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第33話 : “黒川千華キャラ維持講座”、地獄のようでちょっと楽しい

 廊下の隅に移動した俺たちは、敷地内とは思えないほど怪しい雰囲気で向かい合っていた。


「いい? まずは“黒川千華の歩き方”から練習するわよ」


「歩き方から!? そんな重要なのかよ」


「重要に決まってるでしょ。あなたの歩き方、がに股すぎて見てられないのよ」


「が、がに股!? うそだろ……?」


「嘘じゃないわ。ほら、やってみなさい」


 千華(秀次ボディ)は腕を組んで、モデルみたいにすっと背筋を伸ばす。


「背筋はこのくらい。肩を広げず、胸を張りすぎず、自然に。

 歩幅は小さめ。肘は振りすぎない」


「え、難易度高っ……!」


「大丈夫。あなたの中身は秀次でも、この身体は千華なんだから」


「論理めちゃくちゃだぞそれ!」


 しかし実際にやってみると――


「う、うわ……なんか、ぎこちない……」


「違う! そうじゃない!!」


 千華のダメ出しが飛ぶ。


「もっと軽く! もっと滑らかに! あぁもう……貸しなさい!」


「あっ!?」


 千華が俺の手首を掴み、横に並んで歩きながらペースを合わせる。


 その距離、30cm。

 歩くたびに肩が触れそうになる。


(え……近い……)


「ほら、合わせて。歩幅これくらい」


「お、おう……」


「そう。ほら、できてるじゃない」


 千華の表情が少し柔らかくなる。


(あ……褒められると嬉しい……)


 自分でもびっくりするくらい胸が温かくなる。


「次は“千華らしい返答テンプレ”よ」


「テンプレ!? キャラ作ってんのか千華!?」


「作ってない!! ただ……周りが求めてくるから、自分なりに調整してただけよ」


 千華は、少しだけ視線を落とした。


「……本当の私はそんなに強くないわよ。

 でも完璧に見られるから、最低限は合わせてるだけ」


「千華……」


「別に。そんな大した話じゃないわよ。

 とにかく、あなたもそれを覚えなさい」


 千華は指を三本立てて説明を続ける。


「ポイントは三つ。

 一、無駄に丁寧すぎない丁寧語。

 二、笑うときは小さく息を漏らすくらい。

 三、“ありがとう”と“ごめん”は滅多に言わない」


「三つ目なんか人としてどうなんだ……」


「言ったら負けな場面ってあるのよ」


「な、なるほど……?」


 千華は机を指でトントン叩きながら続ける。


「じゃあ、『プリント忘れたんだけど見せてくれない?』って言われたら?」


「えーと……『しょうがないな〜』?」


「違うわ!! 黒川千華はそんな軽いノリじゃない!!」


「む、むず……!」


「正解は、『いいけど、返してね』よ」


「そ、そんな微妙なライン攻めてんのか……!」


「ニュアンスが大事なのよ。

 “嫌じゃないけど、頼られすぎたくはない”っていう絶妙な距離感を出すの」


「奥深ぇ……!」


 そして――


「次。“男子に突然褒められたとき”は?」


「え……う、嬉しいです……?」


「違うわ!!」


「じゃあなんだよ!」


「『……別に』よ」


「あぁ〜〜! 今まで千華がよく言ってたやつ!!」


「そう。便利なのよ。

 意味をぼかせるし、照れ隠しにも使えるし、余計な期待もさせない」


「深ぇ……黒川千華というキャラ、深ぇ……!」


 気づけば俺はノートを取り出してメモしていた。


「歩き方……返し方……表情の癖……これ全部覚えんのか……?」


「全部よ」


「マジかよ……」


 だが不思議と、その作業が嫌ではなかった。


 千華が俺に教えるときの顔は、いつものクールな顔より少し柔らかい。

 怒っていても、呆れていても、どこか楽しそうですらある。


 ほんの少し距離が近くなった気がした。


「……なにニヤニヤしてるのよ」


「え? いや……なんでもねぇよ」


「気持ち悪いわね」


「おい!」


 言いあいながらも、どちらも笑っている。


(……なんか、これ)


 心のどこかで思う。


(ちょっとだけ……楽しいな)

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