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SideC エピローグ ー 大地に刺さる三剣03 -

「なあ、父さんはどうして戒律等兵プライアに目をつけられたんだ? 人を殺したなんて……どうしてそんなデマが広まってるんだ」


 "真っ赤な月明り"に照らされ、まるで炎に燃える中を歩いてるかのような錯覚に陥る獣道。トールスに抱き上げられたトゥーレは揺れ動く景色の中、か弱い声で尋ねる。それまでのひねくれた様子もなく、力なく震えるトゥーレにトールスはぐっと唇を噛み、なおも走り続ける。


 トゥーレを救出したのち、トールスは戒律等兵プライアのマントを死体から奪い、トゥーレともども黒マントに身を包んだ。幸か不幸か、エンザの街には他の街からも集められた戒律等兵プライアが多数来ていたようで、普段見かけられない巨躯の姿であっても言い逃れることができた。


 腕の中で弱々しく身を預けるトゥーレを見て不審がる者もいたが、「仲間が負傷した。周囲にまだ賊が潜伏しているかもしれないからお前たちも注意しろ」、そう言ってことあるごとに出くわす戒律等兵プライアの目を強引にかいくぐり、エンザの街を出ることができたのだ。


「なぁ……トールス。父さんは……」

「父は嵌められたといっていた」

「……嵌められた?」

「ああ、まんまと元老殺しの罪をなすり付けられたといっていた」

「元老って……まさか戒律院の"三人衆"の!?」

「ああ、殺されたのは"審判の元老"ユーティア。父が戒律院に駆け付けた時にはもう殺されていて……そこに戒律等兵プライアの集団が押し掛けたといっていた」

「じゃ、じゃあ父さんは王都じゃなくリーブラの街に? そんな、戒律院のトップの一人が殺された……なんて」

「驚くのは早い。父の話ではその黒幕は同じく三人衆である"断罪の元老"……リベラだ」

「嘘だ……嘘だそんなの! だってリベラは……リベラは戒律等兵プライア第一位でもあるんだぞ?」


 戒律等兵プライアに入ってから一度だけトゥーレはリベラという人物と会う機会があった。いや、見たといったほうが正しい。入隊して間もない頃、訓練の視察という名目でエンザの街の訓練場にリベラは現れた。


 手首から先を残し肌一つ晒さぬようにまとった黒マント。それ以上に黒く染まる不気味な仮面をつけたその姿は異様。男性とも女性ともとれる中性的な体形で、言葉一つ発せずすぐに訓練場を出て行ったためその正体は一切が謎。


「そんな……戒律等兵プライアが属する戒律院の……いや、戒律等兵プライアのトップまでがどうしてそんなことを」

「……少なくともお前をあんな独房に閉じ込め存外な扱いをした戒律等兵プライアなど、俺は正義とは認めん」

「うぅ……そんなのって」


 目に手を当ててがっくりとトールスの腕の中でうなだれるトゥーレ。すすり泣く声にトールスはぐっと抱きしめる腕に力を籠める。


「………泣くなトゥーレ。今回の件は戒律等兵プライアだけの問題ではない」

「……それって?」

「今は休め。じきに父のところにつく。話はそれからだ」


 疲弊しきったトゥーレはなおも食い下がろうとしたが、揺り籠のように揺れるトールスの腕の中で徐々にその意識は遠のいていった。


* * * * * *


「トゥーレ……無事だったか。すまないお前にまで迷惑を……」


 レヌギーヌの山奥。慣れ親しんだ家に灯る火はなく、はた目からは無人の様相。だが、中に入るや否や早々にトールスから渡されたトゥーレを抱きしめるトリアーノの温もりはトゥーレにとって暖炉の火よりも暖かく、疲弊しきった心を安らげる。


 トゥーレは力なくその手を取り、無言のまま何度も頷く。


「なにを……なにをしてるんだバカ親父。どれだけ心配したと……」

「すまない、全ては私のせいだ。本当にすまない」


 しゃがみ込み涙を浮かべるトリアーノの表情には強く悔恨の色が浮かんでいる。それを見てトールスはいたたまれなくなったのか、ぐっと唇を噛み顔を俯ける。


 しばらくして落ち着いたのち、トリアーノはトゥーレに水の入った瓶といくばくかの携行食を渡すとトールスに目で合図を送り、窓を指さし警戒を依頼する。それに応えるようにトールスは窓際の壁を背に、そっと窓の外へと監視を始める。


 状況が飲めないトゥーレは渡された水と食料を最初拒否したが、トリアーノが"すぐに移動しなければならないから食べておけ"と言うと無言のまま口へと運び出す。


「食べながらでいい、聞いてくれトゥーレ。今回の件は全て"リベラ"とその仲間によって仕組まれていた。その中には私に依頼をしてきた巡回騎兵クルーラー時代の同僚もいた」

「……巡回騎兵クルーラーの?」

「ああ、以前からリベラの不審な行動について相談されていたのだが、ついに奴が三人衆の一人、審判の元老ユーティア様の暗殺を企てているとの連絡があった。それがお前に最後にあったあの夜の数日前のことだ」

