表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/40

第25話 : 影山の視線が落とす、微かな影

 体育館を離れたあとも、ふたりの間に流れる空気はどこかぎこちなかった。


 俺――千華の身体に入った秀次は、歩きながらこっそり手のひらを握ってみる。

 さっき触れた温度がまだ残っている気がして、変に落ち着かない。


(……やばい。マジでドキドキしてる)


 中身は男なのに、なんでこんなに揺さぶられているんだ。


 一方で、隣を歩く“秀次の身体の千華”は、制服の袖をつまんだまま俯いていた。


「……その、ね」


「ん?」


「さっきの……手のやつ……」


 小声。めちゃくちゃ小声。


「う、うん……」


「……ほんとに、事故だから」


「あ、ああ……わかってる」


 わかってる。わかってるけど――

 “心臓がぶっ壊れるほど跳ねた”のは事実だ。


「べ、別に……嬉しかったとかじゃないんだから」


「……」


「そ、そんな顔しないでよ!」


「いや、してねぇよ!」


「してるのよ!!」


 千華(秀次ボディ)は顔を真っ赤にして怒る。

 けどその怒り方が、まるで初デートで気持ちを隠そうとしてる女の子みたいで……

 いや、そもそも中身は千華なんだが、ここ数日の“距離感バグ”のせいで頭が混乱しっぱなしだ。


 ふと横を歩く彼女の姿が、やけに近く感じる。


(距離、近いよな……)


 入れ替わる前の千華は、こんな距離まで近づいてこなかった。

 声をかけるだけで睨まれたりもした。

 だけど今は、何かあるたびに俺の服の端をつまむようになって……

 その仕草が自然すぎて、たまに胸が痛くなる。


「ねぇ、秀次」


「ん?」


「……あんまり、優しくしないで」


「え?」


 不意に言われて、足が止まる。


 千華は視線を落としたまま、つぶやくように続けた。


「期待しちゃう、でしょ……」


「……」


 冗談でも、軽口でもない。

 胸に直接触れてくる、小さな本音だった。


「お、お前……」


「ち、違うのよ!? 変な意味じゃなくて、その……っ!」


 千華(秀次ボディ)は慌てて手を振る。


「あなた、いま私の身体を使ってるから、なんか……反応が変なの! 理屈じゃないの!」


「あ、ああ……そういう……?」


「そう! ほんとに……そうなのよ!」


 言いながら顔全体が真っ赤になっていく。

 その必死な言い訳が逆に可愛いというか――いや、可愛いってなんだ俺。


(これ、普通の男女なら完全に“意識してるやつ”じゃん……)


 だけど今の俺たちは、身体と心のバランスがめちゃくちゃで、どこに“本当”があるのかわからなくなる。


 そんな混乱を抱えたまま歩く道の先に、学校の裏門が見えた。


「じゃ、じゃあ今日はここまでね!」


「ああ」


 別れる前、千華(秀次ボディ)は何度も振り返った。

 まるで言いたいことが喉の奥につかえているみたいに。


「明日……写真の続き、見せてよね」


「わかった」


「……あの、髪……また直してくれてもいいし……」


「え?」


「な、なんでもないわ!! ば、ばい!!」


 バッと背を向けて走り去っていく。

 その背中は、急ぎ足なのに、どこかうれしそうで……

 見ているだけで胸の奥があったかくなる。


(あいつ……可愛すぎんか?)


 心臓の鼓動が落ち着くまでしばらく時間が必要だった。


 でも――そのあたたかさを切り裂くように、背筋をぞくりと冷やす視線があった。


 暗くなり始めた校舎の角。

 そこに、影山が立っていた。


 さっきとは違う。

 無表情でも、不機嫌でもない。


 ただ。

 **“観察している目”**だった。


 俺と千華のやりとりを、ひとつ残らず眺めていたような――そんな目。


(……なんだよ、あいつ)


 影山は口元だけで薄く笑い、歩き出した。


 その笑みには優しさも怒りもない。

 あるのは、もっと別の何か――

 目的のような、計画のような、そんな影の気配。


 胸の奥がざわつく。


(嫌な予感しかしねぇ……)


 距離感バグで甘くなる二人の関係とは裏腹に、

 影山の影だけが、ゆっくりと濃くなり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