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第24話 : 体育館へ提出しに行くだけなのに距離感がおかしい

 影山の視線が遠ざかっていくのを見送ったあとも、胸のざわつきはなかなか消えなかった。


 千華(秀次ボディ)が深く息をつく。


「……ま、いいわ。提出だけさっさと済ませましょ」


「そうだな」


 歩き出すと、廊下の窓から夕焼けが差し込んで、千華の身体に宿る影がすっと伸びた。

 ふと横を見ると、千華(秀次ボディ)はいつもより歩幅が遅い。


「なぁ、千華。さっきの影山のこと、気にしてんのか?」


「……別に」


 返事はすぐだった。でも目は合わせてくれない。


「別に、って顔じゃねぇぞ」


「うるさい。……あなたの顔が緩みすぎてるからよ」


「は? 緩んでないし!」


「写真見てニヤニヤしてた人が何を言ってるのかしら?」


「いやあれは……! 俺じゃなくて千華の顔が……!」


「それがニヤニヤの理由なのよ!」


 言い争いしてるみたいなのに、どうしてだろう。

 胸の奥がふわっと温かくて、どちらも笑いを堪えきれていない。


 体育館に近づくと、クラスメイトたちの話し声が聞こえてきた。


「えーこれが黒川? やば、誰かのアイドル写真かと思った!」


「加工なしでこの仕上がりって……生きててごめんなさいって感じ」


「黒川って普段澄ましてるけど、体育祭すごい可愛いじゃん」


 ……あの、全部俺のせいじゃないですかね?

 いや、中身俺だから普段よりぎこちなかったのかもしれない。


「なにこれ、私の知らないところで勝手に評価されてる……」


 千華(秀次ボディ)が頬をひきつらせる。


「まぁ、悪い気はしてないんだろ?」


「……気は、してないわよ。少しだけね」


 ほんの一瞬だけ、照れくさそうに笑う。“中身”が千華だからこそ浮かぶ柔らかい笑顔だった。


「提出はここでいいんだってさ」と俺。


「ええっと、これで終わり……っと」


 千華(秀次ボディ)が写真フォルダを体育委員に見せる。

 委員が目を丸くした。


「黒川さん、めっちゃ写ってるじゃん! てか全部可愛い……」


「へ、へぇ……? そ、そう?」


 中身秀次のリアクションが完全に“照れた女の子”で、俺は噴き出しそうになる。


「お前、声裏返ってんぞ」


「裏返してないっ!!」


 体育館の壁がピンと響くほどの声だった。


「ほら、提出終わったなら行くわよ!」


 千華(秀次ボディ)は俺の手首をつかみ、引っ張るように歩き出す。


「ちょ、おい!? 手……!」


「うるさい、早く!」


 振りほどこうとした瞬間――


 千華の指がすべり、俺の手のひらと絡むように重なった。


「——っ」


「っ……!」


 二人とも固まる。


 見間違いようのない、“恋人同士の手の繋ぎ方”だった。


 慌てて離すのに、心臓の音はまるで跳ねるボールみたいに止まらない。


「い、今のは……!」


「ち、違うのよ! これはその……っ、事故!!」


「わ、わかってる……!」


 だけど。


 触れた手の温度は、しばらくの間、消えてくれなかった。


 千華(秀次ボディ)は顔を真っ赤にして俺から距離を取る。


「あんたが、変に優しいから……こうなるのよ……!」


「な、なんで俺のせいなんだよ!」


「理由なんてないわよ! なんかその……!」


 言葉が続かない。

 いつもは強気な千華の声が、少し震えている。


 体育館から出る通路の窓には、夕日が差し込んで、その光が千華の頬を赤く染めていた。


「……ねぇ」


 急に千華が足を止め、振り返った。


「さっきの髪……ありがと」


「えっ」


「……あなたが、丁寧に触ってくれたのが、なんか……変に嬉しかったから」


 いたずらじゃない、素直で優しい声だった。


 胸がぎゅっとつまる。


「俺も……嬉しかったよ」


 顔が熱くて、うまく前を向けなかった。


 その瞬間、体育館の二階の影に誰かが立っているのが見えた。


 影山だ。


 いつの間にそこへ?


 彼は手すりに寄りかかりながら、じっと俺たちを見下ろしていた。

 怒っているわけでも笑っているわけでもない。

 ただ、何か深く考えているような、硬い目。


「……っ、千華。行こ」


「え、ええ」


 俺たちは小走りで体育館を離れた。


 振り返ると、影山の姿はもう見えなかった。


 だけど、心のざわつきだけは――なぜかそこに残ったままだった。

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