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日曜日のない一週間  作者: 相馬アキ


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第4話

二〇二三年七月十四日(金)


 今日は今年一番の暑い日だった。カップ麺にポットのお湯を注ぎ、三分待つ。たったこれだけなのに、特別億劫に感じる。

 キッチンも配信に使うので、ちょっとした料理教室を開ける広さがある。撮影する際の映り込み対策も完璧だ。シンクはクォーツ製のつや消しに換えたし、調理器具は樹脂かセラミック製が多い。ここにも隙あらばとグッズを飾っている。

 このところ電子レンジと洗い物以外ではキッチンを使っていない。空き家は痛みやすいというけれど、料理に使われないキッチンは汚れていないのに、清潔感もなかった。


 今日みたいな夏の暑い日は、ふと冷や汁でも作りたくなる。ご飯を炊いて、具は豆腐、キュウリ、なす。トマトとサバ缶を入れてもいい。薬味にごまと大葉とみょうがも。本場はイリコとピーナッツも使うんだったか。別に私の郷里の味ではないけれど。

 食料品の買い出しは私か、時間が合えば二人で行った。近所のスーパーまで、行きは日傘を持たない方の手が空いた。どちらからともなく手をつなぐ。二本の日傘が軽くぶつかる。ひんやりした柔らかい手の感触。帰り道も手をつなぐようになったのは、リュックを買ったからだ。

 三分はとっくに過ぎていた。


〈月島いくら 六月九日 金曜日のアーカイブ〉


 ――今日の調理実習は『ササミチーズしそ巻きフライ』と『手羽先揚げ』だよー。揚げ物ばっかり? 揚げ物一品だけに油使うの、もったいないじゃんね。

 ――まず手羽先の下ごしらえね。酒、しょうゆ、みりん、ニンニク、ショウガを混ぜてマリネ液にします。手羽先っていいよね、煮ても焼いても揚げてもおいしい。六本パック全部使おう。食べやすくなるように、皮ついてない方に包丁を入れておくよ。骨に沿ってね。火の通りもよくなるからね。


 『調理実習』と称する料理配信は月島いくらのキラーコンテンツだ。配信画面内の小窓に調理の様子を流している。これは事前に撮影したものだ。視聴者は収録と知りつつ、その嘘を楽しんだ。


 ――ササチーは粉、卵液、パン粉の順で付けて、一旦しっかり押さえてね。油は同じく170℃。この大きさなら二分かな。

 ――油を切ったら一口分ずつ斜め切り。断面の大葉とチーズがいい感じだね。これをレタスを敷いたお皿に盛り付けます。付け合わせは野菜。揚げ物だからね。冷蔵庫にあったトマトとキュウリと、作り置きのポテサラ。

 ――手羽先は水菜の上に盛り付けたら、タレをハケで塗って、黒胡椒と白ごまを振って完成。できたー、食べよー! ササチーは中濃ソースつけてね。あっちぃ、うまーい! 端っこ、カリッとしてたまらんわー。


 調理動画が終り、料理の写真に切り替わる。盛り付けを直したのできれいに撮れていた。さすがフードスペシャリストだ。あとササチーの端っこは私も好きだ。

 アーカイブには表示されない生配信時の同時接続数だが、普段はせいぜい七千人台。それがこの時点で一万五千人に迫っていた。キラーコンテンツは伊達じゃない。


 ――ササチーには中濃ソースとカラシだね。ササチーって何? ササミチーズしそ巻きフライ。途中から観てくれてる人かな。ササチーって言っちゃうの月島の癖なんだよね。手羽先は関節を逆に折って……やっぱこの味だよ、甘辛スパイシーなのが手羽先揚げじゃんね。カレーの味するの? しないよ、カレー粉入れたけどね、ちょっとだけ。こういう濃い味のタレって、カレー粉入れると味に奥行きが出るんだよ。


 調理動画でも極力、生の人間を映さない。この日映ったのは黒い手袋をした手首から先だけだ。

 視聴者はそれを月島いくらの手だと思っているが、実は私の手だった。同居人は写真を撮る前に盛り付けを直しただけ。この器用な同居人は、なぜか料理が壊滅的にできなかった。事前に打ち合わせを重ね、動画を見ながら自分で作ったかのように語るのだ。これが月島いくら、最大の嘘だった。私はこの秘密を守るために存在している。


〈月島いくら 六月十日 土曜日のアーカイブ〉


 直に顔を合わせるオフコラボの方が視聴者にはウケる。私がいるので、この部屋でオフコラボをしたことはなかった。「一晩ホテルに泊まるくらい、いいよ」と言ったら傷付いたような顔をされた。心外だった。私が出張で一晩空けると、不貞腐れて配信を休んだ。子供か。

 それでも同業者の中では、しっかり者という地位を築いていた。あの事務所、大丈夫だろうか。私は同居人の仕事を手伝っているけれど、他のタレントとの面識はない。こういう職業の人たちって、裏ではもっと理知的じゃないのか。

 この日は『海百合しえる』さんの自宅で同期コラボだった。事務所の仲間とはいえ、同居人が人様のお宅にお邪魔するのは心配でならない。身だしなみと企画書と忘れ物を念入りにチェックし、手土産を持たせ、呼んでおいたタクシーに乗せた。母親かと思った。


 ――今日は同期の月島いくらちゃんと藤原アンプを我が家に呼びましたぁ。いくらちゃんは早速、もんじゃ焼きを作ってくれてます。アンプは何してるのかなぁ?

