SideA 愛国正義の階級制度13
徐々に空は茜色に染まり始めていた。木々の間から差し込む斜陽が闇を朱に照らす。それはどこかスポットライトのように対峙する二人の戦いを彩る。
先に仕掛けたのはトゥーレ。姿勢を低くしたまま距離を詰め、ルーカスの足元を剣で薙ぎ払う。それを右で逆手に握った剣を地面に突き刺すかのように縦に構えて受け、すぐさま左足をトゥーレへと目掛け降りぬく。
それを転がるようにしてかわし、再度剣を突き出す。ルーカスはその突きを体をひねって躱し、そのまま回転して左手に持ち替えた剣でカウンターがてら薙ぎ払う。咄嗟に身を屈め、再度態勢を崩したルーカスへと斬撃を……と考えるより前にトゥーレの体はルーカスから大きく距離をとることを選ぶ。
離れる間際にトゥーレの目に映ったのは再度剣を右手に持ち替え、不敵な笑みを浮かべだらりと腕をおろすルーカス。
「見事なものだな。まるで剣を二本……双剣を相手にしているかのようだ」
「本来は双剣の方が得意なんだが、半人前の少女相手には剣一本で十分だろう?」
「はは、馬鹿にしてくれるな……第一位!」
トゥーレは再度ルーカスへと向かうが、およそ五メートルほどの距離を前に体を横にし、側宙のように飛び跳ねる。もちろんそれに合わせて手にした双刃剣を不規則に振り回し、そのままルーカスへと突っ込む。
ルーカスは微動だにせずその動きを観察し、不規則な動きから繰り出された一撃を剣で受ける。だがそこに重みはなく、滑り込むように刃はルーカスの刃の上を走り、刹那火花が散る。そして刃が離れると同時にトゥーレは回転し、先ほどとは逆の刃で再度ルーカスへと剣を薙ぎ払う。
「なるほど……双刃剣ならではのいい連撃だな」
「涼しい顔で言われても説得力はないな」
トゥーレの剣先を引き寄せた剣で受けたルーカスは刃越しにトゥーレへと笑みを向ける。それに対峙するトゥーレもまた少女らしい無邪気な笑みを浮かべ、バク転の連続で再度距離をとる。
「"今"の戒律等兵第一位というのは伊達じゃないな。少なくとも、私が知る第一位とは違う」
「お前もわかっているんだろう。もともと戒律等兵に正々堂々なんて戦い方は似合わない」
「そうだな、いかに相手を殺すか……ただそれだけを考えて行動する集団。はは、やっていることは法に触れる暗殺者と同じ。まさに国が抱える粛清機関だ」
「そうだな……そんな奴らだからこそ、粛清したのさ」
それまでどこかただトゥーレの剣を受けることに専念し、自分からは仕掛けなかったルーカスの目に殺意が浮かぶ。それはこの戦いを終わらせようというトゥーレへの合図。
「そうか……」
「そうだ。だからお前がこの国の戒律等兵を……巡回騎兵や門番重兵たちを手にかけるのはただ法に背く行為」
「法に律さない私はまさに……獣というわけか」
トゥーレはもの悲しい笑みを浮かべ、まっすぐとルーカスの目を見つめる。
「私の……いや、私たち家族の最後の一撃……受けてくれるか」
「……全力を持って応えよう」
ルーカスの返事にトゥーレは無言のまま微笑み、双刃剣を横に構え、すっと膝をつくかのように身を低く構える。
「私の双刃剣……竜承……"アースブレイク"。ふふ、最後ぐらい共に行こう……父さん、兄さん」
ふと瞳を閉じ、小さく呼吸を整えたのち、かっと目を見開きルーカスへと突き進む。その速度は竜承の強化もあり先ほどとは別格の速度。そして双刃剣を握る手を中心に剣がパキパキと音を立て岩に包まれていく。
それはまるで岩でできた極大剣。その小柄な体からは想像できない剣を振り上げ、トゥーレは飛翔し、落下の速度をのせてルーカスへと振り下ろす。
「"包戒"……」
ルーカスは手にした剣を逆の肩の先にひねるよう振り上げ、迫りくる巨大な一撃めがけて振り払う。その刃は幾重にも折り重なる青白い糸状の光を纏い、トゥーレの剣をまるで抵抗を感じさせぬほどに両断した。
