寝ぼけた幼馴染に指を咥えられたら、“結婚フラグ”が立った件
気がつくと――
俺の右手の指4本が、幼馴染の柚希に甘噛みされていた。
寝ぼけたまま、もぐもぐと咥えて、口の中で俺の指を舐め回すように動かしてくる。
……なにこれ。どういう状況?
ーーー
日曜の今日は、明日から始まる期末テストの為、必死に勉強していた。
そんな時、柚希が顔を見せにきた。
「やっほー。唯人くーん。
一緒に勉強しに来たよー。
2人の方が効率上がるでしょ?」
そんな事を言う柚希に勿論OKし、
俺の机で2人でテスト勉強をしていた。
柚希が「う~…ちょっと休憩するね~…」と、開始30分でベッドに横になった。早すぎるだろ。
しばらくして柚希の声が聞こえないなと振り返ると、
彼女はベッドの上で寝息をかいていた。
仕方のないやつだ…そう思いながら、
薄いタオルケットを彼女にかけ、勉強へ戻ろうとした。
だが、寝ている柚希の顔が何だか微笑ましく見えて、
ついそっと頭を何度か撫でた。
――すると、
(パクリッ)
ちょうど頭から手を放そうとした時に突然柚希の頭が少し起き上がり、
指をパクリと咥えられてしまった。
そうだった…柚希は寝ている時、口をもぐもぐする癖があるんだった…
迂闊だった…
そんな自分の愚かさを嘆きながら動く事も出来ず、
指を咥えられてから10分経ち現在にいたる――
「すぅ……すぅ……」
柚希は規則正しい寝息を立てているが俺は困り果ててしまっていた。
軽い力で抜こうとは何度も試みたが、指を抜こうとすると柚希の甘噛みが強くなりぬけない。
強引に指を抜こうものなら彼女の歯を痛める恐れがある。
……八方塞がりだ。
「もご……もご……」
柚希の口がゆっくりともぐもぐ動く。
「………ッ」
彼女がもぐもぐと口を動かすたびに、舌のざらつきや唾液がじわじわと俺の指に馴染んでくる。
……変な罪悪感が込み上げてきて、俺はますます身動きが取れなくなった。
ど、どうすればいい…!
もう10分以上経ってる。
このままじゃ、柚希が目を覚ました時、パニックになるのは間違いない…!
俺は覚悟を決め、少しだけ強めに指を引き抜こうとした――その瞬間。
「……がぶっ……」
「…ッ!?」
指の付け根に、やや強めの歯の感触が走る。
柔らかいはずの甘噛みが、少しだけ力を増していた。
痛みはない。でも、確かに刻まれるような感覚だった。
…まるで、
「まだ行かないで」と言われたような気がして…
……本当に困ったもんだ。
そんな事を考えていると――
「……ゆぃ…と…くん……」
俺を呼ぶ、寝言ともつかない微かな声が耳に届いた。
「…いっひょに…あんまん…食べられて…うれしい…なぁ……」
頬を緩めながら、彼女はどこか夢の中で、俺と好物のあんまんを食べている様だ。
甘噛みされたままの指先から、そのぬくもりがじんわりと伝わってくる。
「…ふふ……こうして……ずっと…ずぅーっと…いっひょに…あんまん……食べて…たい……ね……」
「………」
その言葉を聞いた瞬間、ほんのりと胸が熱くなった。
まるで彼女の願いごとを偶然拾ってしまったような、不思議な気持ちだった。
……それと同時に、
こんなにも無防備な心を俺が触れてしまっていいのかと思い、
少しだけ申し訳ない気持ちになる。
…仕方がない…起きる気配もなさそうだし、柚希を起こすか…
そう思った時だった。
「…ん……あれぇ?…ゆいと…くん…?」
柚希の目がゆっくりと開いた。
「…あ…私…いつの間に…れて…」
彼女が目を開き起き上がろうとした時、自分の状態に気づく。
「…え…? 私…ゆいとくんの指…咥えて……」
柚希は俺の指を咥えている事に気づくと段々顔が紅潮していき…
「え、えええ!? な、なんで!? なんでぇ!?」
彼女は慌てて俺の指を口から吐き出すと動揺した声を精一杯上げた。
「ゆ、ゆいと…くん……?
…これ…ど、どういうこと…?」
彼女は今にも泣きだしそうな顔で顔を真っ赤にしてしまう。
「ゆ、柚希…すまない、実はな…」
俺は事の経緯を説明した。
「ご、ご、ごめんなさい!!!
わ、私…昔から口の中をもぐもぐするのが癖で…!
そ、それで…唯人くんに、こんな真似を…!
ほ、ほ、本当にごめん!!!!!!」
彼女は思い切り頭を下げて詫びる。
「いや、別に大丈夫だから柚希!
俺も気にしてないし!
もとはと言えば、勝手に頭を撫でた俺が悪いんだし!!」
何度も頭を下げて詫びる柚希にこちらの方が申し訳ない気持ちになってしまう。
「そ、そ、そんな事言ったって…10分以上もずっと指を口の中でもぐもぐされるなんて…
あぁ…!! ほんとにごめん!!
唯人くんに気持ち悪い真似しちゃってごめんなさい!!」
「あ、いや大丈夫だから!
別に気持ち悪くなかったから!
むしろ気持ち良かったぐらいだから!
………
あ…いや……」
…俺は何度も謝る柚希に動揺して、つい余計なことを言ってしまった。
本音だったとはいえ――これは墓穴を掘ったかもしれない。
……終わった。
「…あ…そ…そうなんだ…気持ち…良かった…んだ…
………
そ、それじゃあ嫌じゃなかったの!?
ほ、本当に嫌じゃなかったんだよね!?」
ドン引きされるかと思いきや、何故か柚希からは嫌だったかどうかを聞かれた。
顔の赤らみも消え、真剣な表情だったので俺は素直に答えた。
「…嫌ではなかった。
それは間違いない」
そう俺が言うと――
「よ、良かった…ホントに良かったなぁ…」
彼女は今にも泣きそうな顔で喜んだ。
「じ、実は私…子供の頃に同じベッドで妹と揃って寝てた時、
無意識に妹の指を咥えてもぐもぐする癖があって…
それで…妹からは、すっごく嫌がられたんだ…
だから…正直コンプレックスだったんだよ…」
「……そうだったのか」
俺は面白い癖ぐらいに捉えていたが、
彼女にとっては深刻な悩みだったようだ。
「でも…これで安心したよ…
唯人くんみたいに嫌がらない人もいるんだって…」
彼女は心底安堵した表情で告げた。
事実、別に嫌ではなかったのは本音だ。
これで彼女のコンプレックスが軽減できたのならば、
むしろ今日の出来事は良かったのかもしれない。
「まあ、俺も柚希が少しでも安心してくれたようで良かったよ。
俺みたいに別段気にしない人もいるからさ」
「うん!本当に良かった!!
これなら将来、唯人くんと同じベッドで寝ても嫌がられないのが分かったし!!」
柚希は満面の笑みでそう答えた。
だが、その笑みは固まり徐々に顔がどんどん赤らんでいく――
「…あ…いや…その…今の発言は…つまり…あの…えと……
な、なんでもないからぁ!!
べ、勉強の続きは自宅でやるからぁ!!」
彼女は首元まで赤くした顔で俺の部屋を出ていき、走り去っていった。
「………」
俺の指にはまだ柚希の体温と、甘噛みの痕が残っている。
……あの温もりが、まだ指先に残っている。
それだけで、彼女が少しだけ“特別”に思えてしまうんだから――
本当に、困ったもんだ。
-終-
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