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日曜日のない一週間  作者: 相馬アキ


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第3話

二〇二三年七月十二日(水)


 お風呂上り。ソファにあぐらをかいて、カレー用のスプーンでポテトサラダを食べる。物足りなくて黒胡椒を振った。勢い余って毛布にぶちまけた。このところベッドは使わずに、ここで寝ている。


 同居人が売れるにつれて、私たちはいい部屋に引っ越した。同居人の仕事には防音室や機材のスペースが必要だ。なによりセキュリティが大事な職業だった。防犯カメラはもちろん、指定された階にしか止まらないエレベーターや、警備会社との契約内容も部屋探しの条件に加えた。

 同居人は職業を明かせないので、私の名義で契約している。都心から外れてはいても、私の月給で払える家賃ではない。同居人が全額支払っていて、今度は私が居候だった。他の部屋にはどんな人が住んでいるのだろう? 不動産屋には資産家の娘か愛人とでも思われただろうか。


 コショウを効かせた毛布は明日どうにかするとして、替えを取りに寝室へ立ち入る。ベルガモットとラベンダーの匂いがした。広い部屋に移っても寝室はひとつ、と同居人が決めた。居候としては従うほかない。ベッドは同居人が選び、私はアロマオイルを買ってきた。先に寝るのは私で、右のベッドを使う。朝、目が覚めても隣のベッドは空だ。

 同居人は私のベッドにもぐりこんで、腕かおなかにしがみついている。おなかはやめてほしい。しばらく頭をなでてやると、腕を解いて寝返りを打つ。大きすぎる猫だ。


〈月島いくら 六月七日 水曜日のアーカイブ〉


 所属事務所の方針で、定期的に歌を生配信する。全世界に向けて一人カラオケをする配信スタイル、『歌枠』だ。たいていは流行りの曲をカバーする。似たりよったりの配信になりそうだが、「この人にはこれを歌ってほしい」という視聴者の思いで差別化されていく。幼児向けのアニソンばかり歌っている人は、視聴者になんだと思われているのだろう。

 この日の同居人は自身のオリジナル曲だけを歌った。まるで卒業ライブのような選曲だった。


 ――質問来てるねー。『感情こもってなくてボカロみたい、と言われます。もうカラオケに行きたくありません!』女の子のリスナーさんだ、うれしいね。月島も最初のうちはボイトレの先生が頭抱えてさ。リスナーさんと反対で感情込めすぎって怒られてた。

 ――月島は今でも歌に自信ないんだけどさ。演技と歌は表現のルールが違うんだよね。歌は三分くらいにストーリーが詰め込まれてるから。歌の感情って見た目より複雑でね。例えばさ、歌詞では「泣きたい」って言ってるだけの何小節かに、「泣きたい、けど平気なフリをしないと相手を傷つけちゃうから、笑おう」くらいのシーンが詰まってるの。歌詞を読み込んだり、作ったPさんの解説、探してみるといいかもね。


 同居人は所属するレコード会社から十二曲も売り出していて、評判もいい。本当は歌唱力で苦労したことなどなかった。歌にも配信にも演技力を活かす、器用な生き物だ。今夜は同居人の歌をスマホで再生して枕元に置いた。


二〇二三年七月十三日(木)


 夕食にレトルトの玉子粥を温めた。味が好みでまとめ買いしたのに結局、持て余している。胃もたれを感じながら流し込んだ。

 リビングの壁掛けテレビの下にはゲーム機が並んでいる。ここに無いものは防音室だ。ゲームは同居人が一番苦手な配信かもしれない。デビュー前、「まずはゲームに慣れなきゃ」と同居人は最新のゲーム機を買ってきた。私が卒論に追われていた頃、一番閉口したのはゲームの練習に付き合わされたことだ。同居人は3Dゲームの画面に酔いやすいとわかり、一緒に対策を考えた。

 最初に買った最新機も今では旧世代だ。私は職場でゲーマーだと思われるくらいには、詳しくなっていた。


 ゲーム実況の歴史はVtuberよりも古い。ゲームが上手ければいい、というわけではないし、ぽんこつプレイも視聴者をイラつかせる。トークを続け、チャットも拾わなければならない。難しい配信だ。

 同居人はゲームに集中すると黙ってしまうのが問題だった。常連の視聴者は無言が続いても気にしないかもしれないが、初見は離脱してしまう。声がないと伝わらないのはVR独特かもしれない。

