第27話 : 嫉妬の正体がまだわからない
男子たちのざわめきは、いつになく温かかった。
「田辺、前より話しやすくなったよな」
「最近ちょっと優しくなったっていうか、雰囲気いいよな」
「いい意味で“柔らかくなった”感じ?」
柔らかい。
それはもちろん“中身が千華なんだから”そうなるに決まっている。
でも、言われているのは俺の身体だ。
自分が褒められているわけじゃないのに、胸がざわっとする。
(なんか……複雑だな……)
遠くからその様子を見ていた“千華の身体の俺”は、妙に落ち着かない気持ちでいっぱいだった。
百歩譲って、俺が女子に囲まれるのは理解できる。
千華の身体はもともと人気だし。
でも――
(なんで千華の身体が褒められてんだよ……!)
中身は俺のはずなのに。
俺が褒められたわけじゃないのに。
でも胸がムズムズして、理由のわからない黒い感情が喉元まで上がってきた。
(……なんだ、この気持ち)
正体がわからない。
けれど目の前で、男子が千華(秀次ボディ)に軽く肩を叩いた瞬間――
「……っ」
思わず立ち上がりかけた。
千華(秀次ボディ)がこっちを振り返る。
「なにしてるのよ、急に立ち上がって」
「い、いや……別に!」
誤魔化す声が裏返る。
本当に俺は何をしているんだ。
「田辺ー、今日部活来れんの? なんか話したいことあってさ」
「あ、ああ……後で行くわ」
千華(秀次ボディ)は自然に答えている。
だけど俺は、そのやりとりを見るだけで胸がざわざわして仕方なかった。
(なんだよ……なんだよこれ……!)
嫉妬なんかじゃない。
そんなはずはない。
だって俺は――
(いや、でも……)
千華が誰かに好かれているような空気を見ると、どうしてこんなに落ち着かないんだ?
胸の奥がもわっと熱くなるのに、自分でも理由が理解できなかった。
昼休み。
屋上へ向かう階段で千華(秀次ボディ)がぼそっと言った。
「……さっきの男子たち」
「ん?」
「なんであんなにあなたに話しかけてたのよ」
「いや、知らねぇよ。俺に聞くな!」
「……っ、何その態度!」
睨んでくる千華。
でも、その頬はわずかに赤い。
「別にいいじゃない。あなたの身体なんだから、誰に褒められようと関係ないでしょ」
「か、関係……なくはないだろ」
「はぁ!? なんでよ!!」
千華の声がワントーン上がる。
階段の踊り場で、二人とも足を止めた。
「だって……千華が……」
「わ、私が?」
言いかけて、口をつぐむ。
言葉にしたら、とんでもないことになる気がした。
「……いや、なんでもねぇよ」
「なによそれ。気持ち悪いわね」
「気持ち悪いってひどくない!?」
「も、もう知らない!」
千華(秀次ボディ)はぷいっと顔を背けて歩き出す。
だが――その背中は、どこか落ち着きなく揺れていて。
(お互い……なんか変だよな)
俺も千華も、理由はわからないけれど、相手が誰かに褒められたり囲まれると、胸がざわつく。
友情でもない。
敵意でもない。
その正体を、まだ名前では呼べないまま。
教室に戻ると、再び女子グループが俺――千華ボディの俺――に近づいてきた。
「黒川さん放課後空いてる? みんなでプリ撮ろ〜!」
「最近ほんと綺麗になったよねー!」
うっ……!
さっきの悪夢再びか!!
(く、来るなー!! 俺は男だぁああ!!)
必死で逃げようとした瞬間。
「黒川は今日、生徒会の集まりがあるの。無理よ」
千華(秀次ボディ)が、またも俺の前に立って女子たちを阻止した。
「え、そうなの? 生徒会って忙しいんだね……」
「ごめんね。また今度ね」
女子たちは引き下がっていく。
俺はその場でへなへなと膝を折りそうになる。
「……また助けてくれたのか。ありがとな」
「べ、別に。見ててイラッとしただけよ」
「またイラッと?」
「そ、そうよ! あんたがモテるの、なんか……ムカつくのよ!」
「なんでムカつくんだよ!」
「知らないわよ!!」
知らない。
でも胸がむずがゆくて、理由が言えなくて。
その横顔には、まだ自分でも気づけていない“感情”が宿り始めていた。




