【短編】ツンデレ男子と小悪魔女子のあまあま疑似恋愛旅!
──こやつさえ居なければ、我の旅はどれほど自由で楽しく満喫できていたことか。
我はふと、そんなことを考えていた。
我の名前はエターナル・ブラック。ある者からは厨二病染みた名前だと言われたが、それに関しては仕方がないと言わざるを得ないだろう。
と言うよりも我は今、最悪な状況に陥っている。
「よしよし〜」
……こやつの名前はエターナル・ホワイト。髪と瞳、リボン、さらにはジャケットやブーツに至るまで、そこら中が白で埋め尽くされた少女だ。
こやつを少女と呼んでいいのかは、定かではないがな。
その少女に頭を撫でられている。これこそ、最悪な状況。
くっ……実に屈辱的である。なぜよりによって、こやつごときに我が撫でられねばならぬのだ。
「んっ……やめ……」
意に反して声が漏れてしまう。なぜだ……?!
「なんでー?」
「我に、気安く……触れるな……ッ!」
我は最強の旅人。こんなもの、我のプライドが許さぬのである。
にしても、こやつは撫でるのが上手すぎるッ。
そのせいか、我は拒絶の言葉を絞り出すが、彼女の指先が我を撫でるたびに脳の奥にふわ、と甘いものが落ちる。
「ふふ。ブラック〜、顔真っ赤にしちゃってどうしたの?」
分かってやっているな、この小悪魔が!
今の状況を理解しているのか。ベッドの上で女の子座りをしている男が、同い年の女に撫でられているのだぞ?!
屈辱で顔が染まるに決まっているだろうが。
それと、そのニヤニヤ顔をやめろ。そう思ったが、撫でられたことによる快感──オホン。なわけない。冗談、嘘、フリだ。……屈辱で声が出なかった。
なぜ、このような最悪の状況に陥ったのか。少し時は遡る。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「ねぇねぇ、ブラック。次はどこへ行く?」
ホワイトが前に出て、実に楽しそうに言った。愉快なやつだ。
にしても、本当に白で埋め尽くされている。ホワイトは名の通り、白が好きなのだ。
かく言う我も、黒が好きなゆえ、黒を基調とした服装だが。ある意味では、似た者同士であろう。
我はホワイトに答えてやる。
「……今の時刻を知っているのか」
「え?十二時半」
「我は空腹なのだが、貴様は大丈夫なのか?」
「うーん。確かに、お腹空いたかも!」
ホワイトは明るく返す。側から見れば、ただの元気な娘だ。
しかし、こやつはいつも我をからかい、いじめてくる。我は異世界を旅する旅人であり、戦闘・知能ともに最強を自負している。
なのだが、我の唯一の弱点──いや、違う。断じて違う。弱点ではなく、少々苦手なのがホワイト、こやつである。
先ほど言った通り、こやつは我をいつもからかう。はぁ。だからこそ、嫌なのだ。
名字も、誕生日も一緒。だが、恋人なんかではない。ましてや家族、友達でもない。だからこそ、この関係は歪̀ん̀で̀い̀る̀。
我はそう思う。こやつのことをなんて思っているのか。そう問われたら、我は一体、何と答えるのが正解なのだろう。
まぁ、いい。
「なら、近くにホテルがあったはずだ。そこで部屋を取り、食事と寝床を確保しよう」
「分かった〜」
「こっちだ」
今はまだ大人しいため、側から見れば可愛らしい少女にすぎないのであろう。さまざまな世界を旅してきて、散々、可愛いと言われてきたホワイト。
全くもって分からん。一体、どこが可愛らしいと言うのか。我にとっては旅の邪魔にしか思えぬ。
事あるごとに、我にイタズラをするのだ。可愛さの欠片もない。鬱陶しいだけである。
確かに、こやつの容姿は整っている。逆に言えば、整っているだけだ。皆がこの真の性格を知らないだけで、知ったら興醒めするに違いない。
そんなことを思いながら、我はホワイトを連れていく。
大通りに出ると、少し先に巨大な建物があった。あれが、例のホテルである。予約はしてあるのか、だと?当たり前であろう。我を誰だと思っているのだ。
我は最強の旅人。準備も完璧だ。ホワイトがどうせ何も考えずに旅をすると思って、予約を取っておいた。フン。さすがは我。
「あれ?」
ホワイトが指差して、ホテルを見上げる。
「そうだ。貴様は何も考えずに、旅をするなどと阿保なことを言うから我が予約を取っておいた。感謝しろ」
「むぅ。失礼だなぁ。僕は君が居たのと、君̀の̀旅だから任せたんだよ?でも、ふふ。ありがとう、ブラック」
「……フン。邪魔者が。感謝の意が足りぬ」
「あはは!照れてる」
「は?照れておらぬわ!!」
勘違いも甚だしい。すぐにそうやって、嘘をつくのだ。我が貴様ごときに感謝されて、照れるわけがないだろう!