斬られた刀身は金属音をたて、地面に転がる。片方の刃を失った双刃剣を手に、トゥーレは天を仰ぐ。背と背が触れ合うほどの距離に立ったまま、互いに顔を向けることなく立ち尽くす二人。
「ルーカス……」
「なんだ?」
「必ず……必ず喜劇の作者どもを残らず片付けてくれるのか?」
「……嘘と分かっていたのか? やっぱり演じるのは嫌いだ」
「はは、嫌いでもいい。それでもその役を演じきってくれるのならそれでいい」
「ああ……演者が拙くてもあの世で笑うなよ」
「喜劇なんだろう? だったら……ねぇ」
斜陽のスポットライトに照らされ、映し出される人影は一つ。消えた影はただ消えたのか、それとも残されたルーカスの影に重なるように溶けて消えたのか。彼女がいた場所には古びた双刃剣だけが横たわっていた。
最後まで背を向けていたルーカスはそのまま振り向くことなく、眼前で座ったまま自身を眺めるもう一人の少女へと力なく微笑み歩き始める。
「終わったな」
「終わったっすね」
「なんだ、あの強そうなしゃべり方も終わりか?」
「からかわないで下さいよ。こっちが"素"のつもりなんすから」
そう言って手にしていた剣をシーアへと投げ渡す。それを受け取ったシーアは剣を腰に差し、立ち上がるとぐっと体を伸ばす。
「お前が言う"喜劇"とやらはめんどくさそうだし興味はないが、お前のその話し方の理由には興味があるな」
「なんだ覚えてたんすか? 大した理由じゃないっすよ」
ルーカスはシーアの横を通り過ぎ、山を下る道へとそのまま歩き続ける。
「このしゃべり方、いかにも雑魚っぽいでしょ? だからこそ対峙しても俺になめてかかった真似をしてくれる輩が後を絶たないんすよ。おかげで馬鹿の粛清がはかどるんすよねぇ」
「お前……それなら最初から強さを示していれば余計な戦闘もなく楽なんじゃないのか?」
「くっくっく、わかってないっすねお嬢さん?」
そこまで言ってルーカスは歩くのをやめ、シーアの方へと振り向く。境界線の先に消える仄かな陽の灯りに映し出されたその笑みは、どこか暗く淀んで見える。
「それじゃあいつまでたっても殺せないでしょう……獣に落ちた人族どもをね」
「……仕事熱心だな」
「はは、天職だと思ってますよ。粛清の名のもと、大嫌いな人族を殺せるんすから」
「お前、いくら私だからってぶっちゃけすぎだぞ」
「はは、兵としてどこの組織にも、傭兵として"共生組織センサス"にすら属していないお嬢さんだからこうして気軽に身の上話ができるんすよ?」
「気軽にされたくない重いタイプの話題はやめろ」
「はは、聞いたのはそっちなんすけどね。まあ……大した理由じゃなかったでしょ?」
「そうだな、やっぱり剣のお礼は一食奢りとかにしておくべきだったな」
「囚人用の食事でいいなら一泊の宿付きで融通利かせますよ?」
「あの爺さんやカグラみたいな台詞はやめろ」
「はは、やっぱりあの爺さんの報告にあった件、お嬢さんも一枚噛んでたんすね」
「……当方からは何も申し上げることはありません」
「はは、その調子で今日のこの件もなかったことにしといて下さいね、お嬢さん」
再び歩き出し、すっと暗くなり始めた夜の闇に溶け込むようにしてルーカスはその場を後にした。その背を見ていたシーアはごろんと転がり、ぽつぽつと夜空に見え始めた星を見上げながら大きく息を漏らす。
「はぁ……どいつもこいつもなかったことにしろって簡単に……。この後アリスとエメルに報告する私の身にもなれ」
ほんの数分前までの激しい戦闘はまるで嘘のような静けさの中、頭を抱えうーんと困った声をあげながらゴロゴロと転がる少女の姿がそこにあった。
* * * * * *
「借りてた十字架を返すわアリス」
シーアが差し出した白金色の十字架を胸の前で抱きしめるかのように握りしめ、アリスは険しい表情を向ける。
「そんなあっさりと……まったくもうっ! 本当に誤魔化すのが大変だったんですからね、"この一週間"。それで……そろそろ教えてくれますか? シーアさんがあの希源種を倒したんですか?」