「その巡回騎兵クルーラーの仲間だと思ってたやつが……父さんを騙したのか?」

「……信じたくはないが、あの状況ではそう思わざるを得ない。奴は……護衛という名目で私たちをユーティア様の部屋に秘密裏に招き入れるふりをして、その実、すでに殺されたユーティア様の前に俺たちを誘導し、そこに戒律等兵プライアを誘導した」

「な、なんだそれ……それじゃあ巡回騎兵クルーラーもグルだったのか!?」


 無言のまま悔しそうに顔をそむけたトリアーノにトゥーレはわなわなと怒りに体を震わせる。今にも怒りに声を上げそうになるトゥーレの口をトリアーノがそっと手でふさぐ。反射的にその手を払おうとしたが、トリアーノが無言で指さす先、窓で警戒していたトールスの険しい表情にトゥーレも状況を察し押し黙る。


 トリアーノはこくりとうなずくと直剣ロングソードを静かに抜き、トールスの待つ窓際へと足音を殺し忍び寄る。


「誰か来る……」


 トールスは音を立てぬよう立てかけていた極大剣グレートソードの柄をとり、そっと引き寄せる。窓の外から近づく人影は隠れる様子もないゆったりとした足取りで森の茂みから姿を現す。赤い月明かりに照らされたその姿、そして引きずるように運ぶ"何か"をトールスは目を凝らして見つめる。その正体に気づくと同時にトールスの眼が大きく開かれる。


 トールスの胸部を貫いた直剣ロングソードの刃。赤い月明かりの光だけではごまかせぬ紅の鮮血が部屋中に飛散する。


「……どう……して」


 トールスは口からあふれ出る血流に溺れるかのような水音みずおとを立て、その場に膝をつき倒れる。それをあざ笑うように見下ろす"トリアーノ"。その凄惨な光景に思考が追い付かず固まっていたトゥーレの口がゆっくりと開かれ、静寂に包まれた空間をかき消す金切り声が響き渡る。


「ああ……ああぁ! トールス! トールス!」

「耳障りな声だ。それにしても……やっときたか"ユーティア"。遅いぞ」


 ガチャリとドアが開き、中に入ってきた見慣れぬ女性。そして彼女が引きずるように持っていた"何か"を手放し、床へと放り投げる。


「ふふ、そう言わないで。こっちはこっちで忙しかったのよ。おかしな門番重兵ガドナー戒律等兵プライアの坊やと出会っちゃってね。あなたのほうこそ、門番重兵ガドナーの坊やごときになぜそんな手間暇をかけていたの? さっさと殺してあなたがやったほうが早かったんじゃないの?」


 ユーティアと呼ばれた女性が放り投げたそれは片足を失った男性の亡骸。凄惨な戦闘の跡と真っ赤に染まる軽鎧ライトアーマーに包まれた見覚えのない男性。だが、まとっている鎧にトゥーレは見覚えのある傷跡を見つける。


「おい……その鎧まさか。え? ええ!? どういうこと……なんだ?」


 もはや困惑を通り越し混乱じみたように頭を押さえるトゥーレ。怯えるようにうずくまるその様子に笑い声をあげ、トリアーノはそっと亡骸となった男性の頭に右手で触れる。


「こういうことだ」


 トリアーノは左手で自身の顔に触れ、すっと目を閉じる。次にその瞼が開かれたとき、瞳には怪しく光る天秤のような紋章が浮かび、顔があるべき空間がぐにゃりと歪む。そして、それと同時にトリアーノが触れている亡骸の頭部もまた同様に空間ごと歪み始める。


 その奇妙な光景に目を奪われていたトゥーレだったが、その歪みが収まると同時に愕然とする。それまで床に転がっていた亡骸の顔が見慣れた父の顔へと変化していたのだ。そしてそんなトゥーレを見下ろす"見慣れぬ顔"の男性。


「"リベラ"、これ返すわよ……」


ユーティアは懐から黒く平べったいものをリベラと呼んだ男性へと投げ渡す。リベラは受け取ったそれをすっと顔に当て、手を放す。その姿を見てトゥーレに走る激しい動揺と混乱。そんな中、トゥーレはたどり着く……この惨劇の真相に。


「お前は……お前は父さんの"顔を奪った"のか……リベラ!」

「奪ったとは人聞きの悪い。"交換"してもらったのさ」


 理屈はわからない。そのような術式があるなどと聞いたことはない。だが、トゥーレは目の前で起きた光景、そして目の前に立つ見慣れた黒仮面の姿からリベラの能力をそう結論付けた。


「お前まさか……父さんが言っていた巡回騎兵クルーラーの同僚とやらも殺して、その顔を奪って父さんを騙したのか!」

「だから人聞きの悪いことを言うな。あれは俺が騙したわけじゃない。まあ、俺の仲間がやったんだがな」

「リベラァ!」


 トゥーレは弱った体に鞭を打ち、拳を構えリベラへと突っ込む。それに対しリベラはじゃらじゃらと左の手のひらの上でどこから取り出したのか小石を躍らせる。そして、トゥーレが突き出した拳を右手で受け止める。


