SideC エピローグ ー 大地に刺さる三剣02 -
「お前からまさか食事の誘いが来るとは思わなかったが、なるほど父からの伝言か」
「そうだ、ひと月ほど戻らないそうだ。あと情報をくれてやったんだ、ここの会計はお前持ちだぞ」
「まったく、したたかというか単に乱暴というか」
「うるさい、情報料としては安いだろ」
「わかったわかった……」
トリアーノのいる山奥の家からエンザの街に戻って五日が経っていた。翌日の仕事が終われば互いにまた山奥の家へと帰路に就く……そのタイミングでトゥーレはトールスをこの食堂に呼びつけた。
「それにしても、巡回騎兵を退いた父がいまさら王都で何の用事があるのか。今までひと月も家を空けたこともなかっただろうに。何か他に父は話していなかったのか?」
「うん? 聞いてない。まあ、あいつもずっと山の中じゃ退屈だろう。たまには街に出ればいいさ」
「それはそうなんだが……やはりひと月も離れるとなるとな」
トールスの言うことにトゥーレもまた実のところ不審な点を感じていた。これまでトリアーノが家を外したことはゼロではない。だがそれはトリアーノがエンザの街に来るときであり、その時は二人そろって街でともに休日をとるというもの。今回のように一人で家を空けるということがなかったのだ。
「すまない……心配しすぎるのも父に失礼か」
「そうだぞ。あの親父をどうこうできる奴なんかそうそういない」
「そうだな、悔しいが俺でもまだ歯が立たんからな」
「まったく、初めて会った時もそうだが、あの強さは出鱈目だ」
トゥーレの脳裏に軽鎧に身を包み、数多の賊を切り伏せる剣士の姿がまじまじと浮かび上がる。それは三人が初めて出会い、戦い、つながった日の記憶。トールスもまたトゥーレが話し始めた過去話を懐かしみ、ときにうなずき、トゥーレのグラスが空だと気づくと手にした果実酒の瓶を向けていた。その都度トゥーレは空いたグラスを持ち、黙ってグラスに注がれる鮮やかな色を眺めていた。
* * * * * *
解き放たれた孤児と呼ばれる子供たちがこのセブンスフォードには存在した。それは人族の国であるセントガルド王国"以外"で生きる孤児であり、その中でも共鳴術式を身に着けた者たちにつけられた呼び名。
もちろん人族以外の国にも孤児は存在する。そして生きるのに必死な子供たちにとって種族の違いなどかまっている余裕はない。そのため、多種族で形成される孤児のグループでは人族と他種族による"共鳴"がしばしば発生していた。
「そんにゃ子供たちを捕まえて貴族に売り飛ばす奴らにゃんか私がぶっ飛ばしてやる!」
「……飲みすぎだトゥーレ。あと、もう少し声を押さえろ」
手にした空のグラスをまるで剣のようにぶんぶんと振り回すトゥーレに頭を抱えるトールス。昔話に話に弾んだのはいいが、その際にトゥーレのグラスが空くたびに気を利かせ酒を注いでいたのだが、気づいた時には遅く、目の前の酩酊した剣士が誕生してしまったのだ。
「うぅ……気持ち悪い」
「そういえば家でもお前と飲んだことがなかったな。まさかこれほどまでに酒の耐性というか自制がないとは……はぁ、そろそろ歩けなくなる前に店を出るぞ。さすがにお前を負ぶって戒律等兵の宿舎まで行くのはごめんだからな」
「わ、私だって御免だ! お前の背中なんて……うぅ」
「ほら、つかまれ」
二人の身長差から肩を貸すというのが難しく、仕方なくトールスは左腕をだらりと下げ、トゥーレがそこにしがみつく。ふらふらとした足取りのトゥーレをつれ、トールスはゆっくりとトゥーレの不規則な足取りに合わせ歩いていく。
「あの時の"父さん"……かっこよかったな。賊に運ばれ暗い馬車の中で震えてた私達を……」
店を離れてしばらく、トゥーレの口から出た父の呼称にトールスは少し驚いた様子でトゥーレを見下ろす。いまだ視線が定まらぬ様子の"妹"に思わずトールスの口元が緩む。
「そうだな、あれが俺の……いや、俺たちの憧れだ」
「ああ、悪い奴をぶっ飛ばして困ってる奴を助ける……正義の物差しなんかそれでいい!」
