SideA 愛国正義の階級制度12
「あいつ不死身ってマジっすかお嬢さん?」
「そうらしい。斬っても刺してもダメージが通らないめんどいタイプのやつなんだよ」
「なんか倒す方法とかないんすか?」
「まあ私の"カラミティ"ならごり押しで行けるかもだが……それもなぁ」
「何を抜け抜けと話している!」
極大剣を大きく振りかぶり、ルーカスへと叩きつけるように振り下ろす。それをルーカスはステップで避けるが地面との衝突で生まれた破片がルーカスの頬をかすめる。だがそれを意にも介した様子もなく、ルーカスは平然とした表情で頬に垂れた血を拭う。
「なんすか? 倒せる術があるなら断腸の思いであいつの相手譲りますよ?」
「誠に遺憾ではあるがここは辞退してあげるから引き続きお相手どうぞ」
命のやり取りの真っただ中とは思えぬ二人の緩い口調にトゥーレの苛立ちは最高潮に達する。怒りと憎しみを込めた獣のような咆哮にルーカスは依然としてやる気が上がらないといった様子でトゥーレの猛攻を軽々と躱し続ける。
「ちっ、ちょこまかと! 少しは戦ったらどうだ! 戒律等兵!」
「おい、ちっこいとか的が小さいとか言ってやるなよ。本人結構気にしてるかもなんだぞ」
「……一言もあいつそんなこと言ってないんすけど? なんか今日一番のダメージなんすけどそれ?」
心臓に添えるように手をかざし、どこか涙目なルーカス。その茶番のようなやり取りにトゥーレは三つ足のうちの二足を振り上げ、地面を勢いよく踏みつける。その衝撃……では説明できないほどに地面がまるで水のように波打ったかと思うとその踏みつけた地を起点に波紋上に地面が隆起し、ルーカス、シーアへと襲い掛かる。
「へぇ……"アーススパイラル"も使えるんすか」
「ちなみにあいつ竜承も使えるっぽいぞ?」
「ほんとずるいっすね。あの尻尾は変異術式でしょ? それに精霊術式と竜化術式って……かーっ、一つぐらい分けてほしいっすね」
「真面目に……真面目に戦えぇ!」
再度薙ぎ払うように極大剣を力任せに振り回すが、その剣がぴたりとルーカスのそばで制止する。いや、止められたというのが正しいのだろうか。トゥーレがその異様な感覚に思わず剣を引き、ルーカスから離れる。
”何が自身の剣を止めたのか?"。トゥーレは注意深くルーカスを見るが、武器を手にしている様子も、さして変わった様子もない。その不気味さに警戒を強め剣を正面に構える。
「いつだって俺は真面目っすよ。だからこそ……お前程度が相手じゃ退屈なんすよ」
相手を射抜くというよりはまさに刃物で突き刺すような、見るものに危機を告げるルーカスの視線。その目つきは法の番人とは真逆。法の拘束を振りほどき、殺戮を犯す殺人鬼のそれ。対峙するトゥーレも気圧されたのか、無意識のうちに少し後ずさる。
「不死身程度で勝てると思わないで欲しいっすね。別にお前を殺せないとしても、動けないようバラバラにすることぐらいは楽にできるんすよ? ねえ、お嬢さん?」
「……なめるな」
手ぶらのままだるそうに立つルーカスとどう斬り込むかを考え、三つ足を曲げ低く構えるトゥーレ。互いに顔を見合せたまま沈黙が流れる。その均衡を割いたのは実に間延びした少女の声。
「おーいルーカス? この地面に刺さった三本の剣はお前が刺したのか?」
「ん? また増えたんすか?」
「増えた?」
シーアだけでなく、トゥーレの体もまたピクリと震えた。
「ここに来たときは双刃剣だけが刺さってたんすけど、なんか気づいたら途中で極大剣と直剣が増えてたり。かと思えばそのどれか一本にころころ変わったりしてたっすね」
「ほほう……怪しいな。ちょっと抜いてみるか」
「あ、それ抜こうとしてもびくともしなかったっすよ?」
「そうなの……かっ! あ、ほんとだ、抜くの無理」
試しに直剣の柄を思いきり引き上げたシーアだが、その腕が振り上げられることはなく、また地面に突き刺さった剣も微動だにしていない。
「汚い手で、その剣に触れるな!」
標的をルーカスからその後ろでなおも剣を抜こうと試みるシーアへと変え疾走する。その途中に立つルーカスに目もくれずまっすぐに突き進むが、その傍らを通過する際に聞こえた呟き。
「そういやうちの連中への"仕打ち"の借りをまだお返ししてあげてなかったっすね」
トゥーレの視界が大きく傾き、がくんと雲一つない空が広がる。傍らに立つ男は依然手ぶらのまま。では……何が自身を支える足の一本を斬り飛ばしたのか?
