表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/40

第34話 : キャラ作りのはずなのに、どうしてこんなに近い

「よし……これで“黒川千華キャラ維持テンプレ”の第一段階はクリアね」


 千華(秀次ボディ)がノートを閉じると、パタンと小さな音が響いた。


「第一段階……ってことは、まだ続きあんの?」


「当然でしょ。あなた、まだ五歳児並みの振る舞いしかできてないもの」


「ひどくね!? ここまで頑張った俺にその評価!?」


「努力は評価するわ。でも結果は別よ」


「スパルタ教育かよ……!」


 文句を言いつつも、内心は少しだけ楽しかった。

 千華が俺のノートを覗き込みながらアドバイスをくれる、それだけのことが嬉しく感じる。


(あれ……俺……こんなに誰かと一緒に作業するの楽しいって思ったことあったっけ?)


 ふとそんなことを考えてしまった。


「じゃあさ、歩き方はこれでいいとして……表情はどうしたらいいんだ?」


「表情?」


「ああ。“黒川千華っぽい表情”。俺、すぐ顔に出るからさ……」


「それはわかるわ。見ててハラハラするもの」


「そこもスパルタだな!」


 千華は口元に指を当て、俺の顔をじっと観察してきた。


「まず、笑うときはこれくらい」


 千華は自分の口の端をほんの少し上げた。

 声を出すほどじゃない、けれど優しさが滲むような淡い笑み。


「……ほら、あなたもやってみて」


「え、こ……こうか?」


「違う。歯を見せすぎ。いまのは“愛想笑いの営業マン”よ」


「例えがピンポイントに刺さる!!」


「口角は三ミリだけ上げるの。ほら」


 千華が俺の頬に指を添えて、軽く押し上げる。


「ひ、ひゃっ……!」


「動かないで。これくらいよ」


 距離近い。

 顔の距離が、完全に恋人が触れ合う距離だ。


 というか、中身は千華なのに俺の身体に触れてるという状況がもうややこしい。


(……近っ……! こんな距離、心臓もたねぇって……!)


 しかし千華は本気で教えようとしているのか、俺の反応には気づいていない……ように見える。


「はい、もう一度。笑うときの練習」


「こ、こう……か?」


「そう。それでいいわ」


 千華は満足そうに頷いた。


 その表情が、俺にはなぜかすごく嬉しかった。


「次は返事の仕方ね。“千華らしい返し”ってやつ」


「まだ続くの!?」


「当たり前でしょ。黒川千華を演じるっていうのは、総合芸術なのよ」


「芸術……!?」


「ほら、例えば“黒川さん今日の髪かわいいね”って言われたら?」


「えーと……『ありがとう』?」


「却下!」


「お前ほんと厳しいな!!」


「いい? 正解は……『そう? なら別にいいけど』よ」


「ながっ!!」


「ニュアンスが大事なのよ。“褒められて悪い気はしてないけど、特に興味はない”って言う絶妙なラインを狙ってるの」


「絶妙すぎるだろ!」


 でも正直、聞いているうちにあることに気づいた。


(千華って……こうやって必死に自分を保ってきたんだな)


 強いだけじゃない。

 誰より繊細で、誰より必死に“完璧”という盾を維持してきたんだ。


 そう思った瞬間――胸の奥がじわっと熱くなる。


「……なに黙ってんのよ」


「え、あ……いや、なんでもねぇよ」


「怪しいわね。なにか企んでるんでしょ」


「企んでねぇよ!」


「まあいいわ。それより――」


 千華はすっと目線をあげ、俺の方を見て笑った。


「あなた、さっきよりずっと“私っぽく”なってきたわね」


「ま、マジで?」


「ええ。本気で努力してるの、わかるから」


 その一言が――胸の奥に、やけにはっきり響いた。


(……そんなふうに言われると、もっと頑張りたくなるだろ)


 自分でも、自分の反応がよくわからない。


 ただ、千華が少しだけ微笑んでくれただけで――

 どうしようもなく嬉しくなる。


「じゃ、今日の講座はここまで。次は“声のトーン”を教えるわ」


「声!? まだあんのかよ!!」


「当たり前でしょ。黒川千華を守るためだもの」


「……守る、ね」


 その言葉だけで、なぜか胸が温かくなる。


 気づけば――ふたりの距離は、マンガみたいに自然と縮まっていた。


「じゃ、帰りましょうか」


「お、おう」


 並んで歩く足音が、前よりそろって聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