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日曜日のない一週間  作者: 相馬アキ


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第2話

二〇二三年七月十一日(火)


 食べること以外に同居人の趣味といえば、同業者のグッズ収集だ。所属事務所は問わないが、交流のあるタレントだけを集めている。記念写真みたいな感覚なのだろう。

 食器棚にはキャラクターがプリントされた食器が潜んでいた。ローチェストの中と上には、ぬいぐるみとアクリルスタンドが並んでいる。おかげでリビングは片付けても片付けても落ち着かない。キャラクターとはいえ中身は実在の誰かだから、つい視線を意識してしまう。

 ローチェストの中に、モアイかマネキンの頭部のような黒いオブジェもあるが、それはグッズではない。本当はオブジェでもない。150万円以上したバイノーラルマイクだ。結局ASMRはやらないので、リビングの飾り物になった。結構かわいいと思う。

 私は『月島いくら』がプリントされたグラスに麦茶を注ぎ、仕事帰りにコンビニで買ったハムサンドを口に押し込む。キュウリの味がした。学生の頃から変わらない味だ。私たちが暮らした狭い学生アパートを思い出す。

 でも本当の始まりは、放課後の教室だった。


二〇一三年七月十六日(火)からの五年間


 私たちは地方の女子校の同級生だった。あの子とは二年のクラス替えで同じクラスになった。去年の文化祭で演劇の主役を張った目立つ子だ。部員一名の料理部部長、地味な私が接点を持つような相手じゃなかった。私はあんな風に毎日毎日、嘘の自分を演じられない。悪い意味じゃない。私は小さい頃に出た吃音がまだ残っていて、声を出すのも少し怖かった。あと目つきも悪い。

 期末テストと三者面談が終わり、夏の気配に浮ついた空気が漂う放課後の校舎。下校時間に教室へ急ぐ私を先生が見咎めた。先生の指に掛かった鍵束がきちりと鳴った。


「おい、まだいたんか。教室もうかうに、ちゃっと帰れや。なんだ、うまそうな匂いだに」

「すいません、プ、プリント忘れちゃって」

「お、おう。取ってきていいけん、そんな睨むな」


 睨んでないが。私の手には、まだ温かいタッパーがある。調理実習室で作ったものの、食べる時間は足りなかった。テスト期間明け久々の部活で、つい時間を忘れ没頭していたのだ。


 教室は嫌いだ。何か言うたびに、クスクス笑われているような気分になる。クラス替えの興奮が冷めきった今の時期は、なおさらだった。でも放課後の誰もいない教室は嫌いじゃない。だから無人のはずの教室にあの子を見つけた時は、花瓶を割ってしまったような気分だった。

 あの子は一人、静かに泣いていた。泣いてもきれいな顔で、うっかり目を奪われた。だから目が合っても声が出ない。向こうも驚いたはずだし、泣いてるところなんて見られたくなかったろう。なのに、あの子の第一声はすこぶる間抜けだった。


「おいしそうな匂い……」


 泣いている時に気にすることだろうか。どうして泣いているか、わからないけれど何か悔しい思いをしたのだ。それは目を見てわかった。あの子も素の自分を見せるのか。無害・無力・無関係な私だから見せられるのか。卑屈な思考を振り払う。もうすぐ、さっきの先生が鍵をかけに来てしまうから。


「あの……帰らん? もうすぐ、ここ、先生来るら」


 詰まりながら言って、あの子の手を引いた。「ねぇ、ちょっと」と戸惑う声は無視して走らせる。急がないと。あの子の泣き顔を先生に見られたくなかった。バタバタと廊下を走った。スカートの裾も気にせず階段を駆け下りた。昇降口に着くまで、誰にも見せるもんかと意地になった。