振り返ると離れた場所に転がる足だったもの。そして続けざまに剣を手にしていた右腕を衝撃が襲い、そちらを見たときにはそこにあるべき腕はなかった。
「貴様……」
「少しは痛がってくれたほうがあんたに殺されたうちの部下も喜ぶんすけどねぇ。その反応を見るに不死身ってのはどうやら確定みたいっすね」
戦う相手として絶望的な"不死身"という条件を口にするルーカスはどこか楽し気に足元に転がるトゥーレの腕を踏みつける。
「他人の足を切り落としても……あんたたち"家族の足"はもう戻ってこないんすよ?」
「……っ!」
ルーカスがトゥーレに向けたその表情に思わずシーアもピクリと眉をひそめる。それほどまでに、彼の顔は悲哀とやり切れないといった苛立ちが混じり、殺気立っていた。
「ねえ、シーアのお嬢さん?」
「だからお嬢さんはやめろと……」
「本当にこいつを"殺してやれる"方法はないんすか?」
訴えるようなダークブルーの瞳にシーアは言いかけた言葉を飲み込み、押し黙る。その様子、いや、ルーカスの変化にトゥーレはゆっくりと二本の脚と残った腕で立ち上がる。
「器用に立つもんすね。いっそ寝ててくれてもいいんすよ?」
トゥーレが片足を上げ、地面を勢いよく踏みつけると先ほど切り落とされた足が透明の炎に包まれるかのように揺らめき、消える。そしてそれに呼応するかのようにトゥーレの欠けた腕と足がぐにゃりと歪み。何事もなかったかのように元に戻る。
「ははっ、斬り放題っすか?」
「お前は……お前は真に法を冒涜する者たちを見たことはあるか?」
「……さあ、何の事っすかね」
突き放すようなルーカスの態度にトゥーレは俯き、拳が震えるほどに強く握りしめる。
「私が書いたあの内容を……お前は"喜劇"で片づけていいのか!」
トゥーレの天まで響きそうな悲痛な叫びにルーカスは背を向け、そっと天を仰ぐ。その傍らにいるシーアは……場の状況がわからなすぎるのと地面に突き刺さる三本の剣があまりにもびくともせず、ふてくされて横になっている。
「トゥーレ……あの"喜劇"を考えた作者どもはもうこの世にはいない」
背を向けたままのルーカスの言葉には先ほどまでの緩んだ雰囲気はなく、それを聞いたトゥーレはゆっくりと顔を上げる。兜越しでも伝わる……その黒と赤に染まった人ならざる瞳に光を宿らせ。
「本当か?」
「ああ……俺が……俺が全部殺してやった。"だから"俺は戒律等兵の第一位なんだよ」
「……本当に? そうか、そうか、そうか……」
「俺は演じるのが下手なんだ。だから、ボロが出る前にさっさとお前も俺に殺されろ」
トゥーレは手にしていた極大剣と……背後に上る尻尾を力なく地面に降ろす。そして、三本の剣のそばで横になりながら様子を見ていたシーアに視線を向ける。
「おい、シーア」
「ん? なんだ?」
「その剣に、火を灯せ」
「はぁ? 剣は燃えないだろう」
「それは……剣ではない。私たちの誇りだったもの。それは……もう燃やしてしまっていい。私はもう剣士でもない。まして、正義を語れる存在ではない」
「そんなもの語れる奴なんてこの世にはいない」
ルーカスはシーアに目で合図を送る……「頼む」、と。シーアは足を振り上げて身を起こし、そっと剣に向かい手をかざす。
「"アミティ"……」
パチパチと音を立て、シーアの手を黒い稲妻が包む。それは電流となって剣へと移ったかと思うと黒煙を上げ一気に燃え上がる。その光景を目の当たりにしたトゥーレが小さく笑い声を漏らす。
「その術式、本当にお前はおかしな奴だな……出鱈目だ。だが、これで……」
勢い良く燃えた炎の中に残る黒い塊。そこに極大剣も直剣もなく、残ったのは黒く煤けた双刃剣。そして、トゥーレの全身を歪みが包み込み、収まる頃には黒マントをまとった少女の姿へと変わっていた。
「シーア……お前は誰が"薬"を飲んだ、と言ったな」
トゥーレはシーアへと、いや、その先で地面に刺さる煤けた双刃剣へと歩み寄る。それを見守りながら、シーアは口に手を当て、目を細める。
「……そういうことか」
「そういうことだ。あの時あの女は、"薬"を私たちの亡骸と、この双刃剣にかけたと教えてくれた」
そういってトゥーレは地面に刺さっていた双刃剣を抜き、ルーカスへと向き直りその切っ先を突き付ける。ルーカスは二人のやり取りの意味を探るように目を細め思考を巡らせていたが、自身に向けられた刃に応えるよう鋭い視線を向ける。
「さあ、もう私は不死身ではない。この剣を折れば……私は消えるだろう」
「……いいだろう、つき合ってやる。シーア、剣を貸してくれないか。最後ぐらい剣士としての奴の顔を立ててやりたい」
ルーカスが手を伸ばすとシーアは腰に差していた剣を手に、ルーカスへと差し出す。だが、その剣をルーカスが手にしてもなおシーアは剣から手を放さず、ルーカスを睨む。
「お前とあいつの事情は知らないが、本当にお前の手で決着をつけるのか?」
「ああ、俺がやった方があいつも報われるだろう。悪いがあれは俺の中では希源種ではない。舞台から降り損ねた哀れな亡霊だ」
決意に満ちたその表情を見てシーアはそれ以上語らず、剣から手を放す。
「……そんな喋り方ができるなら普段からそうした方がいいんじゃないのか? お前は……強いんだから」
「この戦いが終わったらまあ、剣を貸してくれた礼に教えてやるよ。あの道化じみた口調の理由をな」
剣を受け取った方とは逆の手をひらつかせ、ルーカスは剣を構えるトゥーレの正面へと歩いていく。その姿を見つめていたトゥーレの口元は決して聞きとれないように、だがそれでもたしかに何かを伝えるように微かに動いていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




