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春まで冬籠り

作者: 宇碧彩葉
掲載日:2026/03/11



 午後五時。私はいつもこの時間になるとこのビルの屋上に行きたくなる。



 今日も私はカイロと毛布それから缶コーヒーを持って、屋上に向かう。



 部屋から出ると、思いの外寒く身体をブルリと震わせる。でも、毛布は被らなかった。そうすると、なんだか負けた気がするからだ。



 私がいるこのビルは雑居ビルだから、このボロい鉄で出来た螺旋階段を登っていく。歩くたびにキシキシと軋む音が聞こえてきて、思わず耳を塞ぎ込んでしまいたくなる。



 そうして、私は屋上に辿り着いた。

柵の手前にまでいくと、ネオンで飾られた都会の駅そのものが見えた。





 ぼーっと見ていると、私は景色が綺麗だと思えなくなった。

最初は、「都会」に憧れていた。でも、大人になるにつれて「都会」が綺麗ではなく汚いところもあるということを痛感した。

今では、この景色を見ると「都会」がばからしく感じて仕方がない。結局私達は「都会」に魅せられて、傷ついて、でも平気な顔をして生きていって。

そして「都会」を羨ましがる人がまた次の「犠牲者」になって。




 どこにでも飛べる鳥は、目の前の利益に目が眩み、羽がもがれるのと何も変わらない。

 


 私がふーっと息を出すと、息は煙のように広がっていき、やがて消えていった。

それだけで、私はまるで大人になった気分になった。




 柵を足で思いっきり蹴ると、ある考えが頭をよぎる。もういっそのこと…。

でも、思いとどまる。そんなことしたら、もっと負けた気持ちになって、惨めに感じるだろう。

 そう思うと、身体の力がふっと抜けて、地面に座り込んだ。




 すると、ピロンと音を立てて、携帯が震える。どうやら、携帯をポケットに入れて来てしまったようだ。取り出して見てみると、アイツからLINEがきていた。チッと舌打ちをする。それをすると同時に、辺りを見渡して誰もいないことを確かめる。

 



 風が屋上に吹き込んできて、私は嫌々毛布を被った。頭から被ると、安心感と不安が一緒になって襲って来た。




 私は、あの日から何も変わっちゃいない。私は、あの日本当に大切なものを自らの手で壊してしまった。本当に大切なものは失ってからその価値に気づくというのは本当だった。


 私は、その価値に気づいてから後悔してばかりで動けない。本当は動かなきゃいけないってわかってる。

でも、身体が鉛のようになって動けなくなるんだ。



何も知らなかったあの純粋で無垢な子供の頃に戻りたいなんて思ったりする。

周りからの期待には応えることができない。

そんな日々から私は抜け出したいと思っている。

でも、どうしたらいいのかわからないんだ。




 私は、近くにある室外機に背中を預けて目を瞑った。もういっそ、眠ってしまおうと思う。春になったら起きる、冬眠に入るんだ。そうだ。きっと、それがいいに違いない。春になったら起きればいい。



 私はそう思うと、毛布を被ってカイロを握って眠りに入る準備をした。それでも缶コーヒーは、私の近くに置いといた。起きる時になったら、すぐ起きれるようにするためだ。

 





 二月某日午後六時彼女は、桜の蕾が膨らんでいることから逃げるようにして眠りに入った。


 しかし、時は無常なことに彼女の頬を東風が撫でていった。そして、先程まで彼女の心を覆っていた氷が溶けていき、春のような麗らかなあたたかさが訪れようとしていた。



 彼女の心には、自由に飛んでいける鳥の卵がいくつかすみついている。鳥の卵には、ひびがが入っている。中にいるひよこ達はきれいに飛べることを純粋に想像しているだろう。親鳥がどのように死んでいったのか知らずに。たとえ知ったとしても、不安はないだろう。なぜなら、これからこの広い世界を飛んでいくひよこ、彼女自身はまだ未熟な子供だからだ。




 きっと、いや絶対に彼女は、春になったら目覚めるだろう。もう、何も失わないために。

 


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