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第22話 : “口調逆流”事件②:秀次ボディの千華に姫ムーブが発動

 翌朝。

 教室に入った瞬間から、田辺秀次――の身体を借りた千華は、すでに“いつもと違う空気”をまとっていた。


 当の本人は、まったく自覚がない。


 水筒を机に置くとき。

 ペットボトルを飲むとき。

 席を立つとき。

 プリントを受け取るとき。


 その一つひとつが――


 やたらと丁寧で、やたらとしとやかだった。


 


 たとえば、席を立つとき。


「……失礼します」


 小さな声とともに、

 背筋を伸ばしてすっと立ち上がり、深くお辞儀。

 両手で教科書を抱え、そろりと歩き出す。


 その一連の所作を、

 男子たちはぽかんと目で追った。


「……おい田辺、なんか今日、礼儀正しくね?」

「動きが……やけに綺麗じゃね?」

「“しとやかムーブ”っていうか……普通に怖いんだけど」


(こ、怖いってなによ!? 何もしてないわよ!!)


 心の中で叫びながらも、

 外側の仕草は“女子高生モードのまま”止まらない。


(やば……私、普段の女子モードが素で出てる……?

 ダメでしょこれ、今は男子として振る舞わないと……!)


 慌てて「男子っぽく」ペットボトルを掴もうとした――その瞬間。


 両手で、そっと包み込むように持ってしまった。


「んっ……」


(やってるーーーーー!!!!!)


 自分の手つきに、自分でツッコミを入れる。


(なんで!? なんで女子の癖が勝手に出るのよ!?

 この身体のせい? いや中身は私よ!? どっちの影響なのこれ!!)


 内心は大混乱なのに、

 顔は“控えめで柔らかい微笑み”になっているのがさらにタチが悪い。


「今日の田辺……なんか柔らかくね?」

「声も丁寧じゃね? 『おはようございます』とか言ってたし」

「昨日まで“あーだりぃ”とか言ってたのに」


(“だりぃ”なんて言った覚えないわよ!! それ全部秀次のせい!!)


 千華は心の中で、

 全てを秀次に責任転嫁した。



 体育の時間。


 準備運動までは、なんとか“普通の男子”を演じ切った。

 問題は、そのあとだった。


「よーい――」


(よし、今日は転ばない……! 絶対に……)


「どん!」


「――っ!?」


 スタートから数秒。

 つま先が微妙にもつれた。


 ドンッ。


 派手に前のめりに転ぶ。


「田辺!?」「またかよ!? 今日二回目だぞ!?」


 クラスが一斉に駆け寄る中、

 千華は膝を押さえ、小さな声を漏らした。


「……いた……」


 それは、

 男子というより“頼りない年下の女の子”みたいな、控えめすぎる痛がり方だった。


「……え、今の聞いた?」

「“いた……”って……声、可愛すぎんだろ」

「今日の田辺、妙に“守ってあげたい男子”になってね?」

「おいおい……田辺で萌え発生は聞いてねぇぞ」


(やめてええええええええ!!!

 私は可愛くない!! これは事故!! 事故です!!

 元の私は女子だからこうなってるだけで!! 誰も悪くないけど私が死ぬ!!)


 膝は確かに痛いのに、それ以上に胸が痛い。


(こ、これじゃ本当に“可愛い男子”じゃない……!

 私、そんなキャラで生きてきてない……!)




 心配した女子グループも駆け寄ってくる。


「田辺くん、大丈夫? さっきの『いた……』、マジで反則だったんだけど」

「分かる。あの声ちょっと甘すぎるよね」

「今日の田辺くん、なんか……千華ちゃんより可愛い瞬間ない?」


(出たあああああああ!!

 千華ちゃんより可愛いってなに!? 私本人よ!?

 元データこっちなのに派生キャラに負けてるみたいじゃない!!)


 顔が一気に熱くなる。


「だ、大丈夫だから……ほら、続けよ……?」


 思わず周りを気遣った一言を添えてしまう。


 その優しさがまた評判を加速させた。


「田辺……今日やたら優しくね?」

「雰囲気が全体的に柔らかいんだよなぁ」

「てか……こっちの路線もアリじゃね?」


(アリじゃない!! 私のメンタルが死ぬからナシ!!)




 夕暮れの神社。

 今日も“二人の秘密基地”に並んで座る。


 ベンチに腰掛けた瞬間から、

 秀次(千華ボディ)は肩を震わせていた。


「……っ、く、ふ……あはははは!!」


「笑いすぎよ!!」


「だってよ、お前……

 ペットボトル両手で持って、“いた……”って……

 クラスの男子半分くらい、お前に萌えてたからな!?」


「萌えないでよ!!!」


 千華(秀次ボディ)の顔は、耳まで真っ赤だ。


「女子まで言ってたじゃん。

 『田辺くん、今日妙に可愛い』ってさぁ……」


「聞こえてたわよ!! 忘れようとしてたのに思い出させないで!!」


「いやぁ〜〜〜今日の田辺、マジで“姫ムーブ”だったわ」


「姫じゃない!! 私は!!」


 地団駄まで踏んでしまう。

 その仕草すら、どこか可愛いのがまたムカつく。


(なんで……なんで私の仕草が……身体が勝手に……

 これ、本当に“この身体のクセ”や“環境”に引っ張られてる?

 それとも……私の中身も、少しずつ変わってきてる……?)


 ふと、声が少しだけ弱くなる。


「……仕草、戻せると思う?」


 秀次は、空を見上げながら肩をすくめた。


「さぁな。

 俺だって、“よっす”とか“だりぃ”封印されてんだぞ。

 お互い……ちょっとずつ、相手に引っ張られてんじゃねぇの?」


「それは困るの!!」


「可愛いのに?」


「言うなって言ってるでしょおおお!!」


 再び境内に響く悲鳴。

 けれど、その声の端は、ほんの少しだけ楽しそうだった。




「……まあ、一応気をつけるよ」

 秀次が、ぽつりと言う。


「口調も、仕草も。

 お前の身体だしさ。変に思われたら困るだろ」


「……うん。

 ありがと。

 あんた、ちゃんと言えば直そうとするのよね……

 そういうところ、ほんと優しいわ」


「や、やめろよ……照れるだろ……」


「ほら、すぐ照れる。女子」


「男子だわ!!」


 二人同時に笑い声を上げる。


 何度も、何度も、

 こうして笑い合う時間が増えていく。


 


 帰り際。

 ふと、千華が小さくつぶやいた。


「……ねぇ」


「ん?」


「もしさ。

 このまま“中身が外見に負けて”いったら――

 本当に、元に戻れるのかなって……ちょっと思った」


 その横顔は、

 冗談みたいに軽く言ったくせに、本気で怯えているようにも見えた。


 秀次は、言葉を選べず口を閉ざす。


(戻れる……よな。

 ちゃんと、元に戻る……よな……?)


 神社の灯りが、

 揺れる影だけを静かに映し出す。


 ――笑い声と一緒に、

 ――小さな不安も、少しずつ積もっていく。


 入れ替わり現象は、

 ふたりの“心の癖”にまで、静かに影響を広げ始めていた。

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