そう、するわけがないのだ。だというのに、なぜこやつはニヤニヤ笑っている。思わず、視線を逸らしてしまった。
「ふふっ。お腹空いたし、早く行こ!」
そう言うや否や、ホワイトは躊躇なく我の手を掴んで駆け出してゆく。
「──ふざけるなッ!……おい!」
この我の手を当然のように掴むとは!しかも、指まで絡めているッ?!
──ドクン、ドクン。
ッチ。ドクンじゃないッ。不快なほどに、鼓動がうるさい。理由は分からない。だが、そんな音が我から出るとは到底思えぬ。
……きっと、勘違いだ。我は疲れているのだな。そうに決まっている。
まるで自己暗示をかけるのが如く、そう心で呟く。
そのまま我はホワイトに手を引っ張られながら、ホテルに向かっていった。全く、少しは落ち着け。はしゃぐ必要はないというのに。
子どもか?本当に身勝手だな。……それにしても、身体が熱い。こやつに手を握られているからに違いない。
今すぐ手を離せと言いたいが、この状況じゃ言えん。まさか、これを狙っていたのか?狡いやつめ。
周りを見てみろ。我たちに注目しているではないか!
「着いたね!」
こやつが羨ましく思えてきた。この我の苦労も知らず、呑気に楽しそうにしやがって。
ホテルの玄関前に到着した瞬間、我はホワイトに向かって叫んだ。
「いい加減にしろ!!」
「どうして?急がないと、ご飯なくなっちゃうかもよ?」
「そんなわけないだろうッ!ホテルに限らず、ビュッフェは料理がなくなったらまた追加するんだ」
「うーん。確かにそうだけど、食材には限りがあるでしょ?ブラックが好きなスイーツがなくなっちゃうかもよ?」
「ッ。……まぁ、貴様がどうしても急いで食べたいのなら、仕方ない。我はどうでもいいが、急いで行くぞ。さっきのは、この我の優しさに免じて許してやろう」
別に、我は特段スイーツが好きだとかそういうわけではない。が、口直しとして食後には食べる。必ず、欠かさずにな。
もう一度言うが、好きではないぞ。
我が言うと、何を思ったのか、ホワイトは笑い出した。
「ふふ。ブラックは本当に甘党だねぇ〜」
「はぁ?」
何をどう勘違いしたらそうなるんだ。我がスイーツを食べたいがゆえに、貴様のことを許したとでも思ったのか。
その勘違い癖のせいで、我は今まで勝手な偏見を抱かれてきた。ツンデレだの、甘党だの、あまつさえ──ホワイトのことがす…………とにかく、酷く我は苦労してきたのだ。
今こうして、こやつに甘党と呼ばれているように。
というよりも、さっさと手を離せ!
「我は別に甘党ではない。それより、さっさと手を離せッ」
「ブラック、僕のこと嫌いになったの……?そんなに、手を繋がれるの嫌だったんだ。ごめんね……グスッ」
は、はぁ?!いやいやいや、なぜ急に泣き出しそうになる?!我が悪いのか……?
「別にそんなつもりは……」
「じゃあ、僕のこと好きってこと?本当は手を繋がれて嬉しいんだ」
──こやつッッ!!!
