。
葬儀と事後処理の打ち合わせはすぐに済んだ。厳かな葬儀に出ても、気持ちに区切りなどつかなくて、少し驚いた。それでも平日の私はちゃんと仕事に行っている、ようだ。気付いたら電車に乗っているし、帰宅すると、ちゃんとメイクしていたことにホッとする。人間とはなかなか高性能だ。心と身体は別々に動かせるらしい。
物語の首なし騎士になってみる。平日は身体だけが仕事に向かう。ちゃんとできているかは心配だ。なんせ頭がないから。職場には甘えさせてもらっている。私の首はリビングのソファに置き去りで、じっと日曜日が来るのを待っている。物語の首なし騎士は人を指さして死を予言したそうだ。現実の首なし騎士は人が死んでしまうと、どうすればいいのかわからない。
あの一週間以来、私には日曜日が来ない。