「ん? 倒してないよ」
シーアがぷいっと顔をそらす様にアリスはじとーっと疑いのまなざしを浮かべる。その様子を二人が座るテーブルのすぐそば、ベッドに腰かけ様子を見ているエメル。アリスが目で問いかけるように視線をスライドさせるとエメルは苦笑いのまま手をひらひらと振る。
聖堂に仕える信徒たちの居住スペースの一角、エメルがいる部屋に戻るとそこにはアリスも一緒に待っていた。部屋に入ったときからすでにアリスは腑に落ちないといった表情を浮かべている。
今日に限ったことではない。トゥーレの討伐から戻ってからというもの、この一週間で何度も見慣れた光景でもある。
「あはは、まあここは真相は報告の通りってことでいいじゃない。クロス君たちも無事だったんだしさ」
「うーん、なんか怪しいんですよねぇ……クロスさんたちは苦戦の末に撤退。結局はその時の戦闘のダメージがもとで希源種は死亡。何やら呼び出されたというアグロさんも何も教えてくれませんし」
「まああいつはもとから腹黒だし、都合が悪いことは隠し通すだろうな」
「……やっぱりなにか知ってますよね? シーアさん」
「ん? 知らないよ?」
十数秒ほど前の光景の繰り返し。シーアはアリスから顔を背けアリスはそんなシーアを訝しみ、そんな二人を苦笑いで見守るエメル。
その後しばらくシーアとアリスのさして進展のないやり取りが続き、終わると同時にアリスがエメルの腰掛けるベッドにぱたりと横になる。
「もうっ! ほんと皆さん報連相がなってないんですから!」
「あはは、やっと終わった……というかあきらめたんだねアリス。まあ、シーアが独立・独断・独走の三冠を制しているのは知ってるでしょ。追及しても無理だって」
「え、待って、何その不名誉の独占。私それ知らない」
エメルはふてくされるシーアにくすりと笑い、そのまま引くように抱き寄せ、アリスが横になっているベッドに二人して倒れこむ。それによって先に寝ていたアリスの上にエメルとシーアがのしかかる。
「わ、わわ! むぎゅ~」
「ちょ、ちょっとエメル。アリスが下敷きに」
「待ってね……ほっ!」
エメルがシーアへの抱擁を解くと互いにアリスの上から離れるようにごろんと寝転がる。さながらアリスを中心に川の字になるように横たわる形となった三人。
「な、何するんですかエメルさん」
「んー? たまにはこうして三人でわちゃわちゃとするのもいいなーって? 思い立ったら即行動!」
「わちゃわちゃって……もうっ!」
「まあまあ、せっかくこうしてクロス君だけじゃなくシーアも無事戻ってきたんだし、ね? アリス」
布団に横になったままどこか諭すような笑顔で見つめるエメルにアリスははっとなって反対方向へと寝転がり、自身のほうを見ていたシーアへと向き直る。
「す、すみませんシーアさん」
「ん? 突然どうしたの?」
「そもそも私があなたにクロスさんたちを陰から支援してほしいと依頼したせいで面倒ごとに巻き込んだのに……その、ちゃんとお礼もせず……」
シーアはきょとんとした表情ののち、何やら邪な表情でアリスをぎゅっと抱きしめる。
「し、シーアさん!?」
「あはは、アリスはほんと真面目だねぇ。お姉さん心配になっちゃうわ」
「ちょ!? 私のほうがお姉さんですからね!」
アリスがシーアから離れようともがくもシーアはなおもアリスを抱きしめる力を緩めない。暴れるアリスの耳元でシーアがそっと囁く。
「まあ、アリスは私の数少ない友達だからな。困ったら私に言うといい。エメルへの礼を除いても、あなたの力にはなりたいと思ってるからな」
「し、シーアさん……むぎゅっ!?」
シーアがさらにアリスを抱擁する力を強める。そのため、シーアの胸に顔が埋まるようになったアリス。
「まあそれはおいといて……次は私による尋問タイムだ」
