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第30話 : 距離の近さに心臓が耐えられない

 包丁事件から数分。


 俺と千華(秀次ボディ)は、どうにか平静を装って調理を再開していた……と言いたいところだが。


(……無理だろこんなの)


 さっき手を重ねられた感触が、まだ指先に残ってる。

 あれは反則だ。近すぎる。人間の距離じゃない。


 千華の身体は綺麗だし肌もすべすべで、距離ゼロで触れられたら意識するに決まってる。


(落ち着け、落ち着け俺……)


 額に手を当てて気を取り直していると――


「ほら、次は味噌汁の出汁よ」


 千華(秀次ボディ)が淡々と説明してくれる。

 が、胸元の筋肉が動くたびに視界に入る。

 やめろ、俺の身体でそんな落ち着いた教師ムーブするな。


 千華は平然としているように見えるが、ほんのわずかに呼吸が浅い。


(……あれ? もしかして千華も緊張してる?)


 そんなわけないだろ、と自分に言い聞かせながら鍋をのぞき込む。


「じゃあ、具材入れるわよ。ほら」


「お、おう……」


 千華が横に並ぶと、また距離が近くなる。

 肩がふれる。

 袖が重なる。

 息をすれば、千華の呼吸がわずかに当たる。


(うわ……近い……!)


 千華も横目で俺を一度ちらっと見る。

 その視線がすぐ逸れたのに、頬がかすかに赤い。


(え、これ……俺だけじゃなくて千華も意識してる?)


 そんなはずないのに、そんなふうに見える。


「な、なんか味噌汁って簡単そうだよな」


「簡単だけど、油断するとすぐ失敗するのよ。ほら、味噌溶かすときは……」


 千華は俺の手に触れないように、しかし限界まで近い位置に立って手本を見せる。


 その微妙な距離が逆に心臓に悪い。


(……もういっそ触ってくれた方が楽なんじゃ……いやそれは困るけど!)


 頭が大混乱しながら鍋をかき混ぜていると、千華がふっと声を落とした。


「……さっきの」


「ん?」


「包丁のとき……本当に危なかったんだから」


「……あぁ」


 千華は鍋を見つめたまま続ける。


「あなた、無茶するタイプじゃないのに、どうしてあんなに手元が危なっかしいのよ」


「いや、普通に料理が苦手なだけだよ」


「……っ」


「不器用なのは昔からだし」


「でも――」


 そこで彼女の動きが止まる。


 続きの言葉を飲み込んだように、口を閉ざした。


「……お前?」


「……なんでもないわよ」


 だが、その横顔は明らかにさっきのことを引きずっていた。


(……そんなに心配してくれたのか?)


 胸にじんと温かいものが広がる。


 しばらくして、鍋の湯気がふわっと上がったとき――


「はい、味見してみて」


「お、おう」


 千華が味噌汁をすくって差し出す。

 その動作が自然すぎて、恋人に食べさせてもらうような錯覚すら覚えてしまう。


「ふぅ……あついから気をつけて」


「……!」


 なんだその優しい声。

 いつもの冷たさが少しだけ溶けた感じの……あれは反則だろ。


(やべぇ……耳まで熱い……)


 味噌汁は普通に美味しかった。

 でもそれより千華の距離と声のほうが刺激が強すぎて、味はあんまり覚えてない。


「……ど、どう?」


「あ、ああ……美味いよ」


「ふふ、でしょ。私の教え方がいいから」


「お前のせいじゃなくて俺の味覚の問題だろ!」


「はいはい、照れないの。可愛いわよ」


「照れてねぇ!」


 ……こういうテンポの掛け合いが、最近自然にできるようになった。

 前の千華なら絶対に微笑まなかったし、俺に冗談なんて言わなかった。


 今の千華は、時々笑う。

 時々怒る。

 そして、時々――近い。


(……おかしいよな。なんでこんなに距離近いんだ俺ら)


 けれど、そう思うたびに胸の奥が少しだけ熱くなる。


 それに名前をつける勇気は、まだなかった。

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