 この弱点は事前に台本を作っても克服できなかった。視聴者はゲームの解説を求めているわけじゃない。配信者がゲームの展開に驚いたり熱くなるのを見て、視聴者はゲームの知識や感想をチャットへ持ち寄る。それを楽しむコンテンツだから。そもそもゲーム画面にチャット管理アプリ、それに配信をコントロールするOBSを操作している上に、台本まで気にしていられない。


〈月島いくら 六月八日 木曜日のアーカイブ〉


 ゲーム配信の最適解は他の配信者との共同配信だった。オンラインでのコラボ配信だ。


 ――今日は同期二人とゲームコラボでーす、はい自己紹介。

 ――海洋学術系Vtuber、海百合しえると。

 ――ソロギタリストVtuber、藤原アンプだぁ。今日何やるの? いやソフトじゃなくてゲーム機。もう同じゲームに◯◯版とか何々版とかあってわかんねぇよ。全部起動させて待ってた。

 ――今日はPCでできるやつさ。前にやったじゃんね。


 異性関係に厳しい業界なので事務所に所属するタレントも、そのマネージャーすら、すべて女性だ。同居人の同僚たちも個性的な声と口調、それに一芸を持っていた。それは視聴者の印象に残るためであり、Vtuberとして発信したいこと、そのものでもある。

 今日のゲームは食材を集めて料理を作り、自分の店を大きくしていくのが目的だ。オンラインで協力プレイができる。今は食材集めの時間で、ゲーム内のミニゲームを三人手分けしてプレイする。


 ――みんな食材、何出てる? 肉と果物だけとかだとメニュー足りなくなるよね?

 ――月島は卵ばっかり……今トリュフ出た! 肉料理の値段爆上がりするんだけど何作ろうか? 誰か肉出た?

 ――しえるラム肉いっぱいあるよぉ。アンプは?

 ――バナナと栗しか出ねぇんだけど。何に使う、これ?

 ――栗はねぇ、使い道ないから拾わなくていいよぉ。

 ――先に言えよぉ……オフコラボやんないの? ってチャット来てるけど。言っちゃっていいの?

 ――あ、ごめんね月島のチャンネルなのに。全然チャット見てないじゃんね。明後日この三人でオフコラボやるよ。

 ――久しぶりだよねぇ。今日はその作戦会議も兼ねてるからね。あ、しえるもトリュフ出た! アンプは?

 ――どんぐり出たけど捨てていいよな……?


 コラボなら、常に誰かがしゃべっているから話は途切れない。話題を振ってくれもするし、ゲームで困っても助けてもらえる。三人の会話でなんとなくゲームの実況が成立してしまう。

 ゲームは食材集めが終わり、お店パートに移った。ジンギスカンと目玉焼きとチョコバナナクレープを、客の注文に合わせて時間内に作り分ける。皿洗いとお会計もするので結構難しい。同居人のキャライメージとしてはキッチンだが、ホールを買って出た。


 ――二番さんラム3、玉子2。三番テーブル、バッシングしたらオーダー取り行くよ。アンプはお皿と一番さんお会計よろしく。


 デビュー前の飲食アルバイトが役に立っていた。たいていのゲームは他の二人の方がうまいのに。チャットを拾う余裕も出てきた。


 ――目玉焼きに何かける? 月島はしょうゆ。みんなは? やっぱり、しょうゆ多いじゃんね。

 ――え、アジシオじゃねぇの?

 ――しえるは子供の頃からケチャップ。チャットのみんなは……ソース一択、塩こそ真理、しょうゆ教徒が火刑台を準備しています……あ。いくらちゃん、これ戦争になるやつ!

 ――そっか。やめよう、この話。目玉焼きって、卵割ってフライパンに直接落とす人、多いと思うけどさ。もっとおいしくなる焼き方知ってる?

 ――目玉焼きから離れろよ、おい。

 ――卵を割ったらザルに入れて少し置いてから、お塩を振ったフライパンにそっと落として、ずっと強火。黄身の周りが固まったら半熟完成。半熟苦手な人はフタした方がいいね。焦げないよ。ザルで水溶性タンパク質を除いちゃうから。


 この日のチャットは戦争にならなかった。目玉焼きのコツは私が毎朝、焼きながら教えた。同居人は自分で焼けるようにはならなかった。

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