ようやくシーアの胸から顔を出したアリスがシーアの冷ややかな笑みに思わずごくりと息をのむ。
「"カグラから聞いた"んだが……」
「え?」
「アリスとエメル"だけ"が一緒に出掛けるのならいい。だけど……どうしてクロスとエメルが一緒にあのときカフェにいたのかなぁ?」
「さ、さあ……どうしてでしょうねぇ」
およそ数分前に見たような光景、既視感。アリスがエメルに救いを求めるようにシーアから顔をそらし、シーアがアリスをじーっと睨み、その様子を身を起こし、苦笑いのままそーっと顔を背けようとするエメル。
「そこで顔をそむけないでくださいよエメルさん!」
「あ、あはは、いやぁお二人とも仲が良いようなので邪魔しちゃ悪いかなぁと」
「え、エメルさんがなんだか不機嫌そうだったから気晴らしにってお誘いしたんじゃないですか。あのとき何かあったんですか?」
アリスの台詞にシーアはふと目をつむり過去の記憶をたどる。そしてそっとアリスの抱擁をとくとベッドの上の布団にくるまり、小さくその身を丸める。
「え? なんでそこでシーアさんも丸まっちゃうんですか?」
「ま、まあアリスは何も悪くないよ、うん」
「え? ど、どういうことなんですか?」
顔を赤らめ、どこか気まずそうに頬をかくエメルを見てアリスは身を起こす。突然の状況の変化に何が何やらと二人の間でおろおろと首を右往左往させるも、シーアもエメルも押し黙ったまま何も答えようとはしない。
コンコンッ
沈黙の中響くノックの音にアリスが返事をし、ドアへと向かう。そのままドアの向こうにいた白い礼服をまとった信徒と思しき女性と何かを話し、そのままエメルへと小さく会釈しドアの外へと出て行った。
残された二人としばらくの沈黙。先に口を開いたのは布団からひょっこりと顔を出したシーア。
「……私が王都でついて行ってるの、いつから気づいてたの?」
「え、ええっと、カグラちゃんと何やら仲良さそうに話してるのが見えたあたりかな」
「くっ、カグラめ……やっぱりあいつのせいでばれたんじゃないか」
「ねえシーア、私からも聞いていい?」
「ん? な、なに?」
「なんであのとき王都にいたの? あのときは私がお説教したのもあってもう戻ってこないかなーって思ってたんだけど」
「……さあ、なんでかな」
「えーっと、あとついでに申し上げますと……あのときは私もちょっといろいろと言い過ぎたかなぁと……」
「アリスといい、謝るのはもういいよ。私も普段から二人には何かと面倒をかけてるしね」
「め、面倒だなんて別に何も……」
「ちょっと嬉しかったからエメルの顔が見たくなったからだよ」
「え?」
「"互いに思いあった者同士"……なんでしょ?」
その言葉を最後にシーアは再び布団の中に顔を引っ込め、丸まってしまう。その様子を見てエメルは驚きのあまり固まっていたが、徐々に口の端を緩ませそっと布団の上から優しくシーアを撫でる。
「私も……私もアリスみたいにエメルと気軽に街で買い物や食事なんかを一緒にしたい」
「……私もシーアと一緒にお出かけしたいな」
「ごめんねエメル」
「どうしてシーアが謝るの?」
「私の"対価"が……人族の憎悪や恐怖といった"負の感情を増長させる"せいで……」
「他の人にどう思われようとも、私はずっとシーアと一緒がいいよ。あのとき、独りぼっちだった私を助けてくれたあなたとね」
エメルは布団の中で丸まったシーアに身を預けるようにもたれかかる。それに気づいてかシーアは布団から右手だけを出し、手探りで辺りをまさぐる。それを見たエメルがそっとシーアの手を取り、自身の手を絡ませる。
「私だってあなたがいないと独りぼっちだ。ずっと……ずっとエメルと一緒がいい」
どこか幼い声のシーアにエメルはそっと目を閉じ、布団越しに感じる温もり、絡ませた手から感じる温もりの二つの心地よさを感じていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




