SideC エピローグ ー 大地に刺さる三剣01 -
「くそっ、竜承はやはり卑怯だ! そんなの出鱈目だ」
双刃剣を手にしたまま、少女は地面に大の字で横たわる。息を切らし当てもなく空を忌々しそうに眺めている。
「はっはっは、お前も変異術式を使えばいいだろう、"トゥーレ"」
「しっぽ一本増えたところでその速度と力にどう太刀打ちできる」
「そんなことを言っているうちはまだまだ未熟だな。竜承は確かに優れた身体強化の術式だが、それも日々の鍛錬の賜物。結局は早く動けようが力が強かろうがそれを活かせねば足元をすくわれるだけだ」
「だったら竜承なしで私と戦え、"トリアーノ"」
「娘が全力でくるからには親として全力で答えないと教育上よくないだろう。あと老いた親を少しは労わらんか。こっちは今年で齢50だぞ?」
悔しそうにじたばたと手を動かし、やがてパタリと動かなくなるトゥーレと呼ばれた少女。
「誰が親だ……馬鹿が」
ぼそりと呟くトゥーレにトリアーノは白髪交じりの頭を掻き、ゆっくりとした足取りで倒れるトゥーレのもとへと歩いていく。
「これからお前も戒律等兵としてやっていくのだろう。"本当の"私の子になれとは言わないが、もう少し大人になれ。それじゃあ獣とまではいわないが野生児だぞ、お前は」
「……五月蠅い、"バカ親父"」
ぷいっとトリアーノに背を向け、横たわったまま膝を抱え丸くなる。その様子があまりにも幼く見えたのか、トリアーノは微笑ましくそれを見ている。
「なんだ? また父に負けて不貞腐れているのかお前は」
背中越しに聞こえた聞き覚えのある男性の声にトゥーレの顔がまた不機嫌なものへと変わっていく。振り返った先、山の麓側から登ってきたゆうに二メートルは越えようかという大柄な男性の姿を確認し、眉をひそませる。
「ふ、不貞腐れてなどいない。お前こそ門番重兵の仕事はどうした? サボりか? ああ? さっさと"エンザ"に帰れ、トールス」
「こらこら、忙しい中帰ってきてくれた兄になんだその口は」
「ふん、休みの日だけ帰ってきてるだけだろうこいつは。宿舎もあるからそこにいたほうが楽だろうに」
「やれやれ、それじゃあ"こいつ"もろとも帰るぞ、俺は? いいんだな?」
トールスと呼ばれた青年は腰に下げた革袋から小瓶を取り出す。その中には色とりどりの小さな塊が入っており、それを見たトゥーレの目がキラリと輝く。
「果実飴かそれ! でかしたぞ、トールス!」
勢いよく起き上がったトゥーレは今にもトールスに飛び掛かりそうな様子で、それを見たトールス、そしてトリアーノがその豹変ぶりに思わず苦笑いを浮かべた。
* * * * * *
「なあトールス。トゥーレと同じとは言わんが、無理に毎度休みのたびに帰ってこなくてもいいんだぞ」
「む?」
トールスが戻ってきた晩、テーブルを囲み食事をする中でふとトリアーノが水の入ったコップを手にトールスへと問いかける。突然のことにトールスは料理を運び終わったフォークを口に挟んだまま首をかしげる。
「毎度休みのたびに何もないこんな山の中まで来ずとも、お前ならエンザの街で過ごすこともできるだろうし、そのほうがお前としてもよい経験になるのではないか?」
「そんなことは……」
「今後お前の力があれば階級もより上がっていくだろう。もしかしたら王都や城塞都市からも声がかかるかもしれん。この山奥にもうお前が学ぶものはない。帰ってくるなとは言わんがそれでも……」
「俺は王都にも城塞都市にも興味はない」
トールスがどこか苛立ったようにぴしゃりとトリアーノの言葉を遮る。その態度にそれまで目の前の料理を黙々とやっつけていたトゥーレもどこか気まずそうに二人を見やる。
「門番重兵にとって、いや、俺にとって階級などどうでもいい。ただ故郷ともいえるこの家を……そして最も近いエンザの街の市民を守れればそれでいい」
「……そうか。いや、すまなかった、食事中にする話ではなかったな」
「構わない。あらためて門番重兵として気を引き締めることができた。それに……」
トールスは横で呆けたまま固まっていたトゥーレを見て少々意地悪な笑みを浮かべる。
「まるで獣のように法とは無縁の妹に、まさか空気を読むといった常識があったとはな。くっくっく、てっきり食事がまずくなると喚くのかと思ったが」
「お、おいトールス! 私は獣じゃないぞ! むしろそれを粛清する戒律等兵だぞ!」
「本当に……よりによって巡回騎兵でも門番重兵でもなく戒律等兵とはな。いっそ"センサス"で傭兵をやった方が自由奔放なお前には向いているんじゃないのか?」