「な……っ」
「へへっ。そうかーそうかー。ブラックは僕のことが好きなのかぁ」
「ぐぬぬッ……!なわけないだろッ!!!」
我が怒りのこもった睨みをホワイトの瞳に突き刺してやると、イタズラっぽく笑い、「てへっ」と言った。
舐めているな、こやつ。我がいつまでも大人しくやられていると思ったら大間違いだぞ。今に見ていろ。きっと後悔するからな。
「ブラック、そろそろ入ろうよ」
「貴様のせいで、遅れているんだ!」
「ほらほらー、早くー」
だから、手を離せって!
こやつ、耳が腐っているんじゃないのか?耳はアクセサリーじゃないぞ。二日置いたチーズよりも酷い。いや、もはやチーズに謝ってほしい。
「はぁ……」
いまだに身体が熱い。今は春だぞ?異常気象か?まぁ、いい。ホテルに入ったら、空調が効いている。少しは涼めるだろう。
我はホワイトにまたもや引っ張られながら、魔法自動ドアをくぐり、受付へと向かった。
カウンターの内側に立つ受付の者に声をかける。
「いらっしゃいませ。ご宿泊のご予約でございますか?」
「いや、予約はしてある」
「失礼いたしました。ご予約のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ブラックだ。エターナル・ブラック」
名を告げると、受付は手元のリストに目を落とした。どうやら名前を見つけたらしい。ペンでスラッシュを引き、こちらに顔を上げて言う。
「確認が取れました。お部屋は015号室です」
「感謝しよう」
鍵を受け取り、部屋に行こうとしたそのとき、再び受付から声をかけられ、思わぬことを聞かれる。
「申し訳ございません。ご説明が漏れておりました。当方の手違いにより2部屋ご用意しておりましたが、すでに1部屋にさせていただいております。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「は、は??」
いや、何を言っているのだ?2部屋で合っているぞ?!
「いや、あのな。2部屋で問題ないぞ?」
「え……。あの、恐れ入りますが、恋人同士ですよね……?」
ん???え?は?
というか、こやつ。急に素を出してきやがったな。
「当ホテルは、恋人さんは1部屋でのご予約が原則でして。お2人様は付き合っておられるのですよね?」
「違うわ!」
「ですが、お手をずっと……」
「うっ……これは違くてな」
ほら見ろ。言った通り、ホワイトのせいで、我はいつも勘違いされる。
全くもって図々しい。本当に離せ。ホワイトは満足げに満面の笑みを浮かべていた。一回、滅ぼしてやりたい……っ。
「いえ、違わないです。015号室ですね。分かりました〜」
「頑張ってください!応援してますよ!」
ボソッと何を言っている。
「ありがとうございます!」
ホワイトは受付に手を振り、部屋へと向かっていく。我は、繋いでいる手を振り払った。その瞬間に、ホワイトは不機嫌そうな顔をする。
「ねぇーぇー」
「フン。我に気安く触れるなど、本来なら万死に値するのだ。長時間触れれたことに感謝するのだな」
「……一緒にお風呂入るの強制ね」
ぷい、とそっぽを向いて力強く、まるで確定事項かのように彼女は言った。絶対的な意志の硬さを感じる。
……まずいことになった。ホワイトがそれをやると決めたら、絶対にやってしまうのだ。つまり、今回の場合は我と一緒に風呂に入ろうとしている。
絶対に嫌である。こやつと風呂に入るなら、死んだ方がマシだッ。
「絶対に嫌だッ!」
「……」
こやつ、無視だと?!まさか、何を言っても聞く気はないのか?!終わった……
ホワイトがこの状況であれば、温泉には入らせてもらえず、自室の風呂に入れと言うだろう。
しかし、その風呂に入ってしまえば、ホワイトが入ってくる。詰みだ。
なら、1日ぐらい風呂に入らなければいい、だと?ふざけるな。体や髪の毛の汚れや皮脂が蓄積して、不快な臭いやかゆみ、肌荒れの原因になる可能性がある。
それに、頭皮の毛穴詰まりやフケ、薄毛のリスクも高まるのだ。
我は自身が中性的な顔立ちをしているのを自覚している。少々コンプレックスなのだが、どんな容姿であれ、美容に気を使うのは実に大切である。
とにかく、何としても風呂に入りたい。無論、ホワイトとは別にな。
「分かった!我が貴様の言うことを聞いてやる。その代わりに、風呂に一緒に入るのはやめてくれ」
「じゃあ──」
「女装もダメだ」
「むぅ」
やはりか。こやつの言いたいことは全部分かる。分かりたくなくてもな!
