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第6話 : 千華(中身秀次)、凡人ボディの限界で朝から死亡

 ――朝。


 薄い光が差し込んだ田辺家の一室で、

 千華(中身秀次)は仰向けで硬直していた。


 まるで寿命が尽きた老人のように。


「……動けない……」


 指を少し動かしただけで、

 脚、背中、肩、太もも、腹筋――全身が悲鳴を上げる。


「いっ……たぁぁぁっ……!! なにこれ……!!」


 昨日のランニング、姿勢矯正、歩き方、慣れない生活動作。

 “普段使われていない筋肉”が一斉に反乱を起こしていた。


(千華の身体はあんなに軽かったのに……

 この身体、重力五倍? 呪いの装備でも着てるの?)


 寝返りを打とうとした瞬間、

 背中から足にかけて痛みが炸裂する。


「無理……今日もう無理……」


 布団に顔を埋めて死んでいたい。


 ――ピンポーン。


(誰……? 今この身体で出ろって言うの……?)


 めちゃくちゃぎこちない動きで玄関を開けると、

 ゴミ出し中の近所のおばさんが声をかけてきた。


「あら秀次くん、今日は歩き方おかしいわね? どうしたの?」


「えっ……あっ、その……運動を……ちょっと……」


「へぇ、珍しい〜!」


「ッ……!」


 一瞬で疑われる。


(私……隠しごと向いてない……)


 学校に向かう途中、

 秀次の歩幅の違和感が酷すぎて視線が突き刺さる。


「田辺、今日なんかロボットみたいじゃね?」


「背中のバネでも折れた?」


(壊れてるのは筋肉です!!)


 普段は空気すぎて気にもされない秀次ボディ。

 その“存在の薄さ”が、逆に目立つという地獄の現象。



 満身創痍で帰宅した瞬間――


「兄ちゃーーーん!!?」


「秀次!? 顔色悪いわよ、大丈夫!?」


 柚と母が同時に突進してきた。


 柚が兄の顔を覗き込み、すぐ叫ぶ。


「今日の兄ちゃんおかしい!! なんで生きてるの!?(?)」


「なんで生きてるはおかしいでしょ!?!?」


「だって自分で朝起きたって聞いたし!

 しかも学校行く前にお母さんの手伝いしたって聞いたし!」


「……それのどこが“怖い”要素なの?」


「兄ちゃんならやらないじゃん!!」


(扱いが雑!! 秀次、普段どんな生活送ってるの!?)


 母も困ったように肩をさする。


「秀次、本当にどうしたの? 熱あるんじゃない?」


「だ、大丈夫だから……」


「声も優しいし……。何かあったの?」


「優しいだけで不審扱いって何……!?」


 優しさ=事件扱いされる兄。

 千華(中身秀次)は脳内でそっと泣いた。


(この家族……愛はあるのに、偏見が強すぎる……)



 耐えきれず部屋へ駆け込むと、ドアを閉めた瞬間に膝から崩れ落ちる。


「……この家、うるさい……」


 騒がしくて、正直しんどい。


 でも――


「……でも、温かい」


 つい漏れたその言葉に、自分で驚いた。


 知らなかったのだ、こういう“音”を。


 食卓の声。

柚の笑い。

 母の心配。


 全部が新しくて、全部が胸に刺さる。


(……羨ましいなんて思う日が来るなんて)


 胸が締めつけられ、筋肉痛とは別の痛みが広がる。



 布団に倒れ込み、スマホを握る。


(千華……よくこんな身体で毎日生活してたわね……

 階段で息切れするし……寝癖すごいし……

 筋肉全然ないし……朝から死ねるし……もう無理……)


 本気で泣きそうになる。


 昨日千華ボディで味わった“運動のしやすさ”が、まるで夢だ。


(……私、あんな身体で文句言ってたのね……

 秀次……よく毎日生きてたわね……)


 その瞬間、胸の奥に

 小さな尊敬がぽつりと芽生えた。


 まだ小さい。欠片みたいなもの。


 でも、それは確かに二人の関係を変える

 最初の変化だった。


 痛む身体を布団に沈めながら、

 千華(中身秀次)は静かに目を閉じた。

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