「ぐっ!? あああぁ!」


 がくんと倒れるトゥーレ。その表情は苦痛に悶え、必死に自身の"足があった"場所を抑える。突然の片足の喪失。まるで足があった場所を空間ごと持ち去られたかのような異様な感覚。だが、押さえる手からは激しく血しぶきが上がっており、徐々にトゥーレの顔からも血の気が引いていく。


 リベラはいつの間にか手にしていた自身の片足を投げ捨て、何かを思いついたのか邪な笑みを浮かべる。


「ふむ、家族ならば仲良く同じにしてやろう」


 そういって床に倒れているトールスの極大剣グレートソードを軽々と片手で持ち上げ、横たわるトールスの片足目掛け突き立てる。


「ほら、これでお揃いだ。文句はあるまい」


 なおも続く激痛に汗か涙かわからぬほどに顔を濡らすトゥーレ。だがその瞳はなおまっすぐと自身を見下ろすリベラへと向けられる。


「いいをしている。いいだろう、お前は盛大に葬ってやろう」


 腰に刺さる父のものと思しき直剣ロングソードを先ほど突き刺した極大剣グレートソードの横に突き刺す。そしてユーティアに指示を出し、トールスが自身のために救出の際に持ち出した自身の双刃剣ダブルソードを持ってこさせる。


 それを受け取ったリベラは同様に双刃剣ダブルソードを二本の剣の前に突き刺し、ぱちぱちと拍手を鳴らす。


「ははは、立派な墓ができてよかったな娘。これであの世でも家族仲良くできるだろうよ」

「リ……リベ……ラァ」


 衰弱していた上、すでに多くの血を失い徐々にトゥーレの意識は朦朧もうろうとしている。


「いくぞユーティア。じきに"俺の訃報"もリーブラの街をはじめこのセントガルド王国に響き渡る。さあ、今度は俺たちが作り手に回る番だ。始めようじゃないか、愉快な愉快な"喜劇"をなぁ」


 リベラはトゥーレに背を向けるとぱちんと指をはじく。それと同時に周囲の空気を収縮するかのようにして現れた炎の球体がそっと鳴らした手の上に浮かび、そのまま地面へと落ち燃え広がっていく。


 燃え盛る炎は夜の闇を糧に成長するかのように激しく燃え上がり、何もかもを飲み込んでいく。己に迫る熱と危機。それすらももはやわからぬかのように、トゥーレはドアの向こう、遠ざかっていく二人の人影を睨み続けていた。


* * * * * *


 目の前に広がる雲一つない青い空。あたりを見回すと目に映る木々。ああ、夢だったのか……そんな言いようのない安心感。周囲を見回し、最後に背後へと向け、反射的に身を起こし目の前に立つ女性から距離をとる。


「こちらには戦う意志はありませんよ、お嬢さん」


 その黒いマントをまとった姿に戒律等兵プライアかと疑いの目を向けたが、そこに天秤の紋章はない。あるのはマントの下に見える同性から見てもどこか目を奪われるほどの妖艶な肉体。


「今はまだ生まれたてで混乱しているでしょう。ですが、じきに思い出すはずです……それが幸か不幸かは別として」


 何を言っているのか? いや、そもそも自分は何者なのか? おかしい……だが憎い。おさまらない……憎悪が、あふれ出る黒い感情が!


"父"を裏切った巡回騎兵クルーラーは殺さなければならない。

"妹"を貶めた戒律等兵プライアは殺さなければならない。

"息子"を騙した門番重兵ガドナーは殺さなければいけない。


 目の前の女性は自身を見つめ、突然深々と頭を下げる。そこに誠意などは感じられない。まるで人形劇でも見せられているかのような……滑稽な謝罪の演技。


「私が創った"失敗品"の"邪魔者"がご迷惑をおかけしたようで。本来あなたに"薬"を使う予定はなかったのですが、まあ謝罪も兼ねて……」


 女性は手にしていた空の小瓶をそっと地面へと捨て、どこか狂おしいほどに愛おしそうな瞳でこちらを見つめてくる。


「覚えておきなさい……あなたは憎悪にして信念の象徴であるつるぎの化身……その身は不死身であることを。覚えておきなさい……あなたが手に取る信念によって大地に突き刺さる本体もまた姿を変えることを。そして……覚えておきなさい……あの時のように家族そろって焼かれるような事があれば……あなたは不死でなくなってしまうことを」


 本当に何を言っているのだこの女性は? わけが分からないが、どうやらこの女性は自身に何か得難いチャンスをくれたのかもしれない。そうであれば剣士として感謝と敬意を示すべきであろう、"父"が教えてくれたように。


 自然とひざまずき、首を垂れる我が身だが、不快感はない。いや、不思議と湧き上がる高揚感が勝っているのかもしれない。


「ふふ、感謝など不要ですよ。それでは……ともに勤しみましょう。我らが創造主様のために」

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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