にしても、言ってはいけないことを口ずさんだ気がするな……。条件付きとはいえ、ホワイトの言うことを聞くなど、恐ろしいこの上ないであろう。
まぁ、風呂に一緒に入るよりかはマシなはずだ。きっとな。
「それ以外ならいいんだね?」
「持続系なら、1日いや、半日だけだぞ?」
「んー、しょうがないなぁ。それで我慢してあげる」
「なぜ、上から目線なんだ……」
我の言葉に答えず、歩るいていく。
やがて、015という数字の付いた扉が見えた。中に入ると、広く白を基調とした豪華なデザインが広がっていた。
うむ。実に良いな。我は黒が最も好きな色であるが、白は2番目に好きだ。
無論、ホワイトのことではないぞ。ホワイトのファッション力や服装、意識の高さはまぁ、別に嫌いではない。
だからと言って、ホワイトに好感を持つことは絶対にないがな。性格が壊滅的だ。我とは相容れない。
はぁ。疲れた。今日やったことと言えば、ホワイトと共に観光地を巡った程度か。
あとはからかわれること。本当に癪に障るやつだ。
「さっそく、食べに行こー」
「……そうだな」
そう答えて、食事をするためにダイニングへ向かった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ダイニングに到着すると同時に、ホワイトは目を輝かせていた。
確かに、この広さと料理の多さには驚かせられることもない──こともない。
最も驚いたのは、スイーツの多さだ。ざっと50種類はある。別に好きというわけではないが、素晴らしい。賞賛に値するぞ。
「ニコニコして、どうしたの?」
「べ、別に笑ってなどおらぬ」
「ふっ。可愛い」
「うるっさい!!」
可愛いだと?我は最強の旅人であるぞ。それを言うなら、カッコいいだろうが。我のこのカッコ良さに気がつかぬとは、貴様の目は節穴か?
「ほら、食べようよ」
「……分かっている」
気怠いな。こやつと居ると、本当に疲れる。
我たちは、それぞれ好きな料理を取って、空いている席に座った。
何やら、ホワイトが驚き呆れた表情でこちらを見ている。何だ?
「ブラック……スイーツ多くない?カルボナーラとスイーツしかないよ?」
「気のせいだ。別に普通だぞ」
「それに、スイーツもガトーショコラばっかだし……」
「口直しにすぎん。本命はカルボナーラである」
当たり前のことを言わせるな。スイーツはあくまでデザートである。真に楽しむべきものは、カルボナーラであろう?
パスタは全般好きだが、カルボナーラは別格だ。ここまで美味い食べ物など、どこを探してもあるまい。
まぁ、我の料理には劣るがな。
「甘党って、そんな恥ずかしいことなの?スイーツ好きって別に変じゃないし、むしろ可愛くない?」
そのイメージが嫌いなのだ。我は甘党というわけではないが、そのイメージのせいで、余計に食べずらい。
口直しのために食べるのも、必死である。
「その可愛いって言うのやめろ。仮に、我に何らかのイメージを付けたいなら、カッコいいにしろ。我は最強の旅人であるぞ」
「もう。それが可愛いんだよ〜?」
「……話にならん」
「素直じゃないなぁ。さっきの提案で、言うことを聞くって言ったけど、素直になれって言ったら、正直に話してくれるのかな?」
な、ななな何を言っているんだ。我は我の思ったことを素直に言っているだろう?!
瞳を輝かせて言うなよ!思わず、むせてしまったではないか。
「そんな焦ることないじゃん」
ホワイトはニヤニヤしながら呟く。うざいな、こやつ。
「焦っておらぬわ!ちょっと、詰まってな……」
「ま、いいや。僕のお願いはもう決まってるしね〜」
「……一応、聞いてもいいか?」
「えぇー」
くすりと笑って、少し考える仕草をしたあと、人差し指を唇に当てて言う。
「ひ・み・つ」
──ドキ、ドキ。
違う!違う違う違う!!クソ、鼓動がうるさい。
ッチ。何が「ひ・み・つ」だ。
思わず舌打ちを心の中で鳴らし、視線を逸らす。だが、なぜか耳の奥が熱い。
不覚にも可愛いなどと思ってしまいそうになった自分に嫌悪した。
いや、違う!思ってない。そんなこと、思うわけないだろ?!