腕を突き上げるように伸ばし満面の笑みでトゥーレが声を上げる。
「たまにはいいことを言うんだな」
「たまには、は余計だぞ」
「ふふ、すまない。だが、確かに互いに属する組織が違えど俺たちはつまるところ同じ志を持つ者。それだけは確かだな」
「んー? 違うだろ! 私たちは"家族"だろう」
「……そうだったな。ふふ、案外酔っているお前のほうが"妹"としての可愛げがあるようだな。まあ、それを帳消しにするくらいには手がかかる"妹"でもあるがな」
「おま……くそ、覚えてろ。いまはちょっと手が離せないから許してやる」
そういってトールスの太い腕を掴むというよりは抱きしめるようにして身を寄せるトゥーレ。やれやれと空いた手で頬をかき、トゥーレが転ばぬようさらに歩を緩める。
「ああそういえばトールス?」
「ん?」
「今日同僚に私は何で戒律等兵に入ったと聞かれたんだ。お前はどうなんだ? どうして父がいた巡回騎兵に入らなかったんだ」
「なんだ唐突に」
「いいから教えろ!」
「うーんそうだな……なんかあの時は俺も父に剣でぼこぼこにされてて内心腹が立ってたからな。なんか被るのは嫌だった……からだな」
そう言い放ったトールスの答えにトゥーレは目を丸くして見上げ、それを見たトールスが若干引き気味にトゥーレを見返す。やがて漏れ出す少女の声。堪えようとしたが無理だった激しい笑いの波にトゥーレは腹を抑えて笑い声をあげた。
「あはは、あはははっ!」
「わ、笑うな。お前こそ同僚にはなんて答えたんだよ」
「ふぅ……はは、あー、残念だがその答えは私と被ってるぞ、"兄さん"」
「は、はぁ?」
「今度は私が先だったみたいだな、あははははっ!」
驚いたトールスの顔を指さし笑うトゥーレ。その後しばらくして笑いに疲れたのかぴたりと足が動かなくなった陽気な"妹"を抱き上げ、トールスは夜の街を渋々とした足取りで歩く。だが、時折月明かりに照らされ浮かぶその表情は、抱きしめたトゥーレを愛おしそうに見下ろす"兄"としての喜びに満ちていた。
* * * * * *
「今日もすごかったねトゥーレちゃん」
「どうってことはない。相手の傭兵崩れもたったの五人だっただろう。こちらは二人もいたんだ、楽な仕事だっただろう」
「うーん、そういってトゥーレちゃんだけで四人も片付けてたじゃない。私なんか一人を相手にするだけでいっぱいいっぱいだったよ」
街の巡回中に出会った傭兵崩れの荒くれ者たち。日も暮れて夜もこれからという宵時に酒に酔った勢いで店の中で暴れていたところを巡回中のトゥーレやファリアたちが抑え込んだのだ。
その日は特に問題もなく、仕事が終わろうかという寸前での出来事に二人は最初辟易していたが、それも終わってしまえばただの話しのタネ。宿舎の自室に戻ってからも二人してそのときの話や道中見かけた菓子店の情報などを話し時間は流れていく。四人で一部屋の相部屋ではあるがそのおかげで寝る前の話し相手には困らなかった。
コンコンッ
「ん? なんだそろそろ寝ようかというときに」
「まさかお仕事だったりして」
ファリアの揶揄にため息で応え、トゥーレがドアを開くとそこには黒マントに身を包んだ五、六人ほどの人影。トゥーレの表情が険しくなったところで一人の男が小さく、だがはっきりと伝わる声でトゥーレへと宣告する。
「第七位のトゥーレというのは貴様だな」
「そうだが……なんのようだ?」
「お前の父、トリアーノが謀反の容疑で現在捜索中だ。今お前にはその共謀の容疑がある」
「なに? 父さんが!? おい、どういうことだ! 詳しく教えろ!」
「黙れトゥーレ。貴様も戒律等兵なら法に律しろ。今はおとなしく我々についてきてもらおう」
背後に立つ黒マント姿の戒律等兵たちはすっと腰に手を伸ばし、黙ったままフードでうかがい知れぬその顔をトゥーレに向けている。
「……わかった。お前たちに従おう」
トゥーレは就寝時用の軽装の上から戒律等兵のものとは異なる普段使用している灰色のマントを外套として羽織り、無言のまま待つ戒律等兵たちに見られる中、部屋を後にする。
「トゥ、トゥーレちゃん!」
