第37話 : “一緒に帰る”ただそれだけで、心がざわつく
「……勝手にすればって言ったけど」
千華(秀次ボディ)は、教室を出るなり俺のほうをチラリと見てきた。
「本当に来るなんて思わなかったわよ」
「いや……来るだろ普通。帰んねぇと家着かないし」
「それはそうだけど……」
言葉を濁す千華の横顔は、なぜか少し赤い。
(……なんで照れてんだ?)
と思ったけど、それ以上に俺のほうが落ち着かなかった。
(俺……なんで“俺と帰れ”なんて言ったんだ?)
自分でも理解不能だった。
ただ、田辺(中身千華)が女子と帰る姿を想像したとき――
胸の奥がじわっと痛くなった。
(……あれ、なんなんだよ。ほんとに)
説明できない。
したくもない。
でも無視できなかった。
学校を出ると、夕焼けが校舎の壁を赤く染めていた。
いつもより風がやわらかく感じるのは気のせいだろうか。
千華が小さくつぶやいた。
「……別に。一緒に帰るくらい、普通よ」
「そうだよな。普通だよな」
「そうよ。べつに……珍しいことじゃないし」
「おう」
「ただし――」
「ん?」
「……さっきみたいに女子に睨みきかせるのはやめなさい」
「睨んでねぇよ!」
「睨んでたわよ。完全に“縄張り主張”だったわ」
「動物みたいに言うな!!」
俺が声を荒げると、千華はくすっと小さく笑った。
「……そんな顔、できるのね」
「は?」
「田辺(中身私は)に、触れたり近づいたりされて……
あなた、わかりやすく怒ってたから」
「怒ってねぇよ!」
「はいはい」
千華は歩く速度を少し落とし、俺に歩幅を合わせた。
「でも……悪い気はしなかった」
「…………は?」
足が止まりかける。
千華はすぐにそっぽを向く。
「勘違いしないで。ただ……
あなたがそういう顔をするなんて、思わなかっただけ」
「……別に、特別な意味はねぇからな」
「ええ。わかってるわよ」
そう言いながら、千華の声はどこか弾んで聞こえた。
帰り道、沈黙が続く。
でも嫌な沈黙じゃない。
むしろ心地よい……と言いたくなるくらいの静けさだった。
千華がふいにポケットからキャンディを取り出す。
「……いる?」
「え、くれんの?」
「別に私が食べるつもりだったけど……好きにしなさい」
「じゃ、もらうわ」
受け取ったキャンディの包みを開けながら、ふと思う。
(……なんで俺、こんなに気分が軽いんだ?)
嫉妬じゃないって何度も否定した。
でも否定すればするほど胸の中がむず痒くなる。
キャンディを口に入れた俺を見て、千華が不意に笑う。
「なに笑ってんだよ」
「いえ。あなた、千華の身体なのに……
キャンディ食べる顔が完全に秀次なんだもの」
「おい! 馴染んできたんだよ! いいだろ別に!」
「ふふっ……」
笑い声が夕焼けにゆっくり溶けていく。
(……なんだよこれ)
胸の奥が温かい。
嬉しい。
苦しい。
全部がごちゃ混ぜになった感情が、言葉にならないまま渦を巻く。
「な、なぁ」
「なに?」
「……女子と帰るの、別に禁止じゃねぇけどさ」
「ええ」
「今日みたいに囲まれたとき……
嫌だったら……言えよ」
「……あなたが嫌なんじゃないの?」
「お、俺は……!」
言いかけて、言葉が詰まる。
(違う……いや、違わないのか?)
わからない。
けど、とにかく。
「……嫌なんだよ。なんか」
小声で、誤魔化すように呟いた。
千華は少し驚いたように俺を見つめ、それからゆっくり視線を外した。
「……そう。じゃあ――」
「ん?」
「次も……一緒に帰ってあげてもいいわよ」
「……っ!」
その言葉だけで、胸が跳ねた。
「勘違いしないでよ? あなたがまた変な顔してたら困るから」
「うるせぇ!!」
でも千華の頬は、ほんのり赤かった。
そしてその赤さが、夕焼けよりずっと綺麗だった。