「あ、ドキってしたぁー。ふふふ。分かりやすいな〜、ブラックは〜」
「し、してないわ!!!勝手に決めつけるなッ!」
声が震えてしまう。
──我は最強の旅人、我は最強の旅人ッ。落ち着け……落ち着くんだ、我。
まずは、ガトーショコラをゆっくり食べよう。そうだ、糖分を摂取すれば落ち着くはずだ。
我は、なぜだか震えてしまう手を無理矢理動かして、フォークを手に取った。が、それ以上動かすことはできなかった。
思うように動かん。これでは、食えないじゃないか。
そう思っていると、ホワイトがまたもや口を開く。もう、やめてくれ……
「どうしたの?手が震えてるけど。1人で食べれないなら、あ〜んしてあげよっか?」
「ケホッケホッ……は?」
ガトーショコラを食べるのを諦めて、ホワイトの言葉を聞く前に、急いで気合いで紅茶を飲んだ。
こぼしそうになりながらも、やっとの思いで飲めたのだが、再度、むせてしまう。
せっかく、これで落ち着けると思ったというのに。
はぁー。紅茶をこぼしてしまった。我のお気に入りの服が…………
怒りのまま、我はホワイトに言う。
「子どもでもあるまいし、するわけないだろう!!」
「そっかー、残念。ていうか、服大丈夫?」
「貴様のせいで、汚れたのだ」
「僕があ〜んって言ったから?」
「ッ……」
否定できぬのが悔しい。今すぐ否定してやりたいのに。
「すぐに洗った方がいいね。部屋に戻ろっか」
「……そうだな」
それは肯定しよう。ホワイトのくせに、まともなことを言う。
口̀直̀し̀の̀ガトーショコラを食べれないのは残念であるが、仕方ない。
我たちは後処理をして、自室に戻った。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
015号室にて。
我は部屋に戻ったあと、すぐに風呂に入った。服が肌にまとわり付く気持ち悪さから解放され、実に心地いい。
もはや、ずっとこのままでいたいと思うほどである。
30分経ったな。そろそろのぼせてしまう。上がるか。
風呂場を出て、洗面所でスキンケアをする。終わると、持ってきた服に着替えて扉を開ける。すると、ホワイトが立っていた。
「な、何だ?」
「ふふふっ。僕の言うことを聞いてもらう時間」
「あ、ああ。……約束は約束だしな」
ホワイトも無理矢理、風呂に入ってこなかったわけだし、ここはきちんと約束を守るのが道理だ。
最強の旅人は、約束もしっかり守るのである。
……まぁ、嫌な予感しかしないがな。
「それで、我に求めるものは?」
「ベッドの上で、女の子座りしてよ」
「なっ、そんな恥ずかしいポーズをしろと?」
「何でも聞くんでしょ?」
うっ。何とも言えん。確かにそうである。1日中、手を繋ぐだったり、恋人ごっこさせられるよりかはマシか。少なくとも、それらよりは穏便なはずである。
……穏便なはず。そうであってくれ。
「はぁ、分かった」
仕方ない。ここは大人しく聞くとしよう。我はスリッパを脱ぎ、ベッドに向かった。そして、ホワイトが言うように「女の子座り」で、ベッドの上に座る。
早く終わってくれ。恥ずかしすぎるッ。
「よーし、じっとしててね」
ホワイトがそう言うと、彼女も我の背後に座って、我の頭に手を伸ばす。何をする気なんだ?
──ここで、今に至るわけだ。まさか、撫でられるとは思わなかった……!
は?少しどころではなく、結構遡っていただと?知るか。今はそれどころではないのだ!!