 ――いいビール持ってきたから冷やしてるぞ。奈良のクラフトビール。

 ――あらちょっと、もう一人で飲んでるぅ。やめてよぉ。

 ――しょーがねぇなぁ、超高速ギターソロでも弾くか? てか二人も飲めよ。

 ――はいはい、具材炒めるからさ、ちょいと離れて。


 家族と私に次いで、同居人と過ごした時間が長い人たち。私の知らない同居人を見てきた人たち。同居人を形成するもう一つの要素。オフコラボ中の同居人が知らない人に見えるのは、そのせいだろうか。てきぱきともんじゃ焼きを作る『月島いくら』は本当に同居人本人だろうか。そう思うのは、料理できているから、というわけではない。


 ――アンプはもんじゃって一人じゃ食べないけどさぁ。食うとうまいんだよな。

 ――いくらちゃんが作るから余計にね。今日、しえるはホットプレート出しただけだからね、しえるのウチなのに。いくらちゃん、すごい準備いいのぉ。材料全部、切ったり量ったりしてあって。

 ――月島たち同期で集まったら、たいていもんじゃだよね。お店の時もあるけどさ。あ、生地が決壊したらさ、手近な人がキャベツ寄せてふさいでね。こんな風に。


 目玉焼きも作れない同居人はなぜか、もんじゃ焼きとお好み焼きだけは焼けた。私より上手い。調理の様子は映されていないが、ちゃんとできていたはずだ。あれは盛り付けの感性に近いのかもしれない。もちろん材料は混ぜて焼くだけの状態にして持たせた。そうやって同期にも隠し通してきた。


 ――そろそろ食べていいよ。具はさ、月島の前がもち明太、アンプの前はチーズと豚バラとキムチがグラデーションしてるからね。

 ――「グラデーションしてて草」って言われてるぞ、チャットで。いいじゃん、うめぇんだよグラデーション。チーズ苦手な人でも豚キムチ食えるじゃん!

 ――誰かチーズ苦手だっけ?

 ――いや好きだけどさ。

 ――境目に置いとくと、月島がチーズもち明太も食べられるからね。あとしえるの前がビーフトマト。

 ――あら斬新な具。でもおいしそぉ。

 ――牛スジねぇの? いやでも、うまそうだなそれ。なんでしえるの前なんだよ、扱いちがくないか?

 ――しえるは場所とホットプレートの提供者だからさ。まだ材料あるから全種類食べようよ。明後日からしばらく会えないからさ、今日は大盤振る舞いじゃんね。久々にみんな集まってくれて、うれしい。

 ――しえる、これ言っちゃいけないの、わかってるんだけどね。二人がいなくなってから集まり減ったのよね。

 ――覚えてるか? 料理系で月島だから、もんじゃ焼き作ってもらおうって。あの二人が言い出したんだよな。


 五年前の春、月島いくらたちは五名同時にデビューした。三年後には精神的な不調で一人卒業した。もう一人は去年、契約違反で姿を消した。大手事務所だけにネットニュースでも大きく扱われた。Vtuberの引退はどうして、こうも騒がれるのだろう。本人は生きているのに、まるで死んだみたいに。引退したって、新しい身体と名前で何度でもデビューできる業界なのに。


 ――えっ! ここでアンプが泣くの? 月島じゃないの?

 ――だって、いくらお前、正月も身体壊してさぁ。ちゃぁんと帰って来いよ、マジで。

 ――ごめんよ。不安にさせたみたいだけどさ、そんな待たせないから。ちょっとの間、月島もんじゃ……いくらを忘れないでいてよ。しえるも。

 ――下町のソウルフードになって帰って来んのかよぉ、おい。

 ――誰だって、いつかいなくなる日は来るけどさ。月島は立派なもんじゃになって帰ってくるつもりじゃんね。

 ――しえるたちが五人で始まったのは事実だからね。事実は誰にも消せないから。いくらちゃんのことは二人で待ってるからね。

 ――月島のリスナーさんが配信に来たら、やさしくしてあげてね。

 ――任せとけよ。預かっとくから。


 メンバーが抜けても残された同僚は多くを語らない。沈黙は傷を浅く留めるから。事務所との契約があるから。日頃仕事に文句ひとつ言わない同居人だが、そのことは多少根に持っていた。

 結局この日は三人でわんわん泣いた。繊細で泣き虫な人たちだ。私は味のしないプロテインバーをテーブルに放り出して、ソファで毛布を被った。

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