第35話 : “田辺くん優しくなった説”が女子に広がる
ここ数日、俺のクラスでは妙な噂が広がっていた。
「ねぇ、田辺くんって……最近なんか優しくない?」
「前までも無愛想ってわけじゃないけど……今日、プリント拾ってくれたし!」
「朝も普通に挨拶してくれたよ? びっくりした!」
教室のあちこちからそんな声が聞こえてくる。
そう、田辺――つまり“秀次の身体に入った千華”は、本人の無自覚な気遣いによって女子人気が急上昇していた。
清楚で物静かな完璧美少女の千華とは違って、
田辺は“無口イケメン系の穴場枠”だったらしい。
そこに千華の淡々とした優しさが混ざり、完成したのは――
女子に刺さりまくる“ギャップイケメン”。
教室の後ろで友達に話しかけられ、千華(秀次ボディ)は少し困った顔をしていた。
「田辺くん、ノート写させてくれてありがと〜!」
「い、いや……別に……」
千華の返し方はいつも通りそっけない。
なのにそのそっけなさが“照れてる”と解釈され、女子がさらに沸くという地獄の構図が誕生していた。
「ねぇ田辺くん、今日の帰りさ……よかったら駅まで一緒に――」
「えっ!? あ、その……」
女子がぐいぐい誘ってくる。
千華は完全にパニック状態。
秀次の身体なのに、反応は千華そのものだから余計に可愛がられてしまう。
(ちょっ……千華……わけわかんねぇ人気出してんじゃねぇよ……!)
俺は席からそれを見ていて、なぜか胸がざわついた。
いや、ざわつくっていうか――
(なんでアイツらと楽しそうに話してんだよ……)
そんな言葉が、勝手に浮かんだ。
意味がわからない。
なんで俺がムスッとする必要があるんだ。
(別に……いいだろ。千華の身体じゃないし、中身は田辺の身体の千華だし……)
そう自分に言い聞かせても、苛立ちは消えなかった。
机に頬をつけて伏せたまま、女子たちの楽しげな声だけが耳に刺さる。
「ねぇ田辺くん、連絡先交換しない?」
「えっ……無理よ。それは……」
「ちょっとくらいいいじゃん〜!」
なんだその距離の詰め方は。
急に仲良くなりすぎだろ、女子たち!!
(……面白くねぇ……なんか……面白くねぇ……!!)
気づけば、俺はずっと同じ方向ばかり見ていた。
「……何その顔」
ふいに横から声が飛んできた。
見ると、千華(秀次ボディ)が立っていた。
「は? 顔って……別に普通だし」
「全然普通じゃないわよ。めちゃくちゃムスッとしてたもの」
「してねぇよ!」
「してたわよ。あんなの……嫉妬じゃない」
「はぁ!? …………するかよ!!」
反射的に声が大きくなった。
余計に怪しい。
「じゃあなんで睨んでたのよ、あの子たちの方」
「睨んでねぇし! ただ……視界に入っただけだし!!」
「はいはい。言い訳お疲れさま」
千華はふっと笑って、俺の前に腰を下ろす。
「でも……」
彼女は小さくつぶやいた。
「そんな顔されると……少しだけ悪くないわね」
「……は?」
「なんでもないわよ」
千華はそっぽを向いた。
その横顔の頬が、ほんの少し赤かった気がする。
教室のざわつきの中、俺の胸はずっと落ち着かなかった。
(……なんだよ、この感じ)
嫉妬なんてするはずないのに。
そんな関係じゃないのに。
でも、胸の中のざらつきは消えなかった。