いつまでやるッ。もう満足だろう?!そう言いたいのに、言葉を上手く紡げない。
「あ、う……」
「ふふん」
ダメだ。まずい。感覚がおかしくなってきた。その証拠に、普段なら絶対にあり得ないが、我の口からわずかによだれが垂れている。うぅ……殺してくれ……
背後でホワイトの笑い声が聞こえる。そして、段々と耳の横まで近づいてきた。何もできない。抵抗も、拒絶の言葉もッ。
「耳、甘噛みしてあげよっか?」
吐息が混じった声のせいか、小さな息の風が我の肩にかかる。それがくすぐったくて、思わず身体が震えてしまったのである。
やめろ、やめろやめろやめろぉッ!!!
その心の声が外に出ることはなかった。彼女の口が、ゆっくりと、我の耳を噛もうとしてさらに近づく。
「あー──」
「あーむっ」と言って、噛まれそうになった刹那、我でもホワイトでもない、3̀人̀目̀の声が響いた。
「ブラック様、ご報告に…………大変申し訳ございませんでした。お取り込み中だとは知らず、失礼しました。では」
あ、アテルッ!!!
良かった。これで助かった──って、は?いや、おい。帰るなってッ!!
「次は、扉から入ってね!ちゃんとノックするんだよぉ?」
「はい、申し訳ございません──とはなりませんよ、ホワイト様。本当に、このまま素直に帰るとお思いでしたか?どう見たってブラック様、嫌がってますよね」
さすがだ、アテル!我のことを良く分かっている。頼れるのはお前だけだ。本当に。後で、褒美をやろう。
突如として現れたこやつの名は、アテルと言う。簡潔に言えば、我の部下である。我は最強の旅人として世界間各地を旅しているが、どうも心配なやつや、我から離れたくないと泣きじゃくる者も居てな。
そういうやつのために、〝ノクス〟という組織を作ってやった。その組織で、我が団長として君臨し、アテルに副団長の地位を与えてたのだ。
こやつぐらいであろう。我の苦労を真に知る者は。
「嫌がってないって。めちゃくちゃ嬉しそうじゃん〜」
そんなわけないだろうが。というか、アテルの目の前で続けるなよッ!
「ブラック様は今、こう思ってますよ。『アテルの目の前で撫でられて、しかもよだれも垂れている。恥ずかしすぎて、死にたい……こっちを見るな……』って」
解像度高すぎるだろう?!もはや、エスパーだなこやつ。しかし、否定はできぬ……。ホワイトも一向にやめてくれぬしな。ふざけるな、と言いたい。
そう思っていると、アテルは言葉を続けた。
「ホワイト様。ふざけている場合ではないんです。───〝世変者〟が生まれました」
「別にふざけてないよっ!…………って、世変者?!本当なの?!」
ホワイトは非常に驚いて、我の頭を撫でる手を止めた。やっと、終わった……
というより、世変者だと?ついにこの時が来たか!どれほど待ち望んでいたことか。
ん?世変者とは何か、だと?それはまた別の時が来たら、伝えよう。
とにかくだ。世変者が生まれたとなると、ここを早く離れなければならない。旅も、次のステージへと移るわけである。
この世界も、中々に良かったがな。
「はい。それで、ブラック様にご報告をしようと。例̀の̀計̀画̀を̀実̀行̀す̀べ̀き̀、と愚考いたしました」
「……はぁ……はぁ。感謝しよう、アテル。本当に良くやった。貴様が報告に来なかったら、我はどうなっていたことか」
「気持ち良さそうでしたよ」
「はッ??!」
「ご冗談ですよ。あまりにも可愛らしいお顔をされていましたので、つい。おっと、これもご冗談です」
前言撤回をしよう。こやつも悪魔だ。
「とにかく、世変者が生まれたのだな?それなら、一刻も早くここを離れねば」
「そうですね。それがよろしいかと。ホワイト様も、異論はありませんか?」
「うーん。惜しい気もするけど、そうだね。そろそろ行かなくちゃ」
「では、ご準備ができましたら、世界樹の元へ。10分後にお迎えに参ります」
「「分かった/分かったよ」」
我とホワイトが頷いて答えると、アテルは刹那に姿を消した。空間移動と呼ばれるものであるが、瞬間移動の方が聞き馴染みがあるのであろうな。この世界に限らず、多くの世界では珍しい力なのだろう。
まぁ、それよりも早く支度を済まさねば。我が降りようと身体を横に向けると、ホワイトと目が合ってしまう。彼女はニッコリと笑った。何だ、この気まずさは……