「すまないな、ファリア。ちょっと行ってくるぞ」
ファリアの震える声を背に、トゥーレは気を引き締め、黒マントの男たちの後を追った。
* * * * * *
「だから父とはもうひと月近く会っていないと何度も言っているだろう」
薄暗い洞窟の中にいるような湿った空気と地下独特のカビの匂い。壁に灯されたランプが揺らめく一室にトゥーレの怒声が響く。テーブルをはさみ対峙する黒マント姿の戒律等兵は動じた様子もなく、怒るトゥーレが落ち着くのをただ黙って待っている。
「それよりも、父が"戒律院"に忍び込んで人を殺したという話をもっと詳しく聞かせろと言っている! 父がそんなことをするわけがないだろう!」
「お前からの質問には答えるつもりはない。貴様は黙ってこちらの問いに答えろと……何度言えばわかる」
しびれを切らしたかのようにテーブルを拳で打ち付ける戒律等兵の尋問官。だがそれを怒りの眼差しで見下ろすトゥーレにまるで臆した様子はなく、隙あらば首を掻っ切るのではと思えるほどに殺気を放っている。
「ちっ……もういい、この女を牢に入れておけ。いい加減頭を冷やせ、獣が!」
「言葉を解さない獣は貴様だろうが! おいっ! はなせ!」
マント姿の男たちに取り押さえられ、トゥーレは"また"暗い廊下の先、光の乏しい地下牢の前へと連れられ、乱暴に中へと押し込まれる。手を背中に回した状態で手枷で拘束されているため手をつくこともできず、地面へと倒れこむ。カチャッという施錠の音に倒れたまま歯ぎしりを立て、怒りに体を震わせる。
「くそっ、いつになったら人の話を聞くんだあいつは。これでもう何日目だ」
陽の当たらない空間でトゥーレの時間間隔は麻痺していた。いや、それだけではない。目元にはくまが浮かび、決して十分な手入れをしていたとは言えないがそれでも艶やかだった髪もその輝きが鈍っている。食事や水も最低限のものしか与えられておらず顔色も悪い。
だが、その瞳に宿る生命力は怒りに支えられてか決して衰えることなく、壁にかかる燭台の炎よりなお激しく揺らめいている。
壁に背を寄せ身を起こし、そのまま壁にもたれるように座り込む。ただ荒々しい石畳の床と洞窟の壁のようなむき出しの岩の壁に包まれたその牢にてすでに一週間が経とうとしていた。もちろん、時計はおろか朝夜の区別もつかないトゥーレにとってはその数倍ほどの時間にも感じられただろう。
トゥーレはやがて瞼を閉じる。自身のかすかな心音と呼吸音だけが静かになる静寂な空間。襲い掛かる睡魔も合わさり、数秒もあれば普段であれば安らかに眠れたであろう。だが、今はその静寂がただトゥーレにとってはひどく耐えがたい安眠の妨げとなっている。
耳を澄ますとかすかに聞こえる見張りの看守の足音。どこからか吹き込んだ風の音。ネズミか何かが這いずるかのような耳障りな音。そして……。
「……!? トー……ルス?」
幻聴であったかもしれない。そんな疑念を砕く咆哮にも似た自身を呼ぶ声。言葉より先に瞳に浮かぶ温もりと頬を伝う一筋のしずくの感触にそれまでこらえていた何かがトゥーレの中で決壊する。
もはやその言葉しか知らぬかのように何度も何度も口にする兄の名。そしてそれにこたえるように近づく荒々しい物音と戒律等兵たちの悲鳴。
「トゥーレ!」
極大剣を背に、天井すれすれの巨大な影にトゥーレは顔を上げ、言葉にならぬ声とともに泣きじゃくる。それを見て殺意と返り血にまみれていたトールスの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「すまない遅くなった。さあ、ここを出よう。父もお前を待っている」
背中に背負った極大剣の一撃で牢の扉をいとも簡単に破壊し、力任せにトゥーレの手にはめられた木製の枷を砕く。トールスにもたれかかるように力なく座ったままのトゥーレを抱き上げるとトールスは元来た道を引き返す。
その道中には数多の黒マント姿の者たちが赤い水溜まりの中、静かに横たわっていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




