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第1話 逃げ場ゼロ、神社での遭遇と“願い”の暴発

 夕暮れの住宅街を、俺はただ無我夢中で走っていた。


 アスファルトを叩く足音が痛みとなって膝へ跳ね返り、

 肺は焼けるように熱い。視界までじんじんと滲む。


(止まれない……止まったら終わる……!)


「おい待てって言ってんだろ!!

 財布置いてけやコラ!!」


 怒号が背後から突き刺さる。


 放課後、コンビニで肉まんを買った帰り――

 ただそれだけだったのに、黒いパーカーの三人組に絡まれた。

 意味なんてない。ただ弱そうな俺が狙われただけだ。


(やばい、脚が限界……!)


 角を曲がった瞬間、視界の隅に“それ”が立っていた。


 土色にくすんだ鳥居。

 夕陽に沈む細い参道。

 街の中にひっそり取り残された、誰も寄りつかない旧い神社。


(……神社?)


 考えるより先に体が飛び込んでいた。

 鳥居を抜け、敷石を蹴る。空気が変わる。


 街の喧騒がすうっと遠ざかり、風の音だけが鮮明になる。

 ここだけ世界の外に切り離されたみたいだ。


「どこか……隠れねぇと……!」


 荒い息を押し殺した瞬間――別の足音が駆け込んできた。


 振り返った俺は、呼吸も忘れて固まった。


「……は?」


 夕焼けの光を受けて影を揺らしながら、

 制服姿の少女が参道を駆け上がってきたのだ。


 黒川千華。


 うちの学校――いや、この街の誰もが知る完璧美少女。


 整った顔立ち。冷静な物腰。天上の存在みたいな子。


 その千華が、乱れた髪と息を震わせながら、

 俺と同じように“追われている”顔で飛び込んできた。


「なんで……お前……!?」


 声が裏返る。

 千華も、俺を見て目を見開いた。


「なんでアンタがここに……!?」


 二人とも状況が飲み込めない。

 しかし外から響く怒鳴り声が、その余裕を奪った。


「うわ、こっちにも足跡あんじゃん!」


「逃がすな!!」


 同時に俺と千華は顔を見合わせた。


 その瞳に宿っていたのは――同じ恐怖だった。


「……こっち来て!」


 千華が俺の袖を掴む。驚くほど強い。

 拝殿の影に身体を滑り込ませた瞬間、距離は一気にゼロ。


 息が触れそう。心臓の音まで聞こえそう。


「お前……なんで追われて……」


 問いかけると、千華は震える肩を押さえ、目を伏せた。


「……来るしかなかったの。ここに」


 恐怖だけじゃない。

 “何かから逃げ続けている人間”の声だった。


 その時――


「ちかぁ? どこ行ったの~?」


 聞き慣れた声が境内へ入り込んできた。


 千華の身体がびくり、と跳ねる。


(影山……信平?)


 学校一の人気者。

 成績優秀、運動神経抜群、爽やかで人望もある。

 教師からの信頼も厚い、完璧な男子。


 だが千華の反応は常軌を逸していた。

 まるで、声だけで凍りつくみたいに。


(なんで……そんなに怯える……?)


 疑問が渦巻く。

 しかし、その暇はなかった。


(見つかったら終わる。マジで……!)


 俺は必死に目を閉じ、心の中で縋りつく。


(頼む……誰でもいい……!

 助けてくれ……! 俺を……千華を……頼む……!!)


 その瞬間だった。


 足元の砂利が、ふ、と浮いたように動いた。


 千華が息を呑む。


 次の刹那――

 社殿から淡い蒼白の光がふわりと溢れ出し、

 境内全体を包み込んだ。


「な、にこれ……秀次……!」


「し、知らねぇよ……!」


 風が止まり、音が消えた。

 景色が水面みたいに揺らぎ、世界が歪む。


 耳の奥で、誰かが囁いた。


――“願い、受理。転送を開始する”――


 機械でも、人間でもない声。


 意味を理解した瞬間、意識がぶつりと途切れた。


 光の海へ落ちていくような感覚。


 底なしの闇へ吸い込まれ――

 すべてが完全に切り離される。


 最後に聞こえたのは、千華の小さな叫びだった。


 そして。


 この時まだ誰も知らなかった。


 ここから二人の人生が、

 “元に戻れないほど狂い始めた”ということを。

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