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
我たちは支度を済ませ、アテルより先に世界樹にやってきた。我たちも、空間移動を使えるのである。
準備が終わったあと、ここに空間移動してきたのだ。最後に、ホワイトと話すために。
理由は──さて、なぜだろうな。
「ホワイト。世変者が生まれたということは、我らは〝地球〟に、いや、〝クロノフィア〟に向かわなければならない」
「そうだね」
彼女は世界樹の下から、天を見上げた。晴天だ。美しく、天国のような雲が漂っている。……そよ風が、我たちの髪の毛を靡かせた。
「いちいち言わずとも、分かっているであろう?我たちはあの計画を実行せねばならぬ。すなわち──」
「僕たちは別々で行動する。そう言いたいだね?」
「……ああ」
そうでなければ、達成は不可能だろう。つまり、ホワイトとは離れてしまう。別に嫌だとか、寂しいだとかいう感情はない。
だが、何なのだろうか。この心のもやもやは。
「また会う日が来る。そう遠くない日だ」
「寂しい?」
「そういうのではない!ただ、これまで忌々しいほどに一緒に旅をしてきた。何年、何十年と。それが突然と終わる。……まぁ、何だ。釈然としなくてな」
「そっか。でも、僕たちはいつも一緒だよ。離れていても、ね?この意味分かるでしょ?」
「ああ」
我は目をつむる。風が草と木の葉を揺らす音が聞こえた。
ホワイトのやつめ。何が、離れていても一緒だ。心で繋がっているとでも言うつもりか?全く、幼稚なことを言う。
「あ、ブラック、笑ってる〜!」
「は、はッ?!別に笑ってなどおらぬわ!」
何を言っているんだ。
「あははっ」
「フン」
「……こんな会話も、しばらくはお預けかぁ」
「そうだな。だが、さっきも言ったように、また会える」
「うん。また会おうね。そのときは、抱きしめてあげるからさ!」
やめろって。
「必要ない!……そろそろ、アテルが迎えに来る」
「時間だね」
それを合図にしたかのように、目の前にアテルが立っていた。世界樹を待ち合わせの場所にして正解であったな。周りに人が居たら、驚かれる。
アテルが口を開いた。
「お早いですね」
「知っているだろうに」
「すみません。では、行きましょうか」
「ああ」
首を縦に振り、我は世界樹にもたれていた背を起こす。そして、アテルの方へ歩み出した途端、ホワイトが声をかけてきた。
「僕、ブラックのこと大好きだよ!!」
「はぁぁ???!!」
なな、何を言っているんだ……?!
「はいはい。ブラック様、ホワイト様。行きますよー」
「うん!」
「おい!」
先ほどの静けさが嘘のように消え去り、一気に騒がしくなった。我とホワイトが言い合っている中、アテルは少し面倒くさそうに呼びかける。
だが、良く見ると口角が少し上がっている。滑稽だとでも思っているのかッ?あとで注意せねば……
やがて、世界樹周辺から聞こえてくる騒がしさは、消えていたのであった。
我たち3人が空間移動をして、旅立ったのだ。己だけ残されたかのような表情を、世界樹はしている。風は止むことなく、木の葉と草を揺らす。
我たちのこ̀の̀世̀界̀での旅は終わった。しかし、これからも続いていくのだ。名字も、誕生日も一緒。だが、恋人なんかではない。ましてや家族、友達でもない。
そんな少女との旅。歪で実に狂っている旅だ。我はこの旅が嫌いである。心底嫌いだ。なのにどうしてだろうな。どこか暖かく微笑んでしまいそうなのだ。
……ホワイト。我をいつもからかって遊んでいる、忌々しいやつめ。我は貴様のことが───
完
お読みいただき、ありがとうございました!
この作品は私の代表作(名称略)のスピンオフ作品となっております。
本編に登場する最強の旅人 ブラックと、その相方であるブラック大好き少女(?)のホワイトに焦点を当てたものです。
面白いと思ってくださいましたら、ブクマや評価、感想をお願いします!好評でしたら、連載版を出すつもりでいます。
また、本編もお読みいただけると、幸いです。
本編はこちら
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