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日曜日のない一週間  作者: 相馬アキ


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第1話

二〇二三年七月十日(月)


 地下鉄・有楽町線を降りて練馬区の自宅まで歩く。

 あっという間に汗が首筋を伝った。

 夜まで晴れる日が多くなったから、梅雨の終わりが近い。

 東京のじっとりした暑さがリリース間近だ。


 タオルハンカチで拭って、スマホを見る。十九時三分。

 本当は時間なんて気にしていない。

 定時で退社したのだから。


 自宅マンションは前庭まで手入れが行き届いている。

 女二人のルームシェアには贅沢な物件だ。

 先月咲き始めたスカビオサは、しなびた株が目立つ。

 来週には別の花に入れ替えだろう。


 メイクを落としてシャワーを浴びて、鏡を見る。

 目つきの悪い、くたびれた女がいた。


 部屋着に着替えて、ソファに身を投げ出す。

 目を閉じても、意識は落ちない。

 リビングテーブルのノートパソコンを立ち上げる。

 サラダチキンをかじった。今日の夕食のつもり。


 動画サイトから同居人のチャンネルを開く。

 何度も見たアーカイブを再生した。


 画面右下で厚塗り風のイラストが動く。

 パティシエをイメージした、かわいらしい少女の2Dモデルだ。

 チャット欄に視聴者のコメントが流れた。


 美人なのに、顔を出さない職業を選んだ同居人が、忌々しい。


〈月島いくら 六月五日 月曜日のアーカイブ〉


 『月島いくら』といえば、チャンネル登録者数100万人、大手事務所所属のグルメ系人気Vtuberだが、なんということはない。

 中の人は私の同居人だった。


 ――今日は『月島いくらのお取り寄せグルメ』、やっていきま……うぇっ声割れてる? BGM聞こえない?


 同居人の配信は開始直後からグダるのが恒例だ。特技欄に書いていい。六年目にもなるのに配信二時間前には緊張し始める。一緒にいると、こっちまで緊張する。


 ――京都のお店から頂いた案件! 『燻製バタースコッチプリンチーズケーキ』が届いたからさ。さっそく食べてレポートするよ。写真も……ここに貼っておくからさ。名前も見た目も不安になる? いやまぁケーキかプリンかわかんないところ、あるけどさ。見た目も黒光りしてるけども。お料理ってのは食べてみないとね。声かわいい? ありがとう。


 高速で流れるチャットを拾い読み、会話しているように見せる。常連とは一体感、初見には親近感のバランスを取る。さすがの配信歴五年、だけではない。視聴者ごとの参加履歴を解析してくれるアプリがあるのだ。

 かわいい声色だって配信のために作り込んだものだ。声帯が器用な同居人には、配信用のお気に入りがあるらしい。メイクに気合を入れるのと同じだろうか。地声は聞き逃しそうになるくらい、澄んでいる。


 ――これ黒いバタースコッチでコーティングしてるね。燻製臭はそんなしないかな?

 ――あ、カットしたら燻製の香りだ! ふーん、コーティングで香りを閉じ込めてる、なるほどね。お皿に乗せた写真も……みんな見えてるかな? 断面はレアチーズケーキっぽい……けどプルプルしてるからプリンなのかな? でも匂いはスモークチーズなんだよね……。


 今カットして、これから試食をするかのような実況だけれど、写真だけで映像はない。配信ではできるだけ、VR空間を見せるのが事務所の方針だった。使う写真は事前に事務所のチェックを受ける決まりだ。このスイーツは配信前にカットして写真を撮り、その時二人で試食した。この日の配信部屋に現物はなかったから、パントマイムみたいなものだ。


 ――もぐもぐもぐ……あ、すっごい滑らか、プリンみたい! ほぼほぼレアチーズケーキのね、高級なやつ、コニャックの香りもする。プリンのコクでチーズを余計濃厚に感じる、けど燻製の香りでさっぱりするからバランスいいんだよねぇ。黒いバタースコッチは焦がしてるから黒いのかな? プリンの上にさ、かかってるカラメルみたいにビターだね。え、プリンチーズケーキって一般的なの? 市販のプリンとクリームチーズで作れる? なるほどね、今度作ってみるかな。


 好きなものについて語るオタクは早口だ。2Dモデルの両目が大きく開いて余計に雰囲気が出ている。

 高性能カメラが同居人の表情を読み取り、2Dモデルの表情が動いた。視聴者に見せる大半は本人の表情だが、実はコマンド選択でも表情を操作できる。

 今の気持ち悪い顔はどっちだったろう。


 ――ケーキと燻製って、どうなんだろうって思ってたけどさ、わざわざ組み合わせなくてもいいでしょって。でも燻香は一瞬主張するだけで舌に残らないの。その刺激が癖になるよね。コーヒーが合うけどウィスキーにも合いそう。

 ――こちらの『燻製バタースコッチプリンチーズケーキ』、実店舗は京都だけど通販サイトも……あ。URLをね、概要欄に書くの忘れてたからちょっと待っててね……京都の実店舗、行ってみたい? うん、行ってみたいよね。


 同居人は食べることが好きで、味にはとてもうるさい。実のところ、このスイーツは同居人の好みではなかった。企業からお金を頂いて宣伝をする仕事、案件でなければ紹介しなかっただろう。

 私は結構、好きな味なんだけど。


 ――通販サイト落ちた!? やばいって、案件だっつってんだろぉ!


 とはいえサイトを落とすのは恒例行事だ。登録者数100万人の影響力はすごいらしく、紹介されたサイトはアクセスが集中して接続できなくなる。サイト復旧後はしばらく欠品して入手困難になる。配信中にURLを掲載しなければいいのだが、これもクライアントの要望だった。


 ――SNSで告知したけど来週からちょっと入院のため、お休みをいただきます。活動休止って聞いてビックリしちゃったリスナーさん、心配かけてごめんね。いつ帰ってこられるか決まってないと、公式には活動休止になっちゃうからさ。

 ――今週は明後日から日曜日まで、休止前にみっちり配信するから、みんな付いてきてね。SNSはハッシュタグ#活動休止カウントダウンでお願いしまーす!


 何度見てもセルフ煽りにしか見えない『#活動休止カウントダウン』。私が身内だからだろうか。身内のカッコ悪い姿にヤキモキして、全身がむず痒い。

 それでいて、ちゃんと計算できてる女だ。いつだって真剣で、真剣に嘘をつく。自分の配信を見返しては、恥ずかしくて転げまわった。「見なきゃいいら」と言ったら、「冷静な目で見て、直せるとこ直さなきゃさぁ」と返ってきた。冷静に見れてないじゃんね。


 私は、Vtuberなんて嫌いなんだ。

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