「ば、誰が自由奔放だ! というかお前私のこと馬鹿にしてるだろ? 明日覚えてろよ……」
「はっはっは、どれ、妹の剣の腕が少しは上がったか見てやるとするか」
「お前強そうに言ってるけど戦績はほぼ五分五分だからな」
「あー、そうだったか?」
「そうだな、私も帰ってきた息子の剣の腕がなまっていないか確認しないとな」
「……竜承はなしで頼む」
トールスがばつが悪そうにつぶやくとそれを聞いたトゥーレとトリアーノが顔を見合わせ声を上げて笑った。日中のやり取りを知らないトールスは状況が読めずただただ困惑していた。
* * * * * *
「今回もすごかったな、新入り」
「おう、どこでそんな剣の腕を磨いたんだよ」
「すごかったねトゥーレちゃん」
戒律等兵の宿舎、その食堂はゆうに30名は同時に食事をとれるほどの広さがあり、ちょっとした店ほどの広さがあった。その中心で黒マントをまとった集団にもみくちゃにされるように頭を撫でられ、それをぶんぶんと手を振ってけん制するトゥーレ。それでも激励と感謝が入り交ざるその手荒い歓迎はしばらく続く。
「ど、独学だ。だからもう……やめろってば頭を撫でまわすのは! 私は子供じゃないんだぞ」
トゥーレがフードをめくり、顔を真っ赤にして叫ぶ。それを見た周囲の者たちは微笑ましいといった笑顔のままその輪の中心にいるトゥーレを無言で見つめる。
「な、なんでそこで全員黙る!? あとそのにやにやした顔をやめろ!」
黒マントの集団、トゥーレと同じ戒律等兵の新人である第七位やその上の第六位の同僚たちがその言葉を皮切りに声をあげて笑う。
トゥーレが戒律等兵としてエンザの街で働くようになりはや一年がたとうとしていた。あまり集団行動に慣れていないトゥーレではあったが、それでも任務の際は単独での行動が多い戒律等兵としてはその剣の腕が評価され、同じ第七位の中でも頼られる存在となっていた。
「はぁ、いいなぁトゥーレちゃんは」
「ん? なんだ急に?」
やっとこさ歓迎から解放され、食堂の隅のテーブルに避難したトゥーレ。その横で同じく小柄な少女が水の入ったコップを両手で包むように持ち、顔をうつむける。
「私ね、故郷はリーブラの街なんだ」
「そうなのか? あそこは戒律院もあるし、私たちにとって本拠点みたいなものだろう。いつかは"ファリア"も故郷に帰って錦を飾るのか?」
「ふふ、無理だよ私じゃ。あそこは第五位くらいの実力が最低条件。組織としての顔みたいな場所だし、生半可な腕の戒律等兵じゃ示しがつかないからね」
「おい、早々にあきらめるな。別に武力だけが戒律等兵の全てじゃないだろう。現にお前は情報収集や工作活動なら私よりもはるかに上だろう」
「そ、そんなことないよ……」
「そんなことはある! というか苦手だからな、私は」
「ぷっ……トゥーレちゃんらしいね」
ファリアはくすくすと笑い、手にしたコップにゆっくりと口をつける。
「ねえ、そういえばトゥーレちゃんは今週のお休みの日は暇? たしか同じ日だったよね、次の休み。一緒にお買い物に行かない? 最近また例のお菓子の店が新しいメニューを出したみたいだよ」
「なに……ぐぬぬ、私はやめておく」
「あはは、そっかぁ残念。またお家に帰るんだよね、トゥーレちゃんは」
「ああ、今度こそ一本取ってやる……あの出鱈目バカ親父め」
トゥーレは手にしていたコップを握りしめ拳を震わせる。そのまま握り続けるとコップが割れるのではと危惧したファリアがどうどうとトゥーレをなだめる。
「トゥーレちゃんぐらいの腕があればすぐに第五位くらいならなれそうだし、もしかしたら私よりもずーっとずーっと先にリーブラの街に配属されるんじゃない?」
「ああ、私は第五位以上になるつもりはないぞ?」
「ええ!? どうしてどうして?」
「……だって、第五位からは必ずしも故郷の街にいれるとは限らないんだろう?」
「そうだね、戒律院の定めた配属先に所属か、あるいはリーブラの街に所属して任務に応じて各地を転々とするかのどっちかだね」
「だろう? それなら私はずっと第六位でいい。このエンザの街を離れるつもりはないからな」
腕を組みどんと構えるトゥーレにファリアは苦笑を浮かべたまま乾いた笑い声を漏らす。
「うーん、もったいないなぁトゥーレちゃん。というか、それだと戒律等兵じゃなくて門番重兵の方がよかったんじゃない?」
「うん?」
「門番重兵だと第四位ならその街のトップってことでエンザの街にもずっといれるんじゃないの? あそこは第三位以上が故郷とは関係のない地域への配属って話だし」
「うーん、門番重兵はだめだ。トールスと被る」