 二人、息を切らせながら外靴を履く。扉を開けると夕立のあとの匂いがした。あの子は外へ出ると困った顔で笑った。


「カバン、置いてきちゃったに。急に引っ張るからさ」


 自分がどんなに混乱していて、そのせいで何をしでかしたか気付いた。顔が熱くなって余計に混乱した。私は持っていたタッパーをあの子に押し付け、一人で走って逃げた。

 私もプリントを置き去りにしていた。


 翌朝、学校を休めないかと本気で考えたが、そうもいかず。あの子に声を掛けられても、「あ」としか言えなかった。そういえば昨日も私は、ほとんど口をきいてない。このまま極端に無口な人で通そうか。ダメか。


「ばかうまかった、ありがとう!」

「お、おそまつさまです……」


 あの子はずいぶんとご機嫌に、洗ったタッパーを返してくれた。かわいい紙袋に入っているが中身は生活感のあるタッパー……それとこれは、お返しだろうか。


「チーズタルト……好きなの?」

「うんうん。コンビニのでごめんけど、それさぁ、ばかうめぇら」


 どうやら、この子の「ばかうまい」は最上級の褒め言葉らしい。私もチーズタルトは好きで、ちょうどレシピを調べたところ。口当たりに塩気を感じるのがいい。そんなに難しくもない。


「作って……みる?」

「ん、何を?」

「チーズタルト、調理実習室で作ってみん? 私、教えるで」

「作れるの? やってみたい!」


 その後、めちゃくちゃ苦労させられたんだが。


 付き合いは高校を卒業しても細々と続いた。私は東京の大学に進学したので、帰省した時に会うか、年に数回うちに泊まりに来る程度だ。あの子は短大でフードスペシャリストを目指しているという。

 地元で会うと家で料理を教え、東京で時間の合う日はおいしいお店を探した。ずいぶんと味覚が鋭いようで、初めて入るお店の隠し味や食材の鮮度はもちろん、料理人の年恰好まで当てた。天はあの子に何物を与えたのだろう。


 あの子は短大を卒業すると、就職活動と称して私のアパートに転がり込んできた。資格はちゃっかり取れたのにアルバイトの日々を過ごし、年が明けて心配になってきた頃、先に私の就職が決まった。気まずい。行列に並んで、流行りのバスクチーズケーキを買ってきた。


「ただいま。実はさぁ……」

「おかえり、わぁケーキだ。あれ、どうしてわかったら?」

「ん? いや実は今日さぁ、就職決まったさぁ」

「え? こっちはデビュー決まったから、てっきりそのお祝いだらって」

「え? デビュー?」

「んんっ? 言ってなかったっけ?」


 短大生の頃から東京まで来ては、Vtuber事務所のオーディションを受けていたそうだ。選考に通ったのは二か月前で、今日まで準備を重ねてデビューが確定したと。全部初耳なんだけど、情報量が多すぎて文句も出てこなかった。まぁ二人ともおめでたいということで、お茶を淹れてケーキを食べよう。


「あ、こればかうまい。実はVtuberだって人に言っちゃダメでさ、契約で」

「マズいじゃん、どうして今ごろ言うだ!?」

「さっき契約したばっかで実感がないじゃんね……だから二人で一緒に住まん? それなら事務所に話通せるに」

「もうウチに住んどるよね」


 つまりは事務所の許可をちゃんと取った上で、もう少し広い部屋に引っ越そう、という提案だった。私は床に落としたフォークを洗って戻ると、バスクチーズケーキをもう一口食べる。おいしい。

 提案について少し考える。まずVtuberというのがわからない。他の動画配信者とどう違うのか、個人事業主なのにどうして事務所が出てくるのか、そもそもお金になるのか。「人に言っちゃダメ」な職業は大丈夫か。

 デビューは春だという。その頃、私は四年生に進級だ。あとは卒論だけだし、社会人になれば収入もある。どうせ卒業したら都内で引っ越すつもりだったし。引っ越し資金はアルバイトで貯めたらしいし。


 結局、興味本位で同意した。事務所のスタッフから注意事項を説明され、あの子の秘密を守る何枚かの契約書にサインした。

 あれから五年と少し。私たちは二十七歳になった。

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