「トールスって……トゥーレちゃんのお兄ちゃんだよね?」
「そうだ。あいつと被るのはなんか嫌だ」
「……トゥーレちゃん。ちなみに巡回騎兵は? まあ、あそこは階級に関係なく各地を転々とするみたいだけど」
「そうだな、そしてバカ親父が元巡回騎兵だったからやっぱり被る。なんか嫌だ」
「か、被るのが嫌って……え? じゃあもしかして戒律等兵になったのって……」
ファリアが想像するあり得ないであろう理由。だがトゥーレはこくりと満足げにうなずき、ふふんと鼻を鳴らす。
「戒律等兵になったのは私だけだからな。被りなし! まあ、法に背くものをぶっ飛ばすというのも私にあってるし天職だろう」
「トゥーレちゃん……あはは、あは……」
さすがにそれ以上突っ込んで聞くこともできず、ファリアはテーブルの上にだらりと身を預ける。
「トゥーレちゃんちは変わってるねぇ……仲がいいのか悪いのか」
「いいだろうどっちでも。"互いに思いあっていれば"それでいい」
「……やっぱり仲がいいのかな?」
ファリアが机に突っ伏したまま顔だけをトゥーレに向けたが、すでにトゥーレはファリアから顔をそむけるように椅子の位置をずらしていた。ただ、耳元が少し赤くなっているのをファリアは見逃さず、再度くすくすと小さく笑い声をあげた。
* * * * * *
「だから私にとって階級はどうでもいい。慣れ親しんだエンザの街で働きつつ、いつかお前に土をつけるためにもこうして山奥くんだりまで出向いてる生活が楽だ。偉くなる必要も、本拠点があるリーブラの街に行く願望もない」
そういって目の前に出された肉にかぶりつくトゥーレ。それを見たトリアーノがぽかんとした表情でトゥーレを凝視している。それを見てトゥーレはフォークの先を向けぐるぐると回す。
「おい、何を呆けている?」
「……覚えているかトゥーレ?」
「ん?」
「今お前が言ったことは……以前トールスが言ったことだぞ」
「え!? ま、待てあいつがそんなこと……うぐぐ、言ってた気がする」
レヌギーヌの山奥にある家にて食事中、トリアーノが投げかけた問いもまたあの時と同じだった。"休日のたびに無理に家に帰ってくる必要はない"というトリアーノの言葉にトゥーレは不機嫌そうな顔を浮かべた。そして先のやり取りである。
「か、被らないほうが難しいだろうあんな問い。トールスには言うな、バカ親父!」
「くっくっく、本当にお前たちは……馬鹿な奴らだ」
「そう思うならさっさと私に負けろ。そうしたら私も……」
「もう帰ってこなくていいか? この山奥の家には?」
「……負けた分全部やり返すまでは帰る」
「おいおい、それじゃあ私の寿命が持たないぞ」
「五月蠅い! 私が勝ち越すまで死ぬな」
手にしていた皿の料理をかき込むようにして口に頬張り、ぐっとコップの中の水で流しこむ。テーブルの上に置かれたランプの灯が窓から吹き込んだ風に揺られ、刹那、部屋の中で光と影が揺らめき踊る。
「そうか……それならそう易々《やすやす》とは死ねんな」
「ふん……それよりも、今日はトールスは帰ってはこないのか」
「ん? なんだ先週来たときに行っていただろう。城塞都市のほうで合同の訓練があるとかで今日は来れないと」
「そうか……門番重兵はうちと違って鍛錬に余念がないからな。はは、あいつも苦労してそうだ」
「そうだな……タイミングが悪い奴だ」
「ん?」
コップの中身を飲み干し、テーブルにこつんと置くトリアーノ。その表情はどこか暗く、トゥーレが不審に思い見つめるとトリアーノはまた笑みを浮かべる。
「すまんがしばらく私も家を離れることになる」
「はぁ? どこに何しに行こうっていうんだ?」
「ふふ、昔の巡回騎兵時代の同僚に誘われてな。まあずっと山の中暮らしだったからな、少しは街の空気でも吸ってくるさ」
「なんだ? 王都にでも行くのか?」
「そうだな、まあひと月ぐらいだろう。まあお前たちもこれでしばらくは街での生活を楽しむといい。休日のたびに家に来て、どうせろくに街を歩き回ってもいないんだろう休日は」
「きゅ、休日は休むためにあるんだ。街なんか仕事で嫌でも巡回する」
「そうか……まあ、そういうわけでしばらくはいないからな。すまんがトールスにも伝えておいてくれ。同じエンザの街で働いてるし伝言ぐらいはできるだろう?」
「……しょうがない」
「ふふ、頼んだぞ」
どこかもの悲しいトリアーノの微笑みにトゥーレは調子が狂ったのかムスッとしたまま窓の外へと逃げるように目